2落目 美少女の実家は、ちょっと怖いところ

(という感じだった……よね?)


 唐突に現れた美少女に、なぜかプロポーズされるありす。


「あ、あの~……ほ、本当に、男性、なんですか?」


 そんな、困惑しているありすに、男だという事実を聞いて固まっていた輝夜が、思わず尋ねる。


 内心は、多分、


『え? え? だ、男性? ものすごく可愛らしくて、どう見ても、女の子にしか見えないのに、男の人? あと、声も可愛らしいですし……それに、メイド服も……』


 みたいな感じであろう。


 ありすが初対面で男だと見破られたことは……実は、一度もない。


 女顔……というより、美少女顔で、やけに体は華奢。声も可愛らしい。あとは、背も低いし、名前も少女らしいとあって、男と見抜ける人は少ない……というかいない。


 その度に、ありすの心は傷つくわけで。


「お、男です……」


 目を伏せて、哀愁漂う笑みを浮かべ答えるありすに、輝夜は慌てる。


「あ、す、すすすすみませんっ! て、てっきり、その……お、女の子かとばかり……」

「い、いいんですよ……僕、間違われるのは慣れてますし……。あはははは……」


 乾いた笑みしか出てこない。

 そして、ふと思う。


(あれ? 僕を女の子だと勘違いしていて、その状態で告白してきたんだから……これ、僕は別に好かれてるわけじゃないよね? うん)

「……あの、それで、えっと……さっきの結婚の下りは、僕を女の子だと思ったから、言ったんでしょうか……?」


 試しに尋ねてみることに。


 ありす的には、かなりドキドキだ。


 十人中十人が認めるような美少女に告白されたのだ。


 いくら外見が美少女のようなありすでも、そんな少女に告白……というより、プロポーズされれば人並みにドキドキするというもの。


 だが、ありすが今までに告白して来た人たちというのは、ほぼほぼ男だ。


 つまり、同性。


 一応、ありすに対し告白してくる女性もいたにはいたが……まあ、何と言うか、変態しかいなかったのだ。つまり、まともな人はいない、というわけだ。


 しかし、輝夜はどうだ。


 唐突にプロポーズをして来たとはいえ、見たところそう言ったものはなさそうに見える。


 いや、そもそも変態しかいない、という事実の方がおかしいわけであって、輝夜のように、普通

(に見えるが、普通に考えて初対面の男の娘に告白しているが)の女の子にしか見えないので、ありす的にもちょっとドキドキしてしまう、というわけだ。


 そんなありすの問いに対し、輝夜は答えた。


「いいえ! 私は、ありす様だからこそいいのです! 正直、ありす様が男でも、女でも愛せます!」

「……そ、そうなんですか」


 ぽっとわずかに頬を染めるありす。

 こんな姿を見せるから、美少女と間違われるような気がする。


「そ、それに……ありす様は私の命の恩人と言いますか……それに、一目惚れをしてしまったと言いますか……」

「え……」


 またしてもありす、ドキッとした。


 顔を赤くしながらのはにかみ顔が、ありすのハートにずきゅんと来た。


 地味~に、輝夜はありすの好みだったりするのだが……まあ、ありすは無意識だろう。


「そ、それで、わ、私と結婚して欲しいな~、って思いまして……」

「え、あ、その……あぅぅ……」


 ありす、顔真っ赤!

 目もぐるぐる!

 わたわたと手を動かすも、何の意味があるのか不明!


「で、でででで、でも、僕……お、男らしくない……です……」

「構いませんっ!」

「え……」

「私は、ありす様に一目惚れしたのです! あの時、助けていただいたから、私は好きになったのです! 身を挺して救って頂いたからこそ! 私はありす様を慕っているのです!」


 ずいっと顔を近づけて、輝夜はありすに力説する。


 吐息がありすの顔に当たり、ちょっといい匂いがする……とかありすは思っていたりするし、輝夜の今の服装は、着物であるためか、微妙に胸の谷間が見えちゃっていて、目のやり場に困っている。


 そして、ふとありすは思った。


「あ、あの……た、助けたって、何のこと、ですか……?」


 先ほどから輝夜は、ありすに助けられた、とか、命の恩人、とか言っている。


 しかし、ありすにはそんな記憶は微塵もない。


 憶えているのは、姫乃からの逃走途中に、地元で有名な崖下を通過しようとした際に、上から何かが降ってきて、それの下敷きになったことのみ。


(……武鳥さんに会った記憶がない……。少なくとも、こんなに綺麗な人を忘れるわけないと思うし……どういうことだろう?)

