その後19 感謝の日③
◎副隊長さん視点
帰って行くイズルくんとその保護者を見送ったあと、俺は深く溜め息をついた。
「リシュになんて言おう…」
イズルくんの話からするに、リシュの屋敷に行って「みすぼらしいガキ」と言われて追い払われたようだ。そんな言葉遣いする使用人があの屋敷にいるとは思えないが。
「…詰所に行ってくる」
そう言い残し、帰って来たばかりの屋敷を出た。ゆっくり休もうと思っていたが、友人としてリシュに報告せねばなるまい。
事実の確認はリシュの役割。俺ができるのは、俺が見たことを伝えるだけ。
溜め息漏らしつつ、詰所へ到着。すっかり辺りは暗くなっていた。
カツコツと足音が響く廊下を歩き、皆が恐れる第一隊詰所執務室。今は俺も少し恐れる。リシュの反応が怖い。
ノックをして執務室に入ると、リシュが驚いたように顔を上げた。
「帰ったんじゃないのか?」
「いや、帰ったんだけどな」
自分の席につき、かくかくしかじか。
泣いてるイズルくんを見つけて保護したこと。前に食べたクッキーのことでリシュの屋敷を訪ねたが、そこで酷い扱いをされたから泣いてしまったらしいこと。
リシュは最後まで話を聞いていたが、みるみる機嫌が悪くなっていくのが分かった。
「そんな不届き者が…?」
眉間に皺を寄せ、怒りを隠そうとしないリシュ。
そんな顔、イズルくんが怖がるぞ。と、心の中で思いつつ、リシュに質問を投げかける。
「リシュの屋敷に、そんな使用人いないだろう?誰なんだろう」
リシュは考え込むように手を顎にやり、そしてハッと顔を上げた。
「そういえば、地方の遠い親戚の来訪があると執事が言ってたな。そうだ、だから夜勤にしたんだった。顔を合わせるのが面倒な相手だからな」
リシュの一族は大きい。だが、皆が皆、リシュやリシュの両親のように、高潔なわけでも貴族としての矜持を持っているわけではないのだろう。
まあ、それはどの一族にも言えることだが。
「それかな。まあ、イズルくんに何かフォローしたほうがいいよ」
イズルくんはきっと、今回のことでリシュ自身には嫌悪感を抱いていないだろう。それでもリシュが動けば、イズルくんは少しぐらいリシュのことを見直す…かも。そんなかすかな希望を胸に提案すると、リシュは当然といわんばかりに頷いた。
「分かった。では今から動こう。夜勤交代してくれるか?」
そう言うと、リシュは席を立った。俺へ頼んでいるようで頼んでいない。決定事項のようだ。
「…仕方ないな」
リシュは手早く帰る支度をしたかと思うと、足早に執務室を出て行った。
大丈夫かな。遠い親戚とやらを、ボッコボコにするんじゃなかろうか…。いや、屋敷にはしっかりした使用人がいるから大丈夫か、多分。
そして夜は更け朝になり、夜勤自体は平和に終了。
リシュのほうも平和に終わってればいいんだが。そんなことを考え、くああっと欠伸したら。ちょうどその時、音もなく執務室のドアが開いた。
現れたリシュは、挨拶をすることもなく苛々とした様子で椅子に座った。
「親戚のヤツを問い詰めたら、自慢げに話したよ。『物乞いのガキを追い払ってあげましたよ』って。だから屋敷から叩き出してやった。二度と王都にも入れまい」
リシュの屋敷どころか、王都にさえ入れないって…。一体何をしたんだろう。
気になるけど、気にしないほうがいい。
「そうか。迷惑な親戚がいるもんだな」
「あんな人間が親戚なんて…まったく恥だ。あの子へのクッキーは、今日の夕方には手に入るはずだ。持って行って謝らないと」
一緒に行こうか?と、言いかけたが、別の言葉を探す。
「…気を付けてな」
リシュが上手にフォローできれば、きっとイズルくんはリシュのことを少しは好きになってくれる。そう信じている。
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