美少女にしか見えない男の娘が、恋結びの崖から転落して来た美少女の下敷きになった結果、結婚してください!と美少女が迫ってくるラブコメ……のようなもの

九十九一

1落目 美少女が降ってきて、男の娘とごっつんこ

「わ、私と……け、結婚してください!」


 などと言うことを言われながら、ある日突然、見知らぬ美少女に迫られたら、世の男たちは、どう答えるのだろうか。


 一例を挙げるとするならば、これを言われた側の美少女の場合、


「……ふぇ?」


 呆けた声をだす。

 そして、パニックに陥った脳が捻りだした言葉は、


「……あの、えっと、ドッキリ?」


 である。


 人生において、見知らぬ美少女に告白されるようなことがあれば、大抵はドッキリだと疑うことだろう。


 現に、美少女はドッキリなのでは? と思い、そのまま口にした。


 しかし、プロポーズしてきた美少女は、


「違います! 私はあなたに命を助けられ、命を奪われなかった代わりに、心を奪われました! 私……貴女に恋をしてしまいました! 女の子でも構いません! だから……私と結婚してください!」


 と、思ったことすべてを、美少女に告げた。


 そして、美少女は言った。


「――あのぉ、僕、男、なんですけど……」


 と。


「………………………………………………ええぇぇぇぇぇ!?」


 そのとんでもない事実を聞いて、美少女は一瞬の間の後、驚愕の声を上げた。


 そして、美少女――少年はなぜ、このような状況になったのかを振り返った。



 それは、何でもない、どこにでもある、五月半ばの朝のこと。


 ゴールデンウイークも明けて、休みボケが出る学生たちも多い時期。


 学校へ向かって登校する少年少女たちは、気怠そうに、もしくは面倒くさそうな表情を浮かべながら、学校へ向かう。


 そして、その少年は、日本のとある街――海と山に囲まれた、豊かな自然が特徴の『わらべ市』に住んでいた。


「行ってきまーす!」

「ナンパに気をつけてねー」

「それ、男の僕に言うことじゃないからね!?」


 なんていうやり取りをする少年の名前は、伏木之ふしぎのありす。


 名前は明らかに少女のようだが、れっきとした男だ。


 ただ、さらさらふわふわな肩口ほどの黒髪ショートカットに、華奢な体躯、ぱっちりとした大きな瞳に、ぷっくりとした柔らかそうな唇。ぱっと見、女の子と見間違うほどの可愛らしい顔をしていたとしても……男だ。


 ついでに、身長も154センチとかなり小柄。


 肌だって、真っ白ですべすべ。さらに言うなら、手足もしなやか。


 あと、ありすの口から発される声は、かなり可愛らしく、男だと思えないほどだ。というか、喉仏が全く見えず、平らである。


 さらに、頭頂部からはアホ毛が生えている。


 どこからどう見ても、どこからどう聞いても美少女なのだが……彼は彼女ではないのだ。


 二次元で言うところの、男の娘、という存在だ。


 初対面の人物には必ずと言っていいほど、女の子であると間違われる。


 これがもし、悠二、とか、隼人、のような名前だったら、男だと思われたのだろうが、何をとち狂ったのか、両親は『ありす』と名前を付けてしまったのだ。


 原因はおそらく、名字。


 伏木之、という名字であるためか、ありすの両親は『不思議の国のアリス』を連想してしまったのだろう。


 男であると、生まれた直後にわかっていたはずなのに、なぜか『ありす』に。


 本人もかなりコンプレックスに思っており、男らしくなりたいと、常日頃から思っている。


 さて、そんなどこからどう見ても美少女にしか見えない少年は、母親の先ほどの注意に対し、男だ! と言ったのだが、事実、ありすはかなりの頻度でナンパされる。


 それがこちら。


『へい、そこの彼女。俺達と一緒にいいことしようぜぇ?』

「あ、あの、僕、これから学校があるんですけど……」

『おっほ! 僕っ子か! いいじゃんいいじゃん! どうせ、学校に行ったところで、将来役に立たないことをやるだけなんだしさ? だから、サボって俺らと遊ぼうぜ!』

「は、離してくださいっ! あと、僕は男ですっ!」


 と、ありすが言うと、


『マジ!? いや、それはそれでイケるな……』

「ひっ……!」


 男たちのセリフと視線によって、小さな悲鳴を上げるありす。


 周囲は見て見ぬふり……というわけではなく、これはよくある光景で、このあと何が起こるかわかっているため、誰も何もしないのだ。


 そして、この次に起こることが何かというと……


「こらー! あんたたち! なにやってんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

『ぶげらぁ!?』


 突如現れた少女による飛び膝蹴りだ。


 突然の出来事に、反応すらできなかった一人の男は、鳩尾に膝が入り、すっ飛んでいった。


「おい、そこのお前。な~にあたしの可愛い弟分に手を出してくれてんのさ? ほら……怖がっちゃってるじゃないのぉぉぉぉぉぉっ!」

『どぶれはっ!?』


 少女は見事なハイキックを、すっ飛んでない方の男の顔面に入れた。

 そして、やっぱりすっ飛ぶ。


「まったく……ありすが可愛いのはわかるけど、こういうのはあたしを通してからじゃないと、許さん! 今度怖がらせるようなことをしたら……」

『『し、したら……?』』

「……あんたらの玉、潰すから」

『『ひ、ひぃぃ! ご、ごめんなさーーーーーい!』』


 にっこりいい笑顔で少女が言うと、顔面蒼白になって男たちは逃げ去っていった。


 ふんっ、と鼻を鳴らしてから、少女はさっきとは打って変わって、ややだらしない笑顔を浮かべながら、ありすに向き直る。


「というわけで、おっはよう! ありす!」

「お、おはよう、姫乃お姉ちゃん」


 この、ありすを助けた少女は、白雪姫乃しらゆきひめの


 こげ茶色のセミロングの髪に黒目の日本人で、顔立ちは綺麗系。美人であり、性格もサバサバしているので、実は学園では密かに人気がある人物。


 そして、ありすの隣の家に住む少女で、二人は幼馴染同士である。


 ありすがお姉ちゃんと付けて呼んでいることから、姫乃はありすよりも年上だ。


 ありすは高校一年生で、姫乃は高校二年生である。


 二人の両親はそろって仲が良く、二人もありすが生まれたばかりの時からの付き合いであるため、ほぼ姉弟のような関係だ。


 ありすは姫乃のことを信頼していて、姫乃もありすが大好きだ。


 だが、一つだけ問題があった……主にありすにとって。


「……と、い・う・わ・け・で……ありすに見返りを要求しちゃおっかなー」


 さっきのややだらしない笑顔から、またもや打って変わって、姫乃は悪~い笑みを浮かべながら、ありすに言う。


 それを見たありすは、嫌な予感がして、頬を引きつらせる。


「……こ、今度はなに……?」

「実はね、新作を作ったから、それを着てみてほしいの!」


 姫乃は、将来服飾デザイナーになりたい、という夢から、度々洋服を作ってはありすに試着させていたりする。


「ち、ちなみに、どういうの?」

「んー、一度も造ったことがないから、模倣なんだけどー……シンプルな白のワンピースさ!」

「……わ、ワンピース、ですか」

「そ、ワンピース」


 しかし、姫乃が作るのは男性向けの洋服というわけではなく、女性向けの洋服だった。


 しかも、小学生~高校生向けのものばかり。


 いくら美少女のような外見をしているとはいえ、ありすはれっきとした男だ。

 女装にも抵抗はあるし、できればしたくない、と思うのが普通。


「い、嫌だよ……何度も言ってるけど、僕は男なんだぞ? 似合わないし、着たくないよ……」


 なので、断るのだが……


「ふ~ん? そう言っちゃうんだぁ? じゃあ、さっきの人たちを呼び戻して、あなたを攫わせよっかな?」

「……姫乃お姉ちゃん、いつも脅す……」

「脅すわけじゃないさー。あたしは対価を要求しているだけなのさ」

「た、対価って……僕は別に助けてって言ったわけじゃ……」

「ほ~、そう言っちゃう? なら、次からは助けなくても――」

「ごめんなさい! で、できれば、助けてほしい、です……」


 潤んだ瞳で、尚且つ上目遣い気味に言うと、姫乃はきゅんとした。


 どこからどう見ても美少女にしか見えない男の娘の、潤んだ瞳+上目遣い。効かないわけがない。

 男だろうが女だろうが効力があるのだ。


「ほ~らね! 少なくとも、ありすに彼女ができたら、私が助けることもほぼなくなるけどね~」

「ぼ、僕には彼女なんてできっこないよ」

「そう? ありすなら、意外とすぐできるかもしれないけど?」

「うーん……だって僕、男らしくないし、背も低いし……」

「いやいや、むしろ、男らしいありすとか、嫌すぎ。やっぱり、可愛いからこそ、ありすはいいわけであって、これで男臭かったりしたら、ね?」

「で、でも、僕だって男だよ? きっと、そういう臭いだって……」

「それがないんだなー。ありすはいっつも、甘い匂いがするよ? なんと言うか、女の子の匂いう言うか」

「……そ、そうなんだ……」


 ありすは、男らしくなりたいと、ずっーっと思っているためか、男っぽいと感じることに対して、憧れのような感情を抱いていた。


 例えば、すね毛が生えたりだとか、腕毛が生えたりだとか、低い声だとか、ごつごつした手だとか。


 そんな些細なことに対して、憧れを抱く。


 しかし、現実はそうではなく、つるつるすべすべな手足に、女の子のような可愛らしい声、ごつごつしていない、しなやかで柔らかそうな手。


 明らかに、理想とは程遠い……というか、いっそ性別すら違うのでは? と思えて来るほどに、違った。


「ともかく、早く学園へ行こう」

「あ、うん。そうだね……はぁ……」


 朝から複雑な思いになるありすだった。



 学園に到着し、昇降口で靴を履き替えるべく、自身の下駄箱を開けると、


「……あ、手紙」


 二通ほど手紙が入っていた。


(もしかしなくても、あれ、だよね……)


 ありすはすでに、この現象を知っていた。


 そう、ラブレターである。


 本来なら、喜ぶべきことのはずなのだが……


「……ど、同性から……」


 ありすの場合、それは異世界からのラブレターではなく、同性からのラブレターなのだ。


 ありすの名誉のために言うが、彼は決して、同性愛者ではない。


 恋愛するのなら、異性がいいとちゃんと思っている。


「おっすありす!」


 ラブレターをどうしようかと悩んでいると、ありすに声をかけてくる人物が現れた。


「虎太郎。おはよ」

「どったどった? ……って、またもやラブレター的な?」

「うん……ラブレターだよ。同性からの」

「あっちゃー。入学してから一ヶ月ちょい。一応、ありすが男だと知っている奴は増えたけど、まだまだ、美少女だと勘違いする奴は多いんだなー」

「……僕って、そんなに男に見えない?」

「見えねぇ」

「…………そっか」


 見えないと即答されて、目に見えて落ち込むありす。


「元気出せって。ほれ、この期間限定、水着パーフェルちゃんを見て元気を出せって、な?」

「……僕、虎太郎みたいに、そういうので元気出るほど単純じゃないよ」

「それ、俺が単純な、単細胞野郎って言ってる?」

「そこまで言ってないけど……単純でちょっとお馬鹿かな、というのはあながち間違いじゃないよ」

「ひっでぇ……お前、それが、中一ん時から仲良くしてる大親友に対する言動かよ?」

「その大親友に、中学一年生の時に告白して、フラれたのはどこのどなた?」

「ぎゃあああああああああああああ! そ、それを言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! お、お前! 俺の黒歴史を堂々と言うとか、マジで鬼畜だなぁ!?」


 ありすの言ったことに対し、虎太郎はまるで断末魔のような叫びを上げた。


 さて、ここで騒ぎを起こしている馬鹿――もとい、色黒な男は、辰野虎太郎たつのこたろうという。


 色黒のイケメンとも呼べるほどには容姿は整っており、性格もよく、何かと人気がある人物。


 運動神経が高く、体育祭などではまるでヒーローのような感じで、気さくな性格も相まって、女子人気も高い。


 だが……ありすは知っている。彼が、ただの廃課金兵であることを。

 推しの為なら、危険なアルバイトすらもやろうとするほどに、ヤヴァイ人物だ。


 ありす的にも、そこはかとなく心配しているが……本人が幸せそうなのでいっか、と流している。


 そして、先ほどありすが突き付けた事実というのは……悲しい事件だった。


 まあ、そのあたりは追々、ということで。


「く、くそう……ありすって、可愛い顔して、時たま容赦ないこと言ってくるよな……俺の豆腐メンタルがボロボロになりすぎて、豆腐ハンバーグが作れそうだぜ……」

「何言ってるの。虎太郎のメンタルが豆腐なわけないよ。虎太郎は、オリハルコン並みの強度だと思うよ、僕」

「硬すぎじゃね!? 俺、そこまでメンタル強かないよ!?」

「そうかな? でも、フラれた後に、じゃ、じゃあ友達からっ……! とか言えるほどには強いと思うけど」

「やめろぉぉぉぉぉ! これ以上、俺の古傷を開かんでおくれよぉぉぉぉぉ!」

「あははっ、やっぱり、虎太郎は面白いね」

「……こ、このドS男の娘めっ……!」


 恨めしそうな声音で、ありすにぶつける。


 しかし、ありすに効果はない。


 にこにこ顔だ。


「とりあえず、詰まっちゃうから、教室行こ?」

「……そうだなー」


 他の生徒が来てつまらないようにと、ありすたちは自分たちの教室へ移動した。



 さて、一応ありすが通う学園について説明しておこう。


 とはいえ、そこまで説明することはない。


 ありすたちが通う学園は『堂羽どうばね学園』と言って、『童市』にあるごく普通の私立の高校だ。


 どこにでもある、普通の学園で、特色を上げるとすれば、少しだけイベントごとに力を入れていたり、童市の特色を活かしたら、自然学習などがあることだろう。


 