その後19 感謝の日④

さて。

感謝の日の計画は振り出しに戻った。振り出しどころか、おっちゃんに俺の画策がバレちゃった。


泣いてしまった翌日も、俺はお仕事。手紙の仕分けを一生懸命。

…しなきゃいけないんだけど。

頭の中は感謝の日のことがぐるぐる。

おっちゃんの欲しいものはお菓子。それには変わりないので、自分でどうにか作れないかなあ。火を使うのがダメだから、火を使わないお菓子作り。そんなのできるかな?


うーん。こういうときはやっぱり図書館だな。図書館で何かいい本があるかも。火を使わないお菓子のレシピ本。


よし、今日も帰りに図書館行こうっと。そうと決まれば、手紙の仕分けに集中集中。仕事を疎かにしちゃいけない。


そんなこんなで仕事終わり、公園には寄り道せずにてくてく図書館へ。

そして料理本のコーナーを探索。

が、しかし。俺が探してる本は見つからない。どれも大人の家庭料理って感じの本。お菓子の本もあったけど、俺でも作れそうなのは無かった。


残念だな。

しょぼくれて本を棚に戻すが、はっと閃いた。

そうだ!料理本のコーナーを離れて、一目散にお姉さんの元へ駆け寄る。


「ねえ、お姉さん。お料理教室ってある?知ってる?」


お菓子のお料理教室があれば、そこに習いにいけばいいんだ。それをおっちゃんにプレゼントすればいいんだ。そんなめちゃくちゃいいアイデアを思いついたんだけど、お姉さんは困った顔。


「お料理教室?うーん。聞いたことないわね…。料理はみんな、おうちで両親から習うから…」


お姉さんはちょっと言いにくそうに最後はもごもご。俺がなんらかの事情で親じゃなくておっちゃんと暮らしてることは知ってるから…もごもごなっちゃったんだろう。


「そっかあ…」


今日二回目の残念。

自分で作るのは諦めて、買いに行こうかな。前に、番所の兄ちゃんにケーキ買ってもらったことある。あのケーキも美味しかった。あのお店の場所、うろおぼえだ。兄ちゃんに聞きに行こう。

しょぼんとした気持ちでカウンターから離れると、お姉さんに聞かれた。


「何か食べたいものあるの?」


「ううん。もうすぐ感謝の日でしょ?おっちゃんに、お菓子作りたいなあって思ったんだ」


「そうなの。イズルくんって優しいのね。…そうだ!いいものがあるわ!」


お姉さんはカウンターの引き出しをがさごそ。取り出したのは、きれいな色の厚紙と小さなナイフ。


「これでね、飛び出すカード作るの。こうやってこうやって…」


お姉さんは器用に厚紙に切り込みを入れていく。そして、完成したカードを畳んで開いて。


「わあ!立体になってる!」


図書館だというのに、大きい声出してしまった。


「これは一番簡単なやつだから、イズルくんにもすぐできるわよ。こうやって感謝の気持ちをカードに書いて贈るといいんじゃないかな?」


兄ちゃんにケーキの店を聞きに行くのもすっかり忘れ、お姉さんにカードと一緒に夢中でカード作りに励んだ。


気が付いたら夕方で、もう帰らなきゃいけない時間。

「お姉さん、ありがとう」と、いつもより元気よくお別れの挨拶。ケーキのことは明日聞きに行こうと考え、足取り軽く家に帰る途中。もうちょっとで家に着くってとこ。


夕日を背景に、隊長さんが立っていた。


「隊長さん…」


昨日のことで、会いに来たんだろうか。

副隊長さんからきっと聞いてるよね、昨日のこと。心臓がちょっとだけ痛い。昨日のこと、隊長さんは何にも悪くないけど少し思い出してしまうから。


「先日、ウチに来てくれたそうだね」


隊長さんは確認するように、俺に聞いた。だから、コクリと頷いた。


「朝から家の者にクッキーを買いに行かせたんだが…。すまない。店が休みだったようで、用意できなかった」


クッキーのこと、気にしてくれたんだ。隊長さん、優しい。


「ううん。いいんです。気持ちだけで…ありがとうございます」


隊長さんの優しいところをひとつ発見して、昨日のことはもう忘れちゃう。


「暴言を吐いた男に何か罰を与えたいなら、私が実行しよう」


せっかく見直したのに、罰を与えるだなんて怖いこと言うからちょっとだけギョッとする。俺のため、なんだろうけど。少し違う。


「罰…は、与えなくていいです。失礼なこと言われてショックだったけど。…罰の代わりに、あの人に伝えてください」


ここで深呼吸。言いたいことをまとめる。


「みすぼらしく見えるからって、失礼なこと言わないで。それはとってもイヤな態度だから、人に嫌われちゃうよ。心の中から本当に親切にできなくても、見せかけでも親切にしたほうがいいよ」


なんて、少しエラそうな俺。

昨日のあの人を思い出す。俺のこと、見下してる感があった。俺の言いたいこと、分かってくれるといいな。


隊長さんは目を丸くして、そして薄く笑った。優しい笑いだった。


「分かった。必ず伝えよう。だが他に、私からお詫びがしたい。私の気が済まないからな」


隊長さんにお詫びしてもらう義理は特に無いけど…ええと、そうだ。俺が今日残念に思ったこと、もしかしたら。隊長さんなら叶えられるかも。


「おわび…。あの、いっこだけ、お願いがあります」


俺がそう切り出すと、隊長さんは食い気味で「なんだ?」と聞いてきた。いけそうだ。


「隊長さんのお屋敷の料理人さんは、お菓子が作れますか?感謝の日におっちゃんにお菓子をプレゼントしたいから、作り方を教えてほしいっていうか、作るのを手伝ってほしいっていうか、一緒に作ってほしいっていうか」


俺のお願いに、隊長さんは首を傾げた。


「そんなことでいいのか?作らせる、ではなく?」


隊長さんは何か疑問に思ってるみたいだったけど、俺はごりごり押し通した。自分で作りたいって。


「ふむ…まあ、分かった。いいだろう」


そうやって、感謝の日の午前中に隊長さんのお屋敷でお菓子作ることが決定。


お姉さんにカードの作り方も教えてもらったし…これで感謝の日の当日は、充分におっちゃんに感謝の気持ちを伝えられそうだ。

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