3落目 前途多難な新しい日常
翌朝。
メイド服で帰って来た息子を見て、ありすの両親は大層驚いた……なんてことはなく、普通に
「「おかえり」」
だけで済ませた。
実際、両親ともに、ありすが女装して帰って来たとしても、さして驚かない。というより、見飽きている、の方が正しいかもしれない。
昔から、ありすは女装させられていたので、両親からしたらあまり新鮮味はない。
現在通っている高校では、まだ通い始めたという理由で女装姿は見せてはいないが、現在の学年の五分の一くらいは、中学が同じだった生徒なので、割と知っている人も多い。
もっとも、見飽きている、ということはなく、ありすの女装姿は異常なくらいに可愛いので、大変人気がある。
ちなみに、ありすがこんな美少女にしか見えない姿で生まれたのには訳がある。
訳……というか、原因は母親の家系である。
母親は現在、結婚したことで名字を『伏木之』に改めているが、元は『男女』という名字だった。
男女家は、何と言うか……男児が生まれると、大抵は男の娘になる。
男で生まれたはずなのに、どういうわけか、少女のような容姿に育ってしまう。
まあ、家系がそう言う物なんだろう、と家系の者は納得しているが。
実際、『美天市』という場所には、男の娘だった高校二年生がいる。
まあ、それは別の物語なので、割愛。
そんなわけで、ありすはある意味、家系的なあれで男の娘に生まれた、というわけだ。
ある意味、すごい。
ともかく、昨日の騒動(?)から翌日の朝、いつも通りに起きて、いつも通りに朝食を作り、やっぱりいつも通りに学園へと登校。
「行ってきまーす」
「いってらっしゃい。今日もナンパに気をつけてねー」
「だからそれ、僕に言うことじゃないよ!?」
昨日の朝と全く同じやり取りをしてから、歩く。
「ありすー!」
「あ、姫乃お姉ちゃん。おはよ」
「うん、おはよー。昨日はびっくりだったよー。急に黒塗りの車に連れて行かれるんだもん、ありす」
「あはは……心配かけちゃったね。ごめんなさい……」
「ううん、いいよいいよ! まあ、心配なあまり、街中を走り回っちゃったけどね!」
「むしろ、姫乃お姉ちゃんの方が心配なんだけど……」
「はっはっは! 大丈夫さー。お姉ちゃん、強いんだぜー」
「そうだね。姫乃お姉ちゃん、強いもんね」
ありすが言う強いとは、精神的にも、そして、肉体的にも強い、という意味だ。
今のありすを見てわかる通り、ありすは弱い。それはもう、びっくりするくらい弱い。
どれくらい弱いかと言うと、握力が20ちょっとしかなかったり、重い物が持てなかったり、女子に腕相撲で勝負しても、大抵負けるくらいに、弱い。
そんなありすだから、昔、ちょっといじめられることもあったのだ。
……まあ、いじめっ子がいじめていた理由は、好きな子にちょっかいを出す、的なあれである。要は、ありすに好意を持っていたのだ。
で、そんなありすを見かねて、姫乃がありすを護るために、武術を習い始めたら……意外と才能があったらしく、そこそこ早く強くなり、それ以来、ありすを護っている、というわけだ。
ちなみに、姫乃自身は別段ありすに恋愛感情を持っているわけではない。
じゃあなぜ、昨日ちょっと泣きかけていたのかと言えば……まあ、冗談とはいえ、ばっさり却下されたからである。
本人は、女装姿のありすに興奮する、ただのド変態なだけだ。
恋愛感情は、多分、ない。
「でも結局、ありすはなんで連れてかれてたの?」
「あー、えーっと……ちょ、ちょっと色々あって……今は訊かないでもらえると、嬉しいかな」
頬をかきながら、苦笑いを浮かべそう言うありすに、一瞬怪訝そうな顔をしたものの、他ならない弟分の頼みだと思い、ふっと笑って頷いた。
「で~も。その内、教えてね?」
「うん、もちろん」
そう言うも、ありす的には、いつ言えるかなぁ、とちょっと遠い目をした。
それもそのはず。
昨日の出来事を簡単にまとめると、崖から落ちた美少女の下敷きになった→プロポーズされた→心理テクニックを用いられて恋人になった→父親に挨拶した→交際を認められ、次期組長としても認められた。
こうなる。
おおよそ、一日で体験するような状況ではない。
どこからどう見ても美少女にしか見えない男の娘が、次期組長である。まったくそんな風には見えない。
それを馬鹿正直に言ったところで、信用されるかどうかと言われれば……不可能だろう。
「ありす、今日もお昼、教室に行っていーい?」
「別にいいけど……いつもは突発的にくるのに、今日はなんで事前に聞くの?」
「んー、なんとなくかねー?」
「そっか。……今日は卵焼きが入ってるよ」
「ほんと? ラッキー! ありすの卵焼き大好きぃ!」
「調子いいね」
「いいのいいの。さ、行こ行こ」
「あ、うん」
