4落目 騒がしくなる日常、出会ってはいけない二人
「はははは! そうかそうかー、武鳥の恋人は伏木之だったかー。おっけーおっけー。おい、野田、席を譲ってやれー。知り合いが伏木之しかいないなら、サポートしやすいように、隣にした方がいいだろー」
『あ、わかりました。武鳥さん、どうぞ』
「いいのですか?」
『はい、その代わり、あとでお話聞かせてくださいね!』
「ふふっ、もちろん構いませんよ♪」
ありすの横にいた、野田という女子生徒は、快く席を譲った。
その際に、話を聞かせてほしいと言ったが。
おそらく、格好のネタが飛び込んできた! といったところだろう。
「じゃ、HRは終わりなー。先生、ちょっと授業に使う奴取ってくるから、準備してろよー」
そう言って、いつもよりも楽しそうな声音で、金野は教室から出て行った。
いなくなった直後、男子はありすの所へ、女子は輝夜の元へ押しかけた。
『お、おい伏木之! お、お前、彼女がいたのかよ!?』
「う、うん」
『いつからだよ!』
「ふ、二日前……」
『最近じゃねえか!』
『畜生! 羨ましいぞ! 伏木之!』
と、心底羨ましそうに、男たちはありすに言いよる。
しかし、
「だけどよ、ありすが相手だって知っても、嫉妬心は沸かなくね?」
虎太郎が男子たちにそう言った。
それを聞いて、男子たちはなんとなく納得。
『たしかに』
『ってか、伏木之ってマジで男に見えないしな』
『うんうん。俺、初めて伏木之を見た時とか、『めっちゃ可愛い美少女がいるんだけど!』って思ったわ』
『それな』
『自己紹介の時もさ、声もすっげえ可愛くて、なのになんで、男子の制服着てるんだ? とか思ったっけなー』
『わかる。で、自己紹介の時に男って言われて、マジでビビった』
口々に入学式当日のことを言いあう。
ありす、精神に大ダメージ。
『てことはさ、外見上だけは百合カップルみたいだよな、伏木之と武鳥さんって』
『たしかに』
『それはそれでいいな……疑似的美少女カップル、的な?』
「お前ら、ほどほどにしとけよ? ありすがかなりダメージ受けてるから」
『『『あ』』』
虎太郎の注意で、ようやく男子たちは、ありすがどうなっているかを認識した。
現在、ありすは涙目になっていた。
というか、今にも泣きだしそうである。
『す、すまん伏木之!』
『な、なんと言うか、つい、な?』
『だから泣きそうになるのはやめてくれ!』
「ぐすん……いいもん……僕なんて、男らしくないもん……」
泣き出した。
男子たちにとっては、なかなかに罪悪感が募る。
なにせ、外見だけ見れば、本当に可愛らしい女の子、と言った風貌なので、なんとなくバツが悪いのである。
むしろ、これを武器にすれば、ありすは色々と最強な存在なのだが。
潤んだ瞳に上目遣いでお願いすれば、男女関係なく了承してしまうことだろう。
もっとも、ありすにはそんなことをする自覚なんてない。
男子たちのほうではそんなことになりつつも、女子の方はきゃっきゃと楽しそうである。
『ねえねえ、武鳥さんって、どうやってありす君と出会ったのー?』
「そうですね。一昨日のことなのですけど、私、ちょっと人に追われていて、命の危機だったんです」
『お、おー、何と言うか、すっごい話~』
『お金持ちってそう言うことが多いの?』
「私の家が特別というだけで、他は割と普通かもしれませんね」
『あ、じゃあ、逃げている時に、ありす君に助けられたって感じ?』
「ちょっとだけ違いますけど、概ねはそうですね。私、『命恋の崖』という崖から落ちてしまいまして……」
『あ! それ知ってる! 恋結びの崖、って言われてて、ここの街じゃ有名な恋愛スポットだよね!』
「はい♪」
実は、輝夜が落ちたという崖は、地元では有名な恋結びの名所として有名なのだ。
逸話としては、その崖から落ちると、その下に自分の運命の相手が現れる、というものだ。
