その後19 感謝の日⑤

「今日は晴れてて気持ちいいねえ」


俺が空を見上げてそう言うと、おっちゃんは洗濯物の入った袋を持ち直して俺の頭をぽしぽしした。


「そうだな。今日は何するんだ?」


どき。今日は秘密の作戦を決行する日なのだ。


「…なにしよっかなあ。お散歩しようかな」


そんな話をしてたら洗濯屋さんに到着。そこでおっちゃんから洗濯物の袋を受け取った。


「洗濯物は出しとく。おっちゃん、行ってらっしゃい」


感謝の日は祝日じゃなかった。平日だった。

だからおっちゃんはお仕事行く。でも、俺はあらかじめお休みをもらってた。お菓子計画のために。


ふう。おっちゃん、俺の計画に気付いてないよね。

おっちゃんを見送り、ニンマリして洗濯屋に入る。すると、おばちゃんにすぐ指摘された。


「イズルちゃん、ニコニコしてどうしたの?」


「今日は感謝の日だからね」


そう言いながらカウンターに洗濯物を載せる。おばちゃんこそニコニコしてる。


「イズルちゃん、優しいわねえ」


俺はそんなに優しくないよ。おっちゃんが喜ぶのを見たいなって思ってるだけ。


「よーし。行くかー」


洗濯屋さんを出て、俺の足が向かう先。

家に帰るんじゃなくて、隊長さんのお屋敷。今日は大丈夫!前もって約束してることだし、追っ払われたりしないだろう。


と、自分に言い聞かせながらも、前と同じことがあったらどうしようと微かに不安に思ってた隊長さんのお屋敷。

その門の前。

そこに隊長さんが立ってた。…隊長さんもお仕事お休みなのかな?まあ、それはともかく。


「おはようございます!」


大きい声で挨拶してみた。今日はお世話になるからね。


「ああ、おはよう。朝食は済ませているか?何か欲しいものはあるか?眠くないか?疲れてないか?」


隊長さんがいろいろ聞いてくれた。親切だけども、ちょっと変だね。…シタゴコロとか、あるのかな?こんなちんちくりんな俺に…。

変な想像しちゃったけど、シタゴコロではなく純粋な親切として隊長さんの言葉を受け取ることにする。


「お腹いっぱい元気いっぱいなので、早速お菓子作りをお願いしたいです」


隊長さん、ちょっと残念そうに溜め息ついた。


「…そうか、では行こうか」


隊長さんに案内されてやってきたのは、広いキッチン。いや、調理室。家庭科室。そんな感じ。


紹介された料理人さんは、ちょっと厳しそうなおじさん。眉間のしわがとんでもない。困惑してるのか、元々こんな顔なのか。


「お菓子作り、よろしくお願いします」


しっかり大きい声で挨拶すると、料理人のおじさんの眉間から皺が消えた。優しそうな顔になって、ちょっと安心。


「よし、じゃあ始めようか」


おじさんはそう言って、俺にエプロン貸してくれた。

だけども。

隊長さんが俺たちの近くで仁王立ちしてる。めっちゃ気になるんだけど。…ジャマなんだけど。まさか、ずっと見てるんじゃないよね?


エプロン握りしめて隊長さんをチラチラ気にしてると、おじさんが咳払い。


「リシュ様はどうぞお部屋にお戻りください。ここは主が立ち入るところではありませんので」


隊長さんは何か文句言いたげな表情を浮かべて、大きいため息をついて調理室から出て行った。おおー、おじさんすごい。隊長さんを追っ払っちゃた。


「ようし。お菓子を作るんだよな。何を作りたいんだ?」


「クッキーがいいです!」


ということで、クッキー作りを開始。

おじさんの指示通り、俺は量ったり混ぜたりこねたり。混ぜるのとこねるのは、最終的におじさんが仕上げしてくれたけども。俺の混ぜ方ではちょっと頼りなかったみたい。


めん棒で生地を伸ばすのはさせてくれた。慎重かつ大胆にのばしのばし。

いろんな形の型抜きがあった。俺は星祭り以降、星が好きなので星の形を選んだ。お菓子作るのって楽しいな。


「よし。あとは焼き上がるのを待つだけだ。少し休もう」


調理室の片隅、おじさんとお話しつつ休憩。


「リシュ様から話を聞いて、どんなお嬢さんが来るのかと思ってたが…。まさか男の子だとは」


俺は曖昧に笑うのみ。隊長さん、一体どんな話をしてたんだろうか。


焼き上がったクッキーを、きれいな袋に入れてもらった。ピンクのリボンもしてもらった。おじさんの手、すごいな。太い指なのに、俺より器用。


クッキーは完璧だ。

あのおいしいクッキーとは違うけど、これは俺が作ったようなものだし。おっちゃん、喜んでくれるかな。


よーし。帰ろう。…でもその前に。


調理室を出て、おじさんに隊長さんのとこまで連れて行ってもらった。何も言わずに帰るわけにいかない。お礼を言わないと。


「隊長さん、ありがとうございました。隊長さんのおかげで、感謝の日を無事に過ごせそうです」


ペコリと頭を下げて、そして隊長さんの顔を見る。

にっこり微笑んでた。王子様みたいだ。って、そんなこと思ってる場合じゃない。


「これ…。隊長さんに」


俺はあらかじめ準備してた封筒を取り出し、隊長さんに差し出した。封筒の中は、カードが入ってる。図書館のお姉さんに教えてもらったやつ。

親切にしてもらったし、そのへんの感謝は伝えとこうと思って昨日の夜作ったんだ。


「…私に?」


俺が差し出した封筒を、隊長さんは恭しく受け取った。


「はい。隊長さんにも感謝してます。あと…あの、副隊長さんにも渡しておいてくれますか?」


封筒をカバンからもう一通。副隊長さんにも感謝だから。

それと、隊長さんへの隠れたメッセージ。隊長さんが特別なんじゃありませんよって…。同じくらい副隊長さんにも感謝してるんですよ…って。


隊長さんはさっきのように王子様の顔してなくて不満げありありだったけど、副隊長さんへの封筒も預かってくれた。よかった。

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