その後19 感謝の日⑥

家に帰るともうお昼もすっかり過ぎてた。てきぱき掃除して、新聞読んで、誰も見てないけどいつもの自分を演出する。


おっちゃん、何時に帰ってくるかな。

クッキーの袋は隠した。あとでビックリさせる作戦。

心臓がヘンな音を立てる。作戦は成功するかな。おっちゃん、喜んでくれるかな。クッキー、おいしいって言ってくれるかな。


楽しい想像ばっかりしてるとき、がちゃりと鍵の音が聞こえてハッと我に返る。おっちゃん帰ってきた?時計を見ると、いつもより早い。


「ただいま」


帰って来たおっちゃんの姿にビックリ。


「おかえり。早かったね。それに…大荷物だね」


紙袋ふたつ、抱えるようにしてるおっちゃん。テーブルにどさっと置くと、手をぱしぱしとはたいた。


「今日は仕事早く終わったんだ。だから、市場に行ってきたんだ」


市場にはよく行くけど。何を買って来たんだろう。そう思って紙袋を覗こうとすると、おっちゃんに頭をぽんぽんされた。


「今日は感謝の日だ。ごちそう作ってやろう」


はて…。感謝の日とは子どもが親に感謝を伝える日ではなかったのか。疑問を持っておっちゃんを見上げると、おっちゃんは照れ臭そうに笑った。


「おっちゃんも坊主に感謝の気持ちを伝えたいんだ。せっかくの感謝の日だからな」


おっちゃんが俺に感謝してるとは…。一体どういうことだろう。何を感謝することがあるんだろうなと目をぱちくりさせてると、おっちゃんが俺の頭をもう一回ぽんぽんした。

おっちゃんの口が開く。何をどう感謝してるのか教えてくれるのかと思いきや。


「今からいい肉を焼くぞ」


なんだって?


「お肉!」


俺はお肉が好きだ。成長期だから。感謝の件はあとで聞くとして、料理の準備を始めたおっちゃんの周りをうろちょろする。


紙袋からいろいろ出てきた。お肉の包み。色とりどりの野菜。初めて見る香辛料。

フライパンからは、じゅーっと聞こえるいい音。お鍋からは、ふわっといい香り。

「座っておけ」と、呆れ顔で言われるまで、料理をするおっちゃんの傍にひっついてた。


そして。

できあがった料理がテーブルに所狭しと並べられる。見てるだけでよだれ。


「豪勢だね。おっちゃん、こういう料理も上手なんだね」


おっちゃんはふふっと少しだけ自慢げに笑った。


「そうだろ…と、言いたいところだが。料理は詳しくないからな。学校の食堂の料理人に教えてもらったんだ。ほら、冷めないうちに食べよう」


俺は想像する。

教えてもらっただけじゃなくて、練習もしてたんじゃなかろうか。俺の知らないとこで。そうじゃないと、こんなに上手に作れないよ。きっと。


いただきますと手を合わせ、まずはお肉から。付け合わせの野菜もスープも。

夢中になってもりもり食べてたら、おっちゃんが食事に手を付けないで俺を見てた。

だから俺は素直にほんとのことを話す。


「おっちゃん。お肉も野菜もスープも全部おいしいよ。今までの人生で最高においしい」


自分の顔は確認できないけど、今の俺は心の底からの満面の笑みを浮かべてる自信がある。


「大げさだな、坊主は」


おっちゃんはそう言いながらも嬉しそうで、ようやく自分の食事を始めた。


食事が終わっておっちゃんがお皿洗いしてる隙。

俺は隠しておいたクッキーの袋とカードをささっとテーブルの上へ置いた。そして、本を読んでるフリしておっちゃんがお皿洗いを終えるのを待つ。お皿洗うのって、こんなに時間かかるものだったっけ。早く終わらないかな。早くクッキーに気付いてくれないかな。


ドキドキそわそわが最高潮に達したとき。

おっちゃんがお皿洗いを終えてこっちを見た。


「おっ。これは」


クッキーとカードにすぐに気付いてくれて、ガタガタと椅子に座って大事そうにふたつを手に取った。


「今日、作ったんだ。俺が、って言いたいとこだけど、今日ね、隊長さんのお屋敷に行って、料理人さんと一緒に作ったんだ」


隊長さん、と聞いて、おっちゃんは少しだけ苦々しそう。だけどすぐにふはっと笑った。


「考えること、似てるな」


おっちゃんは今日のために食堂の料理人さんに料理を習って。俺は隊長さんのお屋敷の料理人さんに手伝ってもらった。

俺とおっちゃん、考えることが似てる。


「カードも見ていいか?…おお、凝ってるな」


カードには短い言葉。『いつもありがとう』って書いた。そして、お姉さんに教えてもらった細かい細工。


「それはね、図書館のお姉さんに教えてもらった」


お姉さんのように上手にはできなかったけど。


「坊主の周りは、優しくて親切な人ばかりだな」


「おっちゃんが一番優しいよ。親切は…」


そこではたと自分の言葉に戸惑う。おっちゃんも俺の戸惑いに気付いたようで、首をかしげた。


「親切じゃないのか?おっちゃんは」


なんだろう。この気持ち。うまく言えるかな。


「親切だけど、ちょっと違う。他の人に思いやりをもつのが親切だけど、家族にも親切って使うかな?俺とおっちゃんは他人じゃなくて家族みたいなものだから」


だから。


『親切にしてくれてありがとう』


その言葉は他人に使うもので、家族には使わない気がする。隊長さんや、料理人さん、図書館のお姉さんは『親切』で。

でもおっちゃんには『親切』以外の、別の言葉を使いたい。何と言えばいいんだろう。どんな言葉がぴったりなんだろう。悩むけど出てこなくてウーンって唸ったら、おっちゃんの手が俺の頭へ。


「坊主は難しいこと考えてるな」


おっちゃんは俺の髪をわしゃわしゃ。考えてたことがぴんぴんぽん。まとまらずに飛んで行った。


「クッキーをもらおうか。おいしそうだな」


考えはまとまらなかったけど、もういいや。おっちゃんにクッキー食べてもらおう。


「おいしいよ。俺にもちょっとだけちょうだい」


そう言いつつ、結局クッキーは俺がたくさん食べてしまった。だけど、食べてる俺を見ておっちゃんが笑ってた。

だから、感謝の日は大成功。

来年も再来年も、感謝の日におっちゃんに喜んでもらえたらいいな。

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