今回、抗争相手に命を狙われ、そこから逃げていた際に誤って足を滑らせて落下してしまった。そして、その下にたまたま逃げていたありすがいて、ありすを下敷きにする形で助かった、というわけだ。
『じゃあじゃあ、落ちた先にありす君がいたってこと!?』
「そうですね。私もかなり焦りました。なにせ、ありす君を下敷きにしてしまいましたので……」
『えっ! でも、ありす君どこも怪我してないように見えるよ?』
「私もそれを不思議に思っていまして……見たところ、外傷もなく、ただちょっと頭を打って気絶していただけだったんです」
『ありす君って、体力があまりないイメージだけど、体は頑丈なのかな?』
「ありす様は、体力がないのですか?」
『うーん、そうだね。足はすごく早くて、そっちの持久力はあるんだけど、とにかく力が弱いの。握力も低いし、腕相撲だって私たち女子にも勝てないしで』
「それはそれは……!」
ありすのそんな情報を聴き、輝夜はすごく目を輝かせた。
実は輝夜の好みのタイプには、まだ続きがあって、何と言うか……自分よりも力が弱いとなお嬉しい、という謎すぎる部分があるのだ。
まあ、言ってしまえば、攻めの方ということだろう。
ありすは、いかにも受けなので、やはり輝夜的にも嬉しいらしい。
理想すぎて、輝夜がいつか暴走しそうである。
「ところで、ありす様のことをそう言うということは、ありす様ってあまり評価が高く似のでしょうか?」
『いやいや、そんなことないよ!』
輝夜がありすについてそう尋ねると、すぐに全員が首を横に振って否定した。
『だって、ありす君ってすっごくモテモテだもん』
「そ、そうなのですか!?」
『うん。ありす君ってね、誰にでも平等ですっごく優しいの。笑顔も可愛いし、男子なのにすっごくキュンキュンしちゃって……。それに、ありす君ってエプロン姿がものっすごく! 似合うの!』
「え、エプロン姿……!」
エプロン姿のありすを想像する輝夜。
「あ、輝夜さん、夜ご飯出来てますよ」
エプロンを着けて、キッチンで料理している姿を想像。
さらに、お玉を持ちながら笑顔でそんなことを言っているというオプション付き。
(……な、なんということでしょう! 想像しただけでも素晴らしい姿です!)
『どうどう? 想像した?』
「はい! なんというか……後ろから襲いたくなっちゃいますね!」
『お、意外と武鳥さんって肉食系なんだね』
「なんと言いますか、ありす様が好みすぎて……ちょっとこう、ドキドキしてしまうと言いますか。ありす様って、とっても可愛らしいじゃないですか?」
『『『それはもう』』』
「なので、小動物的な雰囲気があると、つい、食べちゃいたいなと……」
『『『あー、納得』』』
総意で言った瞬間、ちょっと離れたところにいたありすは、ぶるっと体を震わせた。
『でもまさか、ありす君が彼女を作ってるなんてなー』
『うんうん。すっごくびっくりだし、色んな人が崩れ落ちてそうだよね』
「そこまで、ありす様は人気なのですか?」
『そりゃあね。だって、あんなに性格がよくて、可愛らしい外見をしてるんだよ? それに、料理とかすっごく美味しいし、中でもお菓子とかもうね。最高だもん』
「お、お菓子……」
『武鳥さんも、ありす君に頼めば作ってもらえるんじゃないかな? きっと気にいるから』
「……そうですね。お願いしてみようと思います」
ありすのお菓子は美味しい、その情報を得た輝夜は、早いうちにお願いしておこうと思った。
「なんだか嬉しいですね」
『何が?』
「ありす様がここまで人気者だということが嬉しくて。……正直なところ、まだ出会ったばかりですから、おかしいのかもしれませんけどね」
『そんことないよ!』
『そうそう。恋に時間なんて関係ないってよく言うしね』
『だよね! だから、ぐいぐい行っちゃった方がいいよ! ありす君って、告白されれば気づくけど、そうじゃないと、好意を持たれてるっていう自覚がない、鈍感な人だから!』