仲良く並んで、幼馴染たちは学園へ向かう。
「おーっす、ありす!」
学園に到着し、昇降口で靴を履き替えていると、ちょうど虎太郎がやって来た。
「おはよ、虎太郎」
「おっす。聞いたぞ? お前、黒塗りの車に詰められて、誘拐されたんだってな?」
「……何で知ってるの?」
「いや、昨日姫乃さんからLINNが来てな。なんか、ボンテージ服持ってありすを追いかけてたら、黒塗りの車に詰め込まれているありすを見つけたとか何とか」
「……あの人って、羞恥心とかないの?」
「ないんじゃね? てか、俺は、年上の美少女がボンテージ服持って男を追いかける、って相当なパワーワードだと思うんだが、どう思うよ?」
「……そもそも、姫乃お姉ちゃんはパワーワードを量産してそうだから、今更じゃないかな?」
「それもそうか」
普通に納得してしまう。
実際、二人の言う通り、姫乃は何かと字面はパワーワードになりそうな行動をしていたりする。
一例。『ありす(男の娘)に、Tバックを穿かせて、すっけすけのネグリジェを着せようとした』がある。
色々とおかしい。
それから、迷言として、こんなことを虎太郎に言ったことがある。
『女装ありすじゃないと、イけない』
と。
ちなみに、虎太郎は若干納得しかけた。
もし、それをありすが聞いていたら、大激怒したことだろう。幸いにして、その場には姫乃と虎太郎しかいなかった。
「しっかしよ、お前誘拐された割に、普通に学園来てんのな」
「ま、まあ、正確に言えば、誘拐されたわけじゃないから」
「ん、そうなん?」
「そうなんです」
「なら、なんで黒塗りの車に?」
「……ちょ、ちょっと言い難いので、その内言う、ってことでいい……?」
なんとも言い難そうな表情で答えるありす。
「んまあ、誰でも言いたくないことくらいあるしな。いいぞ」
そんな、言い難い雰囲気を感じ取った虎太郎は、笑って了承した。
「ありがとう」
なんだかんだで、この二人は仲がいいのである。
昼休み。
いつものように、姫乃が教室に来て、ありすと姫乃、虎太郎の三人で昼食を食べている時のこと。
「ねえねえ、聞いて聞いて!」
「どうしたの? 姫乃お姉ちゃん」
「随分楽しそうな表情っすね。なんかありました?」
「実は、さっき職員室に用があって行ったんだけど、面白い話聞いちゃったのさ!」
「「面白い話?」」
二人は、姫乃の発言に、そろって首を傾げた。
「なんかね、明日転校生が来るみたいだぞー?」
「へぇ~、転校生ねぇ。それ、どんな奴かわかってるんすか?」
「ん~、あんまり聞こえなかったんだけど、女の子っぽいよ?」
「マジか。しっかし、こんな時期に転校生って、珍しいな」
「そうだね。普通なら、もうちょっと先……夏とかじゃないのかな? 新学期が始まって少ししか経ってないのにね」
「ねー。あたしもびっくりさー」
そう言う割には、まったくびっくりしているように見えないという不思議。
まあ、姫乃自身は割とほとんど同じ表情しかしていないので、仕方ないのだが。
「でも、転校生かー。やっぱこう、すっげえわくわくしね?」
「わかるなー、あたしは。ありすは?」
「僕? 僕は……うーん……」
姫乃に振られて、ありすは少し考える。
転校生というのは、滅多に訪れないイベントだ。
非日常的な物であり、定期的に行われるイベントごととはわけが違う。
そんな転校生イベント的なものがあると知ると、大抵の生徒は期待に胸を膨らませる。
「……ちょっとだけ、嫌な予感が」
なんて、なぜかはわからないが、本心で思ったことを二人に言った。
「ん? なんで嫌な予感なんだ?」
「自分でもよくわからないんだけど、なぜか……」
「ふーん? でも、ありすの感って、意外と当たるしねー」
「たしかに。俺の隠しごとをすぐに見破りやがったし……」
「あ、それあれでしょ? 虎太郎君のトップシークレットなエロ本の隠し場所を言い当てられただけでなく、やべー内容の本も言い当てられたって言う……」
「やめて!? それを言うのはやめてぇ!?」
姫乃がちょっと意地悪な笑みを浮かべながら、虎太郎のあれこれを言うと、虎太郎は頭を抱えて叫んだ。
「あ、あはは……」
「でもよー、ありすがあの内容を言い当てた時はマジでびっくりだったんだぜ? ありすってそんな知識あったのな、っていう……」
「ううん? なんとなく、その時思っただけであって、意味は知らないよ?」
「え。マジ?」
「うん、マジ」
「あ、はい……」
思いがけない親友の情報に、虎太郎は思わずそれしか言えなかった。
実際のところ、ありすのそっち方面の知識は、まあ、必要最低限くらいだ。
とはいえ、決してキスで子供ができる、とか、そんなレベルではなく、普通に知識はある方だ。
そして思った。
(俺、汚れてる……?)
まあ、虎太郎くらいの年代ならば、多少変な知識を持っていても不思議じゃないが。
「あたし、ふと思ったんだけど……虎太郎君って、彼女とか作らないの?」
「俺? いやー、彼女はなんて言うか……画面の向こうで完結しちゃってるんで」
「あぁ、そういえば虎太郎君はそうだったね」
「でも、虎太郎にも好みのタイプってあるんじゃないの?」
「そりゃもちろん」
「じゃあ、どんなタイプなんだい?」
「んー、ありすのように背が低くて、可愛い女子ぶげらぁっ!?」
瞬間、虎太郎の体が爆ぜた。
ドンッ! という音を立てながら、虎太郎は教室の壁に激突し、そのまま床に崩れ落ちた。
「ごふっ……あ、ありす、つ、つよ、すぎぃ……ガクッ」
「あっちゃー。ありすに背が低いは禁句だって言うのに、馬鹿だねー、虎太郎君は」
姫乃はぶっ倒れてる虎太郎に近づくと、つんつんと突っつく。
何が起こったのか。
それは簡単な話で、ありすがビンタを放っただけである。
ありすは実際、かなり非力なのだが、こと自分の背の話になると、異常な力を発揮し、その力で放たれるビンタは、格闘家ですら回避できずそのまま吹っ飛んでいく、というバカげた威力を発揮するのだ。
火事場の馬鹿力、みたいなものだ。
「まったくもう! 虎太郎の馬鹿っ!」
頬を膨らませて、ぷりぷり怒るありすなのだが……怖さよりも、可愛さが圧倒的なので、すごく和む。
実際、今の光景を見ていたクラスメートたちも、そんなありすの言動と行動を見てすごく、和んでいた。
もっとも、ビンタは和むどころじゃないが。
その後は、なんとか虎太郎を蘇生し、昼食再開。
他愛のない話をして、昼休みは終了となった。
午後の授業では、特に問題もなく過ぎていく。
しかし、ありすはちょっとだけ気になることがあった。
というのも、
(あれ? あの車……)
六時間目の授業中、何気なく窓の外を見ると、一台の車が入ってきていた。
黒い車だ。
なにか引っ掛かるような気がしたが、黒の車なんてよくあるよね、という風に思って、黒板の方に視線を戻した。
それから家に帰宅した後、いつも通りに夕飯の支度。
両親の仕事がなかなかに忙しいからこそ、ありすは家事をこなしているのだが、まあ、実際家事が好きなので、なんの苦痛も感じてはいないが。
軽く風呂場を掃除し、洗濯も済ませ、時間が六時になる頃には、夕飯の支度。
こんな感じのことを、ほぼほぼ毎日している。
母親が休みの時は、基本的に母親の方が家事をしているのだが、何分仕事をしている時の方が多いので、こうしてありすが家事をする場面の方が多い、というわけだ。
ちなみに、ありすの現在の服装だが、白のシャツ(なぜか丈が短く、へそ出しルック)に、ホットパンツに、可愛らしい兎の柄のエプロンである。
男なのに、この服装。
ちなみにこれ、ありすの母親と姫乃が結託して、タンスやクローゼットの中に仕込んでいるからだったり。
男であるにもかかわらず、服装に違和感がないというのは、なかなかにすごい。
ありす本人も、別段普通の服装とか思っているので、まあ……羞恥心とかがないのだろう。
ある意味、服装に関する感性が歪んでいるのかもしれない。
とまあ、こんな風に、一日を過ごして、ありすの一日は終了となる。
翌朝。
いつも通りに目が覚め、いつも通りに朝食を作り、両親を見送ってから、家の戸締りをしてから学園へ。
その際、姫乃も一緒である。
「転校生、今日来るけど、どこの学年なんだろうね?」
「うーん、意外と二年生とかじゃないかな?」
「あー、ラノベとかマンガじゃ定番だよね、二年生。でも、なんで主人公とかって、二年生が多いんだろう?」
「ちょうどいいからじゃないかな? 先輩と後輩がいるから」
「なる」
などという、本当に他愛のない話をしながら歩く二人。
傍から見ると、美少女と美少女のペアに見えるためか、周囲からの視線は熱い。
ありすは可愛い系の美少女(実際は男)で、姫乃の方は綺麗系の美少女。
そんな二人が仲良く歩いているならば、周囲からの視線が来ることは当たり前であると言えよう。
特に、ありすが目を引く。
男なのに。
この事実を姫乃が知ったとしても、
『ありすなら当然!』
とか言いながら、喜色満面になるに違いない。
だからまあ、朝の登校中に、
『あ、あの!』
「えっと、なんでしょうか?」
『こ、これ! 読んでくださいっ!』
「え?」
『そ、それじゃあ!』
みたいな感じに、いきなり同じ学園の男子生徒に、手紙を渡されることあっても、不思議ではないし、姫乃は別に嫉妬しない。
「おー、久々に見たなー、ありすが手紙をもらってるとこ」
「え、ひ、姫乃お姉ちゃん。これって……その……」
「間違いなく、ラヴレターだろうね!」
「だ、だよね……」
と、半ば諦め気味にそして、悲しそうに呟く。
ありすにとって、同性からラブレターをもらうというのは、男として見られていない、ということに他ならないため、結果的に自身の精神にダメージを負うことになる、というわけだ。
ありすが初めて告白されたのは、幼稚園の時で、その時も……男だった。
小学校に入っても、大抵は男に告白され、中学校でも男に告白される。
その事情を知る者からすれば、
『うわぁ……』
という、本当に可哀そうに、そんな声をだす。
それほど、ありすの境遇は可哀そうというわけだ。
「それで、ありす。なんて書いてあるの?」
「えっと……『一目見た時から好きでした! 付き合ってください!』って……」
「あー……うん、ドンマイというか……うん。ドンマイ」
「はぁ……」
死んだ目で、溜息を吐く。
ちなみに、返事については、渡した生徒の学年とクラスと席の場所が書いてあり、そこに放課後でもいつでもいいので、手紙を忍ばせおいてください、とのこと。
一応、下駄箱でもいいらしい。
「ありすも、彼女が欲しいもんね?」
「………………う、うん。そうだね」
「ちょっと待って? 今の間はなに?」
「い、いや、ちょ、ちょっと考え事してて、あの……は、反応が遅れただけ、です……」
あははは……と、乾いた笑いをするありすを見て、姫乃は微妙に怪しんだ視線を向ける。
しかし、ありすはと言えば、実際は彼女が欲しいどうこうという話ではなく、すでに彼女ができてしまっている状況。
というか、ほぼ許嫁に近いかもしれない。
なにせ、向こうの親……というより、組の全員が次期組長だと認めたり、自分で恋人になるとか、心から好きになる努力をする、みたいなことを言っちゃっている以上、確実に、アウトである。
果たして、その事実を知ったら姫乃と虎太郎はどう反応するのだろうか。
だが、幸い(?)なことに、輝夜は堂羽学園に通っていないので、姫乃が知ることはない。
そう、ありすはそう思っていた。
……この時までは。
「おはよ」
「おーっす、ありす」
教室へ行き、挨拶しながら入ると、大体のクラスメートが挨拶を返し、虎太郎はありすに近づく。
「なんだか、クラスのみんなざわついているけど、何か知ってる?」
ありすは、教室に入り気になったことを虎太郎に尋ねた。
事実、ありすが言うように、クラス内はややざわざわしていた。
浮足立っているようにも感じる。
「ああ、あれなー。いやさ、昨日姫乃さんが転校生が来る! とか言ってたろ? 実はあれ一年らしいぜ?」
「あ、そうなの?」
「しかも、すっげえ美少女ってんで、学内じゃ話題だぞ」
「あ、だからみんな浮足立ってるんだ」
虎太郎の説明に、ありすは納得した。
美少女の転校生が来るのなら、こうして浮足立つのも納得できる。
ありすはそういうことに対する興味は低いが、周りが浮足立つのもなんとなく理解できる。
もしも、自分にそう言う物に対する興味があった場合、多分周囲の人と同じように浮足立つんだろうな、とありすはなんとなく思う。
「それで、どこのクラスに入るかはわかってるの?」
「んや? そこまではわかってないみたいだぜ? だから、みんなドキドキしてんだろ」
「なるほど」
たしかに、どこのクラスになるかわかっていないのならば、一年の生徒たちはドキドキすることだろう。しかも、その転校生が美少女とわかっている以上、男子は特に。
まあ、転校生が来るなど、滅多にお目にかかれるような事態ではないので、どのみち男女問わず、ドキドキである。
「それで、虎太郎はどうなの?」
「俺? んー、俺は好みのタイプだったらドキッとするが、違かったら別に、って感じかね? ってか、俺は普通に転校生という存在に興味があるだけであって、美少女だとかはどうでもいいんだ」
「ふふっ、まあ、虎太郎はそうだよね」
「……お前の笑い方って、たまに女子っぽいよな」
「え、そ、そう?」
「ああ。普通。ふふっ、なんて笑い方しねーって」
「そう、かなぁ……」
「そうだよ」
割とマジなトーンで言われて、ありすは少し表情を暗くさせる。
まあ、男なので。
「でよ、ありすは美少女転校生について、何か思うことあるん?」
「う、うーん……特にないかなぁ」
あまり関りはなさそう、という考えなので、ありす的には割とどうでもいい。
ありすは、基本的に、平穏な生活、をモットーにしているので、変な騒ぎが起きなければ別にいいかな、と考えている。
「ま、ありすはそうだよなー。しっかし、どんな奴が来るのかねー」
「優しい人だといいね」
虎太郎の言葉に、微笑みながらそう返すありす。
なんとなーく嫌な予感がしているが、気のせいだと思って、虎太郎には言わなかった。
予感と言っても、どうせ外れるだろう、そんな風に高を括っていた。
何も無いはず、と。
そして、朝のSHR。
「おーし、お前らー。いいニュースと悪いニュースがあるが、聞きたい奴いるかー?」
と、気怠い雰囲気を醸し出している教師、金野椿が、ちょっとだけニヤッとした笑みを浮かべながら、クラスの生徒たちを見ながら言う。
それを聞いた生徒たちは、期待したような表情を浮かべ、全員(ありすを除く)うんうんと首を上下に振る。
「んじゃ、いいニュースから行こう。まあ、お前らも知っての通り、今日は転校生が来る。で、その転校生はうちのクラスだ」
『『『おおー!』』』
その事実をを聞いて、生徒たちは期待したような表情から、まるっきり期待している表情に変化。
『せんせー! どんな奴ですか!』
「あー、『星乃森女学園』っていう、まあいわゆるお嬢様学校かららしいなー」
『マジで!?』
『あの星乃森からとか……』
『ってか、なんでそんなお嬢様学校から、こんな辺鄙な学園に来るんだ?』
『謎だ』
金野が言った『星乃森女学園』というのは、まあ、二次元によくある、日本中の名だたる名家や、企業の令嬢などが通う学園で、何かと規模がすごい。
場所は、この街から遠く、東京にある。
だが、そんな遠方からの転校となると、なぜこんな普通の学園に? という考えになる。
しかし、相手がお嬢様で、尚且つ美少女と聞き、生徒たち――特に男子は大盛り上がり。
……と、ここまでなら、誰にでもチャンスが! みたいに思えて、男たちはどんなアプローチをするかを考えるのだが……金野はそれを木端微塵に破壊しに来た。
「じゃあ、悪いニュースな。その転校生。恋人がいるらしい」
『『『なんっ……だとっ……?』』』
その驚愕の事実に、男たちの脳内にあったまだ見ぬ美少女との、夢のような生活を妄想は、音を立てて砕け散った。
それにより、男たちは全員机に突っ伏してしまった。
ちなみに、女子の方は、ものすご~~~く! いい笑みを浮かべていた。
代弁するのならば、『獲物……恋バナの獲物!』と言ったところだろう。
高校一年生。ある意味、一番色恋に興味があるお年頃だ。
しかも、転校生で、恋人がいるという話を聞けば、聞きたくなるのが女子。
今まさに、キラキラとした目で、転校生が来るのを待っている。
そんな中、ありすは。
(…………うん?)
と、一人、苦い顔をしながら小首を傾げていた。
なんとなく。思い当たる節があるような……そう思っている。
「さて、そろそろ入ってきてもらうとしようかー。入っていいぞー」
「はい」
金野の声に対し、鈴が鳴るような綺麗な声が扉の向こう側から聞こえてきた。
ありす、冷や汗を流し始める。
がらりと扉が開き、一人の少女が入ってきて、教壇の真ん中あたりに来ると、黒板に名前を書いた。
「初めまして、『星乃森女学園』から転校してきました、武鳥輝夜と申します。皆様、よろしくお願いします」
両手を腰の前で重ね合わせ、綺麗な45度のお辞儀をした。
その姿を見て、思わずクラスの男子たちは、顔を赤くしてぼーっと見つめていた。
女子の方も、ほう、と言った溜息を出し、その綺麗な所作に思わず見惚れていた。
そんな中、ありすだけは違った。
冷や汗だらだら。まさに滝のよう。
微笑みを浮かながら、輝夜はクラスを見回し、ある一点で動きを止めた。
そして、にこっと万人を魅了しそうな素晴らしい笑顔を、ありすに向けると、ありすの心臓が跳ねた。
二重の意味で。
ドキッとしたのと、単純にまずい、と思ったことの二つである。
「時間もあるし、質問タイムと行こうかー。どうせ、一限は私の授業だしなー。大丈夫か、? 武鳥」
「はい、大丈夫ですよ」
「んじゃま、質問したい人ー」
と、いつもの気怠そうな調子で言うと、一斉に手が上がった。
「じゃー……江森」
『武鳥さんの好きなものは?』
「そうですね……可愛いもの、でしょうか」
『『『おー……』』』
「次。渡辺」
『こ、好みのタイプは?』
「150センチ前半くらいで、黒髪黒目のショートカットで、身体は華奢で、柔和な笑みを浮かべていて、それでいて優しい性格の方が、私は好みです。あと、アホ毛のような可愛らしい特徴があってもいいですね」
と、にこやかに言った。
その瞬間、クラス内の生徒たちは、頭の中にありすが思い浮かんだが、まさか、と頭を振ってその考えは消した。
「次は……目黒」
『武鳥さんのその髪と目って、なんでその色なんですか?』
「私はクオーターでして、祖母がロシア人だったのです。なので、生まれつき銀髪碧眼なのです」
と、説明した。
輝夜の母方の祖母が、ロシア人である。
ただ、すでに故人であり、会うことは叶わない。
輝夜が憶えている限りでは、かなり優しい人だったらしい。
ちなみにだが、母親は日本人の血の方が濃かったのか、髪色は黒で、瞳は碧だった。顔立ちは、ハーフだったが。
「じゃ次……館林」
『えーっと、恋人がいるって訊いたんですけど、それってこの学園にいるんですか?』
そんな質問が投げられた途端、ありすの冷や汗がさらに酷いことになった。
(こ、このままだと、平穏な生活が……! と、とりあえず、輝夜さんにアイコンタクトを……!)
そんな悪あがきを始めた。
こっそり輝夜にアイコンタクトを出す。
内容としては、彼氏彼女の関係は言わないでください、というものだ。
そんなありすのアイコンタクトを見て、輝夜は瞬時に見抜いた――かに見えた。
「はい、います」
ハッキリと断言したことで、クラス内はかなりざわつきだした。
相手はどんな人、だとか、カッコいいのか、とかなんとか。
『じゃ、じゃあ、誰、なんですか?』
と、核心を突く質問を館林がしたら、輝夜はさらに微笑み、
「ありす様です」
言った。
にっこりと、すごくいい笑顔で、ハッキリと言った。
ありすの名前が告げられた瞬間、クラスにいる者たちは一斉にありすを見た。
「というわけで……来ちゃいました、ありす様!」
「あ、あはは、あははははは……」
この状況に、ありすはただただ乾いた笑いを発するだけだった。
そして、
『『『うえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?』』』
クラスからは、驚愕の叫びが放たれ、思わず苦情が入るほどだった。
ありすの日常生活は、前途多難になりそうだ。
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