その後19 感謝の日②

おっちゃんのために、あのおいしいクッキーを手に入れなければ。

そのためには、少しの危険を冒してでも…。


おっちゃんから欲しい物を聞き出した次の日。

いつも通りの時間に仕事を終え、郵便局を出た俺の足が向かうところ。隊長さんのお屋敷。おっちゃんのため、クッキーのため。ちょっと危ないけど行く。


隊長さんはきっとお仕事行ってるだろうけど、お屋敷の人に聞けばクッキーのこと分かるよね。

お屋敷の人、俺のこと覚えててくれるといいんだけど。あしらわれたら、引き返してまた作戦考えようっと。


そんな楽観的な気持ちでやってきたお金持ち地区。大きいお屋敷の中でも群を抜いてる隊長さんのお屋敷。ふう。何度来てもドキドキ緊張するなあ。

一回深呼吸して、大きい声を出してみる。


「こ、こんにちはー!」


このお屋敷の第一関門は、まずは誰かに気付いてもらうこと。

誰か来てくれないかな。ソワソワして門の柵の隙間を覗く。すると、男の人の姿が見えたので、もう一度「こんにちは!」と挨拶してみた。


その男の人は俺に気付いて、門のほうにスタスタ。

来てる服からするに、使用人さんじゃなさそう。隊長さんのお客さんかな?なんて思ってたら。

門を開けることなく、その男の人は俺をじろじろ見て、そして。


「みすぼらしいガキだな。ここに何の用だ?」


めちゃくちゃ見下す口調でそんなこと言われて、俺は呆然。知らない人から酷い言葉投げつけられたよ…どうしよう。

あしらわれる可能性も考えてたけど、こんなこと言われなきゃいけないの?


ほけーっと立ち尽くす俺に、男の人は舌打ち。さらに。

ガシャーン!と大きい音。

その人が、門を蹴った音だった。俺を追い払おうとしてるんだ。


怖くなって、何も言えなくて慌ててその場から走って逃げた。だだだーって走るなか、悲しい気持ちが胸の中ぐるぐる。


…俺、みすぼらしく見えるのか。

おっちゃんにちゃんとお世話してもらってるのに。毎日清潔な服を着せてもらって、ご飯もお腹いっぱい食べさせてもらってるのに。

おっちゃんをけなされたような感じがして、なんか泣きそうなんだが。うぐぐ。今日の夜、おっちゃんにおんぶしてもらお。

だめだ。おんぶしてなんて言ったら、俺が何か悲しいことがあったっておっちゃんにバレる。我慢しなきゃ。


走るの疲れて、一旦止まる。そんで今度はトボトボ。ちょっと夕方になってきた大きいお屋敷が並ぶ通りを歩く。太陽のオレンジ色が今日は悲しい気持ちになる。

ふー。下を向いて、自分に言い聞かせる。俺は大丈夫だよ。そんな感じで気合を入れなおした、その時。


「イズルくん?」


俺の名前を呼ぶこの声は…。副隊長さん。

顔を上げると、副隊長さんがとっとって小走りで俺に近づいてくるとこだった。あいさつしなきゃ。


「こ、こんにち…」


最後まで言えなかった。知ってる人に会ったせいか、気が緩んで涙がどばどば。副隊長さんがギョッとしたのが分かったけど、俺の目は勝手に涙を流し続ける。


「どした?何かあったのか?あっちから歩いてきたってことは、リシュの屋敷?リシュに何かされた…ことはないよな。リシュは明日の朝まで詰所にいるはずだし」


泣いてる理由聞かれたけど、何にも答えられない。

みすぼらしいって言われたのが悲しいとか、おっちゃんまでバカにされたようで悔しいとか、門蹴られて怖かったとか。

オロオロした副隊長さんは、何を思ったか俺の首根っこを掴んだ。


「泣き止むまでウチで休んでいきなよ。その顔じゃ、帰れないだろう」


親切な人だなあ。でも夕方だから早く帰らないと。けど泣いてるから帰れないよ。ぐちゃぐちゃした思考のまま、副隊長さんのお家によいよいと案内された。


副隊長さんの家の使用人さんも泣いてる俺になんじゃこりゃって思っただろうけど、ふかふかソファに座らされていい匂いのするタオルで俺の顔をぬぐってくれた。

それを横目に、副隊長さんは運ばれてきたテーブルの上のものを俺にすすめる。


「ほら、これはとってもおいしいチョコレートだよ」


あったかいミルクとチョコレートもらって、俺はぐすぐす泣きながら手をつけた。チョコレート、おいしいなあ。

おいしいお菓子、おっちゃんにプレゼントしたいだけだったのに…。それを聞きに行っただけだったのに…。さっきの出来事を思い出して、またおいおい泣いてしまった。


副隊長さんは何も聞かない。何回か部屋を出入りして、そのあとは俺のそばで一緒にチョコレート食べてた。大人だなあ。

俺もこんな大人になりたい。おっちゃんみたいな大人にもなりたいけど、こういう大人もいいな。


チョコレート全部食べ終わり、心の中も落ち着いてきた。さっきのことは傷ついたし、怖かった。だけど、大丈夫。平気平気。感謝の日のこと考えないと!


「副隊長さん、ありがとうございました。もうすぐ暗くなるから、急いで帰ります」


お礼を言ってすちゃっと立ち上がったけど、副隊長さんに制止された。…やだなあ。

隊長さんのお友達だから、なんやかんや隊長さんに報告するのかな?俺が隊長さんのお屋敷に行ってたのは分かってるみたいだし。


親切にしてくれたから逆らう訳にもいかず、もう一回ふかふかソファに座る。と、ちょうどその時ドアがノックされた。

誰か来た?もしや、隊長さん?そんなふうに少し警戒したけども。


「おっちゃん!」


現れたのがおっちゃんだったので、ばばーっと走ってうぐーっと抱き着いた。おっちゃんは俺をよしよし撫でてくれる。そしたら、心は落ち着いたはずなのに、俺の口は勝手に今日のこと全部べらべら喋り出した。


感謝の日にクッキーで隊長さんとこ聞きに行ったらみすぼらしいガキって言われた。

って、そんなこと。おっちゃんに言わなくていいことまで、何もかも。

おっちゃんは俺の話をうんうんって聞いて、また撫でてくれた。


「おっちゃんのために頑張ったんだな」


おっちゃんがそう言ってくれたから、今度こそ本当に大丈夫。つらいことも悲しいことも怖いことも、おっちゃんがまるっと包んでくれた。だからもう大丈夫。


「連絡、ありがとうございました」


おっちゃんは副隊長さんに丁寧にお辞儀した。それに倣って俺もお辞儀。


「どういたしまして。イズルくん、バイバイ」


副隊長さんは俺に手を振ってくれた。俺もバイバイを返し、おっちゃんと手を繋いで副隊長さんのお家を出た。


オレンジ色の空が、もっとオレンジになってる夕暮れ。さっきは悲しい色に見えたけど、今は優しい色に見える。不思議。


「副隊長さんがおっちゃんを呼んでくれたの?おっちゃん、お仕事早退しちゃった?」


おっちゃんの見上げると、おっちゃんは俺を安心させるように手をにぎにぎした。


「ああ、あの副隊長が学校まで人を寄こしてくれたんだ。ちょうど帰るとこだったから、早退はしてない。心配するな」


俺もおっちゃんの手をにぎにぎし返す。今日のこと、俺は大丈夫なんだよっておっちゃんに言わないと。


「なんていうか…。俺は自分のことみすぼらしいなんてちっとも思ってないよ。お金持ちの人から見たら、俺はみすぼらしく見えたかもしれないけど…。でもさ、俺の心はスゴイよ」


「すごい?」


おっちゃんを見上げて、にっこにこ。


「うん。心はとっても豊かなんだ。おっちゃんと一緒にいるからだよ」


おっちゃんはビックリしたように一瞬止まって、そんでくしゃって笑った。


「坊主は偉いな」


おっちゃんと手を繋いで、ゆっくりのんびり家に帰る。

あ、しまった。感謝の日のこと、おっちゃんにバレちゃったな。ケチついたから、クッキーは却下。いくらおいしくても却下。

あれ?クッキーに八つ当たりするなんて、俺の心って豊かじゃない?まあいっか。

感謝の日までまだ時間はある。

感謝の気持ちを伝えるために、できること見つけようっと!

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