「そ、そうなのですね」
そこで輝夜は思った。
(つい、真正面から言ってしまいましたが……大丈夫だったのでしょうか? ありす様には考える暇がほとんどなかったような気がしますし……)
と。
しかし、あの時ありすが言っていたことを思い出し、輝夜はありすに対して、ものすごい罪悪感を感じていた。
よく状況がわかっていない状態でああ言わせてしまったんじゃないか、と。
まあ、事実そうなのだが……ありすもありすで、輝夜に対して一目惚れをしているので、罪悪感を感じる必要はないと思うのだが。
『あーあ、こんなことなら、告っとけばよかったかなぁ』
『それねー』
「うぅ、なんだか申し訳ないですね……」
『ああ、いいよいいよ。恋は戦争。私たちは日和って告白できなかっただけだしねぇ』
『でもでも、なんだかお似合いに見えるなー、二人とも』
「そ、そうですか?」
『うん。何と言うか、ありす君って変な人に絡まれたりしてね。その度に、ありす君の幼馴染である、白雪先輩に助けられてるんだって』
「それは、武術などで?」
『らしいよー。白雪先輩、ありす君のボディーガードみたいなところがあるんだー』
「なるほど……」
『それで、武鳥さんは何か武術とかやっていたの?』
「そうですね……。色々とありますよ。ですが主に、居合術とか、合気道とか、後は純粋な体術ですね」
『え、もしかして実家が道場とか?』
「いえ、そうではないのですが、知り合いの方々にそう言った武術の有段者……というより、師範をやっている方がおりまして」
嘘ではないが、やや事実と異なるだろう。
ここでいう、輝夜の知り合いと言うのは、実家にいる、組の構成員のことだ。
空手、柔道、居合、剣道、合気道、槍術、弓術、薙刀、などがある。
そういった武術の師範をしている者たちは、組の収入源として臨時の講師をしていたりするのだが。
そのような者たちがいるため、輝夜も幼少の頃から一部の武術を教えられていたのだ。
一応、一通りに基礎は出来ており、中でも、柔道、居合、合気道を主にやっていた。
その次辺りには、弓術と薙刀が来たりするが。
そんな輝夜であるから、仮に銃で武装した男たちが数人がかりで襲い掛かってきたとしても、問題なく対処できてしまう。
これが女子高生だと言うのだから、笑えない。
『へぇ~、輝夜さんの知り合いってすごいんだね~』
「いえいえ、父がすごいのであって、私はそうではありませんよ。ただ、運がよかっただけです」
『謙遜しなくてもいいと思うな。そう言うのもひっくるめて、武鳥さんの力なんだから』
「そう、ですね。ありがとうございます」
『いいって。でも、羨ましいなぁ。ありす君と付き合えて』
「な、なんだか、申し訳ないですね、本当に」
『さっきも言ったけど、私たちが日和っただけだからね。気にしない気にしない。でも、私たちは二人の恋路を応援するから、頑張ってね!』
「はいっ、ありがとうございます!」
ありすという有名人の話題により、輝夜は転校早々友人ができた。
さて、輝夜という銀髪蒼眼の美少女が転校してきたとあって、学園中大盛り上がり。
一体どんな人物なのか一目見ようと、転校したクラスへと向かう。
するとそこには、
「えへへぇ、ありす様ぁ~」
「か、輝夜さん、あの、で、できれば、は、離れて、もらえると……」
「どうしてですか? ……も、もしかして、嫌、でしたか……?」
「え、あ、い、いえ! そ、そう言うわけじゃなくて……その、は、恥ずかしいんですよぉ~……」
「か、可愛いっ……! あ、そうではなく……。でも、私たちは彼氏彼女の関係なのです。ならば、このようにくっついても何ら問題ないと思うのですが」
「そ、それとこれとはちがうよぉ……!」
「嬉しくない、のですか?」
「ふぇっ、う、嬉しくないわけ、ない、けど……」
「では、嬉しいのですね?」
「………………………………ぅん」
「はぁぁぁ~~~、可愛いです、ありす様ぁ!」
とまあ、こんな甘々でイチャラブな空間が繰り広げられていた。
ちなみに、どんな状況かと言うと、ものすごく嬉しそうな表情で隣の席のありすに、輝夜がべったりとくっつき、ありすが恥ずかしそうにした後、少女のような反応をしたことから輝夜の琴線に触れ、最終的に、顔真っ赤にして俯きつつも、しっかりと肯定したことに感極まった用な反応で、ありすを思いっきり抱きしめた、というわけだ。
そんな光景を見た、他クラス、及び他学年の生徒たちは、
『『『ごふっ……!』』』
倒れた。
見た目美少女のようなありすと、美少女な輝夜の絡みは、何と言うか……何も知らない者からしたら、ただの百合である。
まあ、仮にありすが男だと知っていたとしても、この光景は非常に眼福であり、美少女同士がイチャイチャしているようにしか見えない。
そのため、見ている者たちは鼻から幸福をまき散らして倒れたのである。
もちろん、クラスメートもである。
実質疑似百合のようなものなので、まあ、そうなのだろう。
しかし、同性である男まで落とせるありすとは一体……。
「そ、そう言えば、輝夜さん」
「はい、なんでしょうか?」
「え、えと、僕のことを様付けで呼ぶのをやめてほしいなって思ってるんですけど……」
「妻として普通のことじゃないのですか!?」
「一昔前……でも、さすがに様付けしている人はいないと思うけど……」
「えっ――!?」
「なんでそこで驚くの……?」
ありすの発言を聞いて、輝夜は酷く驚いた。
ありす的には、何で知らなかったんだろう? とか思っている。
ヤーさんの家系とは言え、輝夜はそれはもう大切に育てられた存在。箱入り娘、と言う奴だ。
そんなこともあり、やや偏った知識を持ってしまっているのである。
「では、何とお呼びしたら……?」
「う、うーん……えっと、様付け以外で、何かある……?」
「そうですね……旦那様?」
「……まだ結婚してませんよ? あと、それはなんだか微妙に違うような……」
「では……あなた、とか。きゃっ❤」
「あ、あなたっ? え、えと、あの、その……は、反応は可愛いんですけど……だ、だとしても、ちょっと……というかかなり恥ずかしいですし、さっきも言いましたけど、まだ結婚していないので、その……」
「ダメですか……」
しゅんとする輝夜。
しかし、
「ですが、『まだ』と言うからには、いずれそう呼んでもいいって言うことですよね!」
「ふぇっ!? そ、それは、まあ……間違いじゃない、ですけど……なんと言うか……」
ごにょごにょと、最後の方に行くにつれて少しずつ声のボリュームが下がっていく。
同時に、顔は赤い。
「と、ともかく、そう言うもの以外でお願いします……」
「では、何がいいのですか?」
「呼び捨てでもか――」
「ダメです」
「言う前に切られた……」
自分の言葉を言い終える前に、即座に否定が入った。
輝夜的には、愛する彼氏(彼女にも見える)を呼び捨てで呼ぶことは、プライドのような物が許さないらしく、それ以外で呼びたいようである。
「君付けと言うのも、みなさんと同じような感じですし……」
「別にいいと思うんだけど……」
「いいえ、ダメです。彼女、そしてお嫁さんたるもの、周囲と同じ呼び方はいけません。私専用の呼び方がいいのです」
「そ、そですか」
では何がある、と輝夜はうんうんとうなりながら考える。
そして、出てきた敬称を片っ端から言うことを始めた。
「では、ありす『氏』は?」
「何かが違うような……」
「では、ありす『殿』は?」
「僕、そんなに偉そう……?」
「では……ありす『たん』」
「僕、女じゃないよ……」
「あ、それなら、ありす『きゅん』の方ですか?」
「そういうことじゃないよ!? というか、なんでサブカルチャー方面の敬称なの……?」
「似合うかと思いまして」
にっこり微笑んで言うと、周囲の人間もうんうんと頷いた。
ありす、心にダメージを負う。
「却下です……」
「そうですか……いいと思ったんですけど、ありす『きゅん』って」
「……呼ばれる僕の身からすれば、すごく恥ずかしいので……」
「恥ずかしいのなら仕方ないですね。では……ありす『嬢』」
「それはもっと違うよね!? 僕、何度も言ってるけど、男ですっ! しかもそれだと、輝夜さんの所の人の呼び方になってますからね!?」
「まぁっ、そうでしたね。では、なしで♪」
そんなお茶目(?)な反応を見せる輝夜を見て、可愛いと思ったありす。
まあ、一応好みなので。
「そうなると……残る候補は、『ちゃん』と『ちゃん』だけなんですが……」
「え、それ候補になってませんよね? どちらも同じですよね? 結局、ちゃんですよね?」
「そうでしょうか? 前者は、可愛らしい感じですが、後者はちょっとだけカッコいい感じですよ?」
「どういう意味かわからないよっ……!」
結局同じじゃないか、とありすはツッコミを入れる。
地味―にツッコミ体質なのかもしれない。
「でも、ありす様って、ちゃん付けされているんですか?」
「まあ……初対面には? 一応、男だと伝えた後に、君とかに直してもらってる、かな。だから、実質的には、ちゃん付けで呼ばれることは少ない……と思うよ」
「なるほど……では、今度からはありす『ちゃん』と呼びますね!」
「なんでそうなるの!? 別に、『君』でも、『さん』でもいいと思うな、僕!」
「面白くなーいです♪」
「すごく可愛く言っているけど、酷いよ!?」
にこにこ楽しそうに言う輝夜。
それに対し、ありすは顔を赤くさせながら抗議。
それを見ているクラスメートや、輝夜を見に来た他学年、他クラスの生徒たちが面白おかしそうに見ている。
まあ、中には二人のじゃれ合いを見て、鼻の下をだらしなく伸ばしている者もいるわけだが。
「では、ありすちゃんで」
「け、決定なの?」
「決定です❤」
「でも、あの……ちゃ、ちゃんは恥ずかしいよ……」
「決定です❤」
「う、うぅ……」
「ありすちゃん、言うことを訊かないと……」
不意に、輝夜の目が怪しく光ったと思ったら、ありすの顎に手を添えて、くいっと自分の顔を向かせた。
そして、上からのぞき込むような形で、
「――その可愛らしい桜色のお口を、私のお口で塞いでしまいますよ?」
「ふひぇ!?」
妖艶な雰囲気を放ちながら、ありすの耳元で囁く。
すると、ありすは一瞬で顔をぼんっ! と真っ赤にさせ、謎の声を漏らした。
そして同時に、ぞくり――と。
「は、はぅぅぅぅっ~~~……!」
「ふふっ、本当に可愛いですね、ありすちゃん。つい……襲ってしまいそうです」
「おそっ……?」
なおも続く、輝夜によるありすいじり。
いじり、というより、いじめに近いような気もしないでもないが……。
「はわわわわわわ……!」
「――なーんて。冗談ですよ、ありすちゃん。……あら? ありすちゃん?」
「ぷしゅぅ~~~~~……」
いつの間にか、ありすは目を回して、頭から湯気を出しながら気絶をしていた。
「あ、気絶してしまっていますね」
それを見て、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになりつつも、輝夜の内心はとても楽しそうだった。
(本当に、私好みの人です……。もしかすると、ありすちゃんはこういうことは嫌かもしれませんね。もしもそうなら、控えた方がいいのかもしれません)
なんて思った。
だが、ありすもありすでこう言ったことを嫌っているわけではない。
むしろ、無意識的であるが、今さっきの輝夜の行動、言動にはどこか嬉しそうな反応があった。
ぞくりとしたのは、おそらくそのためであろう。
つまり、S寄りな輝夜と、Mよりなありすの彼氏彼女の関係、というわけだ。
なんとも不思議な状況である。
ちなみに、今の光景を見ていた周囲の者たちは、
(((性別、逆じゃね?)))
とか思った。
まあ、明らかに輝夜の方がイケメン的な行動をしていたので、納得である。
中には、鼻血を噴き出す者もいたが。
「ん、んーぅ……はれぇ?」
「目を覚ましましたか? ありすちゃん」
「かぐや、しゃん……? えっと、ぼくたしか……」
寝ぼけた眼で、ありすは何があったのかを思い出す。
そして、自分の状況に気づく。
ありすは、頭部に感じる温かく、それでいて柔らかい、いい匂いの何か――輝夜の太ももを枕にして寝ていたことに気づいた。
みるみるうちに顔を赤くさせ、
「ご、ごごごご、ごめんなさいっ!」
「あ……」
慌てた起き上がったありすを見て、なんだか少し寂しそうな反応を見せる輝夜。
ちなみに、ありすが気絶している間、輝夜はありすの頭を撫でていたりする。
「ぼ、僕いつのまにか寝て、輝夜さんに迷惑を……」
「いえいえ、全然迷惑ではありませんでしたよ。むしろ、役得でした」
「役得?」
「はい。ありすちゃんの可愛らしい寝顔を堪能できましたので」
頬に手を当てて、微笑む輝夜の顔は……なんだかちょっと、つやつやしてるように見えた。
「で、でも、それでも、輝夜さんの膝枕で寝てしまったので、その……う、動けなかったと思うから……」
「……ありすちゃんって、本当に可愛いですよね?」
「ふぇ?」
「いえ、なんとなく。でも、気にしないでいいですよ」
優しく微笑んで、輝夜はありすの頭をぽんぽんと撫でる。
なんとも甘い光景である。
……立場的に、逆なのでは? という言葉はきっと、野暮だろう。多分。
だがまあ、
「~~っ」
ありすはまんざらでもない反応だが。
ありすもありすで、輝夜が大好きらのようである。
とまあ、そんなことが朝にありつつも、昼休み。
「おーっし、ありす、飯にしようぜー。って、ああ、今は武鳥さんの彼氏だもんな。俺はお邪魔かね?」
「だ、大丈夫だよ。変な気を回さないでも。大丈夫だよね、輝夜さん」
「はい。もとより、こちらが新参者ですから。それならば、古参の方に従うのが普通というものです」
「ははは! 武鳥さんて面白いな!」
「そうでしょうか?」
こてんと小首を傾げる。
そんな姿ですら可愛いのだから、美少女は卑怯だ、とか思っている人もいる。主に女子である。
まあ、別段やっかみを持っている人はほぼいないのだが。
「おーい、あーりすー! あたしが来たよー!」
と、ここで幼馴染登場。
いつものような調子で、ありすのクラスにやって来た。
「あ、姫乃お姉ちゃん」
「聞いたぞー、ありす。何でも、彼女さんができたんだって? どんな娘、どんな娘!?」
ずずい! と顔を近づけてくる。
「お、落ち着いて。えっと、そこにいる人が、その、ぼ、僕の恋人の、輝夜さんです」
「ほほう! 初めまして! あたしは、白雪姫乃! ありすの幼馴染で、姉貴分のような美少女さ!」
「姫乃さん、自分で言います? それ」
「む、虎太郎君はこのあたしが美少女ではないと?」
「いえ美少女ですどこからどうみても美少女ですなのでその拳を振りかぶるのをやめて!?」
「よろしい」
「ふふっ、面白方ですね。えーっと、改めまして。私は、武鳥輝夜と申します。先日から、ありすちゃんとお付き合いさせてもらっています。以後、お見知りおきを」
「ふーむふむ、ほー?」
姫乃は、輝夜の周り歩きながら、色々な角度で輝夜という存在を見る。
表情は真剣そのもので、その様はありすの彼女にふさわしいかどうかを見極めようとするように見え――
「輝夜ちゃんや。君は……ありすの女装姿をどう思う。性的な意味で」
――るだけで、その実単純に変態なことを言っていただけだった。。
「最高でした!」
そして、それに乗る輝夜も輝夜である。
「~~~っ!」
ありす、顔真っ赤。
羞恥に悶えている。
「ふっ……輝夜ちゃんとは、いい酒が交わせそうだね」
「そう言う姫乃さんこそ」
ガシッと固い握手をする二人。
この時、虎太郎は思った。
(これ、ありすにとって敵が増えただけじゃね)
と。
そんなありすは、
「……」
遠い目をしながら、儚い笑みを浮かべていた。
もう駄目である。
「やっぱり、ありすに似合うメイド服は、ミニスカ系だよ! あのしなやかな脚を見せるのならば、ミニスカ系が一番! それに、ありすは可愛い系。ならば、可愛らしさを際立たせるミニスカ系がいいはずさ!」
「いいえ、ありすちゃんならば、ミニスカートよりも、ロングスカート系の方が似合うはずです! 確かに、可愛らしいありすちゃんなら、似合います。というより、先日すでに見ていますから」
「なら――」
「だとしても、ありすちゃんはいかにも清楚系と言った容姿です。それならば、可愛い系よりも、ありすちゃんが持つ清楚な雰囲気を前面的に押し出す、ヴィクトリア系の方がいいです!」
「た、たしかに一理ある……。さすが、輝夜ちゃん。侮れない!」
昼食中。
どういうわけか、輝夜と姫乃の二人は、謎のメイド服談義をしていた。
何が面白いかと言えば、その談義する対象が、自分たちではなく、ありすであることだろう。
本人の前で堂々と談義する二人に対し、
「あ、あの、僕男なのに、なんで、メイド服なの?」
という疑問を口にしていた。
「「可愛いから(です)!」」
まあ、それに対してこう言うのだが。
二人は素晴らしい笑顔でそう言った。
こうなると、ありすは何も言えなくなる。
むしろ、儚い笑みが加速する。
「じゃあ、次はビクトリア系のメイド服を作ることにしようかね!」
「ふふっ、では、私は布を提供しましょう」
「お、いいのかい?」
「はい。私としても、可愛らしいありすちゃんが見たいので! それから、何かあれば、お手伝いしますよ!」
「マジか! さっすが輝夜ちゃんわかってるぜ! じゃあじゃあ、今度手に入れてほしいものがあるんだけど、大丈夫?」
「もちろんです。物にもよりますが、大抵はご用意できるかと」
「よっしゃ! 今まで経済的に難しかった衣装たちがとうとう作れる! こんなに嬉しいことはない!」
一体、どこに感極まっているのだろうか。
「……なあ、ありす。俺、思うんだけどよ、これってさ、お前が余計に苦労するだけなんじゃね?」
「……言わないで」
そんなことを言って、ありすは考えるのをやめた。
その裏では、
「では次は、可愛らしい着ぐるみのようなパジャマとか」
「お、いいね。じゃあ、その次は――」
「では、これをこうで――」
「ほうほう。素晴らしい――」
そんな、ありすの衣装についての談義が繰り広げられていた。
ある意味、一番出会ってしまってはいけない二人が邂逅してしまったのかもしれない。
ありすは、そう思った。
美少女にしか見えない男の娘が、恋結びの崖から転落して来た美少女の下敷きになった結果、結婚してください!と美少女が迫ってくるラブコメ……のようなもの 九十九一 @youmutokuzira
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