第2話

七月六日 午後十八時十二分


兄がどういう手段をとったのかはわからないが、彼は約束を守り、兄が同行することを条件に私は旅行に行けることになった。兄の足の爪は全て剥がれていた。それを知ったのは私を手当てした侍女の尾形裕子が車椅子を押していたからだった。

心は少し痛んだが、祖父に祖母のことを死んだ人間のことなんて知らない。と至極当然の事実を告げた時、左手の爪を三枚剥がされたことがあったから、予想はついていたことだった。

兄は私と顔を合わせると、少し息抜きになればいい。と嬉しそうに笑って、頭を撫でた。それから、尾形に言って、代わりに車椅子わたしが押した。これからどんな旅行をするか、話した。昔、二人で泥団子を作って、どちらがより硬くてつやのあるものを作れるか競って遊んだ話をした。一度だって、私は兄の器用さに勝てなかった。私は兄を慕っていて、兄は私を愛している。兄と私とユキくん。旅行が楽しみだった。

高校最後の夏休みの思い出作りにどうか。と私は持ちかけることにした。固定電話にかけたので、始めは親が出るのではないかと思ったのだが、声の主は恐らく本人だった。理解した上で、白々しく告げた。それが、どこか媚びているようで気持ち悪かった。

「橘冬花です、ご無沙汰しております。三条祐希くんはもう帰っていますか」

「ああ・・・橘か、久しぶり、僕だよ」

「久しぶり、ユキくんだったんだ。学校では、うまくやってる?今、少し話したいんだけど、いいかな、無理なら明日にでも。とてもいい話よ」

「構わないけど、そのユキくんっていうの、やめてくれよ。もう子供の頃じゃない。夏休みの予定は、せいぜい元部活のメンバーと、映画に行くくらいだよ。その、いい話って?」

「心霊、廃校、場所は那覇、別荘旅行。そんな旅行なんだけど素敵じゃないかしら。お爺様の土地だから、お金はいらないし遠慮も必要ないわ。好きに回っていい、撮りたいものがあれば好きに撮っていい、何時でも遊び回って構わない」

息を飲む喜びを聞き取った。

「でも急になんで?勿論行きたいけど。お前のじいさん、厳しいんじゃなかったか。電車で一時間の場所にだって禁止されてたじゃないか」

「それは中学生まで。それに高校最後だからお願い!思い出作りをしたいのって言ってみたの。お爺様だって孫には優しくなったのかもね」

もちろん嘘だった。出来うることを全て提示して得たプランだ。少なくとも祖父は、自分の目が届かない場所へなんの見返りもなく、出したりはしない。ユキくんは少し黙った。誰かをいつも思いやるこの人は、無茶なのではないかと思案する。

「わかった。桐花が平気なら行くよ。ありがとう。他に人は?」

「いない」

「賑やかな方がいい。オカルト研究部、解散になったんだ。桐花も仲良くできるかもしれない。もし、迷惑でなければそいつらも連れて行っていいかな」

「いいよ。ユキくんが一緒にいて楽しい人なら、きっと私もお友達になれる。楽しみよ」

これは、ほんの少しの本音だった。同年代の友達は、今までろくにいなかった。居ても放課後はすぐに帰らなければならなかったし、遠足にも修学旅行にも行ったことがない。なんだか、緊張した。どんな人達であれ、ユキくんが楽しいなら私はそれでよかった。それから少しの世間話をして、会話は終わった。

ユキくんは、昔から超常現象が好きだった。いかにも胡散臭い月刊誌や、深夜番組を夢中になって見て、はしゃいでいた。別々の高校にあがってからは、会うことはなかったけど、幼い頃の私にとって、ユキくんが夢に目を輝かせている姿が好きだった。別々の高校にあがってからは、ユキくんも忙しくなって、会うことはなかったけど、幼い頃の私にとって、ユキくんは夢だった。いつも非現実や空想に目を輝かせている姿が好きだった。私にないものを、みんなもってる、無力なユキくんが、可哀想で、きらきらしていてーーー大嫌い。

だから、愛しくて、欲しい。


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少女奇譚 克己司 @katumitukasa

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