「そう言えば、頭を打ち付けておりましたね。……実は、ですね。私は誘拐されるか、殺されるかの二択という、人生の瀬戸際に曝されていたんです」

(……え?)


 突然の、とんでもない暴露に、ありすは固まった。


 そりゃ、いきなり殺されるか誘拐されるかの二択しかなかった、何て言われたら、誰だって固まるし、そもそも、どういう状況? と頭が混乱する。


「なんと言いますか……私の家は、ちょっと特殊でして、その……こうそ――こほんっ。競争相手がいるんです。それは、仕事でもそうですし、シマでもそうです」

(島? もしかして、どこかの無人島を巡って競争してるのかな?)

「お互い、同じようなビジネスをしているせいか、こうそ――競争が絶えず、裏で色々と戦っていたのですが……つい最近、ついに向こうのくみ――会社が動き出して、私を誘拐、もしくは亡き者にしようと動き始めたのです」

(……あれ、なんだか不穏な気がしてきたんだけど……)


 ありすは、すごく不安になった。


 ところどころ、何かに言い直していたり、会社の競争の話なのに、なぜ誘拐とか亡き者とか、物騒なワードがなぜ出てくるのかと、ありすは思った。


 もしかして、普通に見えるだけで実際はそうでもなかったりする? と、不安になる。


「そして私は、危険から逃れるために、くみ――会社の者に逃がされ、一人逃げ回っていたのですが……命恋の崖に追い込まれ、足を滑らせて落ちてしまい、もうだめ……そう思った時でした。私が落ちた先に、ありす様がおり、ありす様は身を挺して私を助けてくださいました。そして、思ったのです。……なんて……なんて可愛らしいメイドさんなのでしょう! と」

(…………う、うん? え、ちょっと待って? もしかして、あの時降ってきた何かって……武鳥さん!? え、なんで崖から!? というより、崖に追い込まれるって何!? あと、さっきから、会社のことを、組とか言ってない? って、そ、そうじゃなくて! も、もしかして……僕が偶然通りかかって、偶然僕が下敷きになって、偶然助かったってこと!? ちょ、ちょっと待って!? それ……勘違いだよね!?)


 一周回って冷静になったありすは、


「あ、あの……!」

「でも、本当に嬉しかったです……。まさか、私を助けて下さるなんて……。しかも、私の好みにジャストミートでした!」

「え、こ、好み?」


 思わずありすが聞き返すと、輝夜は手を頬に当てて、うっとりとしたような表情を浮かべ言う。


「お恥ずかしながら、私は、その……か、可愛らしい人が好みでして……」

「か、可愛らしい……」

「はい……。150センチ前半くらいで、黒髪黒目のショートカットで、身体は華奢で、柔和な笑みを浮かべていて、それでいて優しい性格の方が、私は好みなんです。あと、アホ毛のような可愛らしい特徴があってもいいですね!」

「そ、そうなんですか……」


 ありすは思った。


(……なんだか、微妙に僕の特徴と合致しちゃってる気がする)


 と。


 実際、ありすは154センチで、黒髪黒目のショートカットで、身体は華奢で、柔和な笑みを浮かべて、そして心優しい。さらに、追い打ちをかけるように、アホ毛がある。


 心優しいという部分と柔和な笑みという部分の二つは、微妙ではあるが、他は当てはまっている(認めたくないが)。

「恋をするのなら、男性の方がいいのは当然です……。ですが、私の好みに合致するような方がいるとは思えず、それなら女性での方でもいいと妥協していたのですが……まさか、私の好みに合致する方がいるとは思わず……つい、一目惚れしてしまい……」


 一目惚れをつい、と言える輝夜。


 そもそも、つい一目惚れをする、という言葉よ。


 それを聞いたありすと言えば、何とも言えない気持ちになった。


 ここまで純粋に言ってくれるのは嬉しいのだが、好みが自身のコンプレックス同然の身体的特徴であり、さらに言えば、ありすは助けたわけでなく、ただ下敷きになっただけだ。


 助けたわけでもないのに、こうしてプロポーズされても、何とも言えなくなる。


 だが、言わないわけにはいかないと思ったありすは、事実を言うことを決心する。


「あ、あの……!」

「はい、何でしょうか? ありす様。もしや、結婚を……!?」

「い、いいいいえ、そういうわけではなく……一つ、訂正させてもらいたいことがあって……」

「訂正、ですか?」

「はい。……僕はあなたを助けたわけじゃなくて、幼馴染から逃げている最中に偶然通りかかっただけなんです。だから、助けたというより、偶然下敷きになっただけで……」

「――っ!」


 そう言うと、輝夜は口元を手で押さえて言葉にならない声を出した。


 それを見て、ありすは胸が痛くなる。


 しかし、ここで事実を言わなければなあなあの状態になるのは確実だと悟ったありすは、胸の痛みを押し殺して続けた。


「だ、だから、僕はあなたが言うように優しいわけじゃなくて、ただ……ただ偶然あなたを助けた結果になっただけ、なんです。自分の意思で助けたわけじゃなくて、通りかかった偶然で……すみませんっ!」


 と、勢いよく頭を下げた。


「……な」

「……?」

「なんて……なんて素晴らしい方なんでしょうか!」

「……ふぇ?」

「正直に全てを包み隠さず話す誠実さ……! ありす様!」

「ひゃい!?」


 身を乗り出し、ありすの両手を握る。

 輝夜は顔が真っ赤で、とても嬉しそうだ。


「もう一度言います。……私と、結婚してください!」

「え、い、いや、でも、僕は命の恩人とはいえ、自分の意思では助けていませんよ……? 偶然なんですよ……?」

「構いません! 私は、ありす様だからこうして申し上げているのです! ありす様じゃなければ、嫌です!」

「そ、そう言われましても……」


 さっきより悪化したのでは? とありすは思う。

 正直に話したはずなのに、どうしてさっきよりも迫られているんだろうと。


「ま、まだ高校一年生で、結婚なんて考えられません……」

「じゃあ、老後までは!?」

「それは結婚と同じでは!?」

「じゃあ、内縁の夫では!?」

「ほとんど結婚と同じですよね!?」

「じゃ、じゃあ……幼な夫では!?」

「それも同じですよね!?」

「え、えっとえっと……じゃ、じゃあ恋人!」

「それも……って! え、こ、恋人、ですか?」

「はいっ!」

「こ、恋人なら……まあ……」


 そして、ありすはまさかの了承をしてしまった。


「ほんとですか!?」

「はい」

「ありがとうございますっ!」


 と、ものすごく嬉しそうな表情を浮かべる輝夜。

 今にも踊りだしそうなほどに、嬉しさが滲み出ている。


「じゃあ、お父さんに言ってきます!」


 そう言い残して、ぱたぱたと足音を立てながら、輝夜は和室を出ていった。


 一人になって、ありすは急に冷静になる。


「……あれ? あれあれ? あれあれあれ!?」


 冷静になった途端、ありすはそんな声を上げる。


(な、なんでOKしちゃったの僕!?)


 そう思った。


 実を言うとありす、別段OKするつもりはなかったのだ。


 まだ人となりがわかっていない状態で、結婚などと言われても、ありすは答えられるわけがない。


 そもそも、ありすはまだ高校一年生で、生活だって自力でどうにかしているわけじゃなくて、両親に養ってもらっている状態だ。


 そんな時に、結婚してください! と言われても、難しい……というより、不可能に等しいと感じるだろう。


 だが、恋人になってほしい! と言われた時は、普通にOKしてしまっていた。


 なぜか。


 それはあれだろう、ドア・イン・ザ・フェイスと呼ばれる心理学の一つだ。


 主に不動産でよく使われるテクニックで、割と有名なものだ。


 名前は知らずとも、使い方だけは知ってる、と言った人が多いように思える。


 簡単に言えば、あらかじめ断られる事柄を提示しておいて、本命を断った後に出すことで、どちらを選ぶか、という思考に変わり、本命が受け入れられやすくなるというもの。無意識なのか、計算通りなのかはわからないが、今回はそれが働いてしまった形だろう。


 あと、単純にありすが少し抜けていたところもあるかもしれない。


「え、もしかして僕……こ、恋人ができた、って言うことになるのかな……?」


 その考えにいたり、ありすはすごく困惑した。


 同時に、嬉しいという気持ちも少なからず胸中に生まれた。


 ありすは、彼女いない歴=年齢であり、生まれてこの方彼女がいたことはない。


 一応、姫乃という幼馴染がいるにはいるが、恋愛対象というわけではなく、姉的な目でしか見ていないので、少し違う。


 だが、初対面とはいえ、いきなり美少女に告白されて喜ばない、なんてことはなく、人並み程度には、ありすも喜んでいるのだが……如何せん、状況が状況だ。


 まだ、恋愛感情があるわけでもないように思えるため、ありすはそこに対し、申し訳なく思ってしまっている。


 なのに、了承してしまった。


 ありすの胸中は複雑である。


「あぁぁぁぁ……も、申し訳なさすぎるよぉ~~……」


 頭を抱える。


 誰が、幼馴染の魔の手から逃れるために山の方へ逃げたら、美少女が落ちてくると予想できるのだろうか。


 ある意味、不運な出来事であろう。


 だが、これが単純に美少女な彼女が欲しい! とか思っているのならば、それはそれで問題なかったんだろうが、ありすはそうじゃない。


 彼女が欲しいかと訊かれれば、人並み程度に、と答えることだろう。


 しかし、そうではなかった。


 ありすは、どちらかと言えば、それなりの月日を経て、恋人関係になりたい、とか思うタイプだ。


 まあ、言ってしまえば、こんな風に唐突に告白されて、会って即恋人に! なんていう状況になりたいとは思っていなかった。


 できることなら、仲を深め合って、そうやってお互いを知った上で、恋人になりたい、みたいな願望。


 だがしかし。今回のこの状況はと言えば……かなりのレアケースだ。


 本来なら、ありすは全力で断るはずだったのだが……如何せん、ありすの好みに輝夜が嵌ってしまったのだ。無意識とはいえ、好みのタイプが目の前にいて、その好みのタイプの美少女に告白されれば、多少は付き合っても……なんて考えが無意識に発生していても不思議ではない。


 ……とはいえ、ここでいうありすの好みのタイプというのは、あくまでも、アニメやマンガのキャラクターであって、現実はそうでもない。


 まあ、二次元を絵に描いたような美少女だったことで、ありすも多少ドキッとしたのだろう。


 どうしよう、と悩んでいると、


「ありす様! お父さんがお呼びですので、行きましょう!」

「え! も、もう、ですか……?」

「はいっ! 何分、せっかちな父でして……。私に恋人ができました! と伝えましたら、すぐに呼べ、と」

「……」


 思わず、頬を引き攣らせるありす。


 明らかに口調が、恋人を呼ぶものではない。


 じっとりと、背中に汗をかく。


「さ、行きましょう!」

「わわっ! ちょ、ちょっと――!」


 手を引かれるまま、ありすは和室を出ていった。


 ……メイド服で。



 ところ変わって、大きな広間。


 何やら宴会でもできそうなほどに広い空間だが、中は重苦しい雰囲気が充満していた。


 原因は、奥の中央に座る、一人の男だった。


 顔は傷だらけで、総髪。眼光は鋭く、一睨みしただけで、熊すら倒せそうなほどに強い。

 さらに、着物を着ており、懐には何やら漆塗りの棒状の何かが見える。

 煙管を吹かしており、さらに威圧感が+。


 いかにもヤバそうな男のほかに、大広間には両サイドに大勢の強面な男たちが綺麗に整列して並び、誰かを待っているように思える。


「……くっ、やはり、一人で輝夜を逃がしたのは失敗だったかッ……!」


 不意に、総髪の男が忌々し気に呟く。


『し、しかし親父。お嬢を逃がすには、あれが最善でやした……その上、命の危機に瀕していたお嬢を救った男ですぜ?』

「わかっている! わかっているが……俺の可愛い可愛い愛娘に、悪い虫が付いたと思うと……うがあああああ! 無性に切りたくなるんじゃァァァッッ!」


 いきなり立ち上がると、親父と呼ばれた総髪の男は、懐から短刀を取り出して、振り回した。


『お、落ち着いてくだせぇ! そのままだと、奥方にまた叱られやす!』

「ハッ! す、すまない……取り乱した……」


 しかし、一人の強面の男に止められ、冷静になる。

 そして、コンコンと、広間の入り口がノックされる。


「誰じゃァ」

「お父さん、私です」

「おお! 輝夜か! 入れ!」


 明らかに怒りを滲ませていた総髪の男だったが、ノックしたのが愛娘であるとわかり、すぐに声音を柔らかくさせ、入るよう告げる。


「では、失礼します」


 そう言いながら、軽く一礼してから、輝夜が大広間に入ってきた。


「ありす様。入っても大丈夫ですよ」

「は、はいぃ……」

(さてさて、どんな男が入ってくるやら……だが、どこの馬の骨ともわからん男に! この俺が、輝夜をやるわけ――)

「し、失礼しますっ……!」

『『『――ッ!?』』』


 ありすが入ってきた瞬間、男たちに電撃が走った!


 そして、同時に思った。


(((……なぜ、メイド服?)))


 と。


 なんと言うか、明らかにありすの服装は浮きまくっている。


 というか、浮かないわけがない。


 少なくとも、ありすが今いる輝夜の家は、明らかに日本家屋。しかも、かなり広い。


 庭には枯山水やら、鹿威ししおどしやら、池やら、松の木やら、何と言うか、THE・屋敷、と言わんばかりの様相を呈していた。


 しかも、この大広間にいる男たちは、明らかに和服だ。


 なんか、龍のようなあれとか、虎のようなあれとかが見えるが……。


 和室に和服を着た男たち。


 その中で、メイド服を着たありすは、酷く……浮いていた。


「……」


 総髪の男、思わずポカーン。


 そんな男に向かって、輝夜は綺麗な姿勢で歩いて行き、その後ろを、少しびくびくしながらありすが歩く。


 そして、男の前に行くなり、正座した。


 ありすもそれに倣い、輝夜の横に正座した。


「お父さん、この人が私の恋人になった……」

「ふ、伏木之ありす、です。よ、よよ、よろしきゅおねがいしまひゅっ! か、噛んじゃったぁ……!」

『『『ごふっ……!』』』


 ありすが噛んだ姿を見て、男たちは思わず胸を押さえてうずくまった。


 総髪の男の方はと言えば……厳つい表情だった。


 いや、よく見れば、震えているように見える。


「……君が、愛娘の恋人か?」


 体だけでなく、声もぷるっぷるだ。


「え、えっと、その……は、はい」

「……そうかそうか。どこの馬の骨ともわからん男には渡さん! と思っていたが……よし! 女同士の交際なら一向に構わん! 許す! というか、君可愛いし!」


 と、なんか頭のおかしいことを言い始めた。


 同時に、ありすがその発言を聞いた瞬間……瞳から光が失われた。


 そして、ありすは言った。


「……僕、男です」

『『『――ッ!?』』』


 その瞬間、周囲に戦慄が走った。


 概ね、あまりにも可愛らしい美少女が、実は男であるという事実に、驚愕しているのだろう。


 まあ、実際その通りなのだが……。


「え、お、男? 本当か?」

「……はい。生まれてこの方、ずっと男です……」


 その、悲し気な声音を発するありすを見て、総髪の男は……


「……すまんッ!」


 思わず、頭を下げて全力で謝罪していた。



 それから、なんとかありすの再起を待ち、ようやく回復したところで話が再開。


「それで、お父さん。交際は……」

「む? うーむ……正直、男なら嫌だ! とか、普通に思ったんじゃがのォ……どうにも、この坊主? が、男に見えん」

「ぐふっ……」


 ありすに400のダメージ。


「だがまあ……許可しよう」

「本当ですか!?」

「ああ。なぜかはわからんが、交際を認めてもいいと思っている。……まあ、そこに関しては、そっちの……ありす君、いいのかね?」

「ひ、ひゃい!」

「そう硬くならんでもいい。なんてーか……見ての通り、うちは世間一般で言うところ、ヤクザだ」

「……や、やっぱり、そうなんですね」

「やっぱりそうなんだ。で、だ。ありす君が俺の可愛い愛娘を救ってくれそうじゃないか?」

「あ、お父さん、そのことなんだけど……」

「ん? なんじゃ、輝夜」

「実は――」


 とりあえず、ありすの事情を説明。


 自分は助けられた、というより、偶然助かってしまっただけだと告げる。


「――ほほう? それを、自分で打ち明けたのか? ありす君は?」

「は、はい」

「…………ハハハハハハハハ! そうかそうか! まさか、本当のことを馬鹿正直に言うとは……面白い。君はどうやら、かなりの善人らしいのォ」

「い、いえ、善人、というわけでは……」

「だが! 自分で正直に話すってーのは、人として大事なことだ。これでもし、嘘を吐いて交際しようもんなら……沈めてたところだ」

「ひっ……!」

「お父さん! ありす様が怖がっているではないですか!」

「いや、すまんすまん。何分、お前が恋人を作った、何て言ってたもんだから、つい、な」

「まったくもう……」


 そんなやり取りを見て、ありすは思った。

 あれ? 意外と普通の親子……? と。


「そんで、話を戻すとしてや……。さっきも言ったが、うちはヤクザや。表向きは会社を営んでいるが、まあ……堅気じゃあねェ。それでも、うちの愛娘と付き合えるか?」


 低い声で、覚悟を問う男。


 それを受けたありすは、一瞬顔を伏せる。


 そして、顔を上げて言った。


「え、えっと……僕は、まだ武鳥さんをよく知りません」


 じっと、黙って聞く男たち。

 横にいる輝夜も、真剣な表情で耳を傾ける。


「でも、何て言うか……僕はあまり、その人の身分とか、家のこととかはあまり気にしません。一番なのは、その人自身ですから」

「……して、答えは?」

「……ぼ、僕としましては、もう少し時間をかけて仲を深めたい、と思っているのですが……先ほど、恋人から、みたいに言ってしまいました。僕としても、武鳥さんは好みです。おそらく、性格も優しいんだと思っています」

「……」

「でも、僕にはまだ、恋愛感情と言えるようなものが、あるかわかりません」

「……つまり?」

「え、えっと……一度恋人になると言った以上、僕は武鳥さん……輝夜さんと一緒に過ごしたいと思います。なんとなくですけど、輝夜さんならきっと、心の底から好きになれるかなって、思ってるんです」

「……ということは、恋人になるのは了承、ということでいいのかね?」

「そう……なりますね」


 まだあやふやながらも、ありすは自分の考えを伝えた。


 この部屋に入った直後は、びくびくしていたのだが、いざ覚悟を問われると途端に真剣になり、臆せずに伝えた。


 それを見て、今まで険しい表情を浮かべていた男は、ふっと笑みを浮かべる。


「そうかそうか! ということは、愛娘をもらってくれるということだな!」

「ええ!? も、ももも、もらうって……あ、あの、け、結婚、ですよね……?」

「それ以外なにがある? いいかい、ありす君。俺が輝夜の交際相手に求めるのは、顔でも、金でも、権力でもない。その人物の中身だ。あとは、うちの家事情を知って尚、付き合えると、臆せずに言える人間だろうな」


 実際、この男は、何が何でも幸せになってもらいたいと思っているのだ。

 まあ、世の中にいる子供を持つ親たちは大体そう考えるのだろうが。


「その点、ありす君は合格だ! 輝夜、よかったのォ」

「は、はいっ! お父さん! あの、あ、ありす様」

「な、なんでしょうか」

「不束者ですが、末永く、よろしくお願い致します」

「え、あ、こ、こちらこそ……!」


 ありすがそう言った瞬間、輝夜はパァッ! と大輪の花が咲くような笑顔を浮かべて、ありすに抱き着いた。


「ありす様!」

「うわわっ!」


 どさっと、後ろ向きに倒れる。


 そして、ありすは思った。


(……あ、あれ!? 結局僕、結婚を受けちゃってない!?)


 と。


 さすがに、それは考えられなかったから、恋人で……みたいに言ったにもかかわらず、流れで結婚まで約束する形になってしまった。


 まあ、恋人の方も、心理テクニックを用いたものだったのだが……。


「よーし! お前たち! 次代の長がこの伏木之ありすに決まった! 異論がある者はいるか!!」


 そして、いきなり男が立ち上がると、高らかに宣言した。


(長!?)

『『『異論ありません!』』』

「なら構わない! 今日より、伏木之ありす君は、我が組の次期組長に決まった! お前たち、しっかり敬えよ! 出なきゃ……沈めるか、納めてもらうからなァ!?」

『『『うおおおおおおおおおおおおおお!』』』

(え……えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?)


 とんでもない状況に、ありすは思わず、心の中で驚愕の声を上げた。


「いやはや、ありす君のような男ならば、きっと我が組は安泰だろうなァ」

「え、あ、あの……く、組長、とは……?」

「聞いての通り、この武鳥組の長に、ということだ。安心しな。敵はもう、ほぼ潰したんでなァ」

「て、敵……?」

「今日、ありすを襲った男たちがいたんだがな? そいつらは、牛若組と言って、俺達の組の抗争相手だったんじゃァ。あわや、誘拐か殺される、なんてタイミングで、君が偶然通りかかってのォ。時間ができ、何の憂いもなく、潰すことができた、ってーわけだ」

「そ、そうなん、ですね……」


 自分とは遠い世界の出来事。

 これが夢ではないのか? と疑うも、明らかにそうじゃない雰囲気をひしひしと感じる。


「え、えっと、あの……こ、この組って、その……ど、どういったことを……?」

「どういった、ってーのは、仕事か?」

「は、はい」

「そうだな……。おい、輝夜。教えてやってくれ」

「はい。えーっとですね、ありす様。私の家……武鳥組はですね――」


 と、輝夜はありすに語り始めた。


 まず前提として、武鳥組は主に『童市』に本拠を置く所謂ヤクザの組織。


 しかし、基本的には善良なタイプであり、街の住人たちからは何かと信頼されている、というのが実態だ。


 例えば、老人が重い荷物を持って歩いていれば、代わりに荷物を持ち、家に送り届けたり、ちょっとしたトラブルが起こったら、それに介入し仲裁をする。


 他にも色々としているのだが、概ね人助けに近い。


 そして、この街の市長とも実は繋がりがあり、自警団のような仕事も裏でやっているとのこと。


 表向きは、ごく普通の警備会社を経営しており、なんでも芸能人の警護から、総理大臣などの護衛まで、幅広く仕事をしているとのこと。


 会社はかなり有名だそうだ。


 そんな武鳥組には、抗争相手として牛若組が存在している。


 その組は、基本的にあくどい商売をしたり、恐喝を平気で行ったり、地上げなどをしたりするなど、かなりの問題行動が目立つ組みだ。


 そして今日、その組とついに直接的な抗争が勃発し、輝夜は組の人たちに逃がされ、一人逃げているところを……と言った感じに、あの状況に繋がるのだ。


 ここで、ありすが偶然通りがかったことにより、向こうに隙が生まれ、結果、牛若組は武鳥組に倒された、というわけだ。


「――ということです」

「な、なるほど……つまり、義賊みたいなもの、なんですか?」

「まァ、そうなるかね。安心しな。うちは、堅気に手ェだすような奴はいない。むしろ、俺達が活動できるのも、この街の住人がいるから、ってのもあるんでなァ」

「そうなんですね」


 その話を聞いて、ありすはすごくほっとした。


 これでもし、怖い人たちだったらどうしようか、と。


 そこでふと、ありすは思い出した。


(あ、この人の名前聞いてない……)


 と。


 話に夢中で、すっかり忘れていたが、目の前の総髪の男の名前を、ありすはまだ聞いていなかった。


「あ、あの。お名前を教えてもらえませんか?」

「ん? ああ! そういや、まだ名乗ってなかったなァ。俺は、武鳥おきなだ。俺のことは……なんでもいい。もちろん、お義父さんでもいいぞ?」

「あ、あはは……ま、まだ気が早いですよ。とりあえず、翁さん、と呼ばせてもらいます」

「そうか。お義父さんと呼ばれる日が楽しみだ」


 ハハハハ! と翁は笑う。

 怖い外見だが、意外と豪快な人、という印象をありすは抱いた。


「さて、時間ももう遅いな。ありす君、よければ自宅に送っていくが……」

「いいんですか?」

「もちろんだ。輝夜の恋人を危険な目に遭わせるなど、死んでもできん。それに、ありす君は外見こそは少女然としているから、危ない目に遭いそうでな」

「……おっしゃる通りです」

「ふふっ、ありす様、可愛いですものね」

「う、嬉しいような、嬉しくないような……」


 男として、可愛いという褒め言葉は、褒め言葉にはならないだろう。


 可愛いものが好きで、女装趣味な人だったら喜ぶのだろうが、ありすはそうじゃない。


 なんで、こんな姿なんだろう? といつも思う。


「さて、そろそろ送っていくとしよう」

「あ、はい。お願いします」



 それから、組の人に家まで送ってもらったありすは、帰ってきた時にぎょっとした。


 ありすの家の前で、なぜか某兄貴のように、止まるんじゃねぇぞ、とか言っていそうな感じで倒れているぼろぼろな姫乃がいたからだ。


 どうやら、いきなり黒塗りの車に乗せられたありすを心配して、探し回っていたようである。


「……なんか、ごめんなさい」


 倒れている姫乃に、思わず謝るありすだった。


 ちなみに、手にはボンテージ服が未だに握られていたが、ありすは、見なかったことにした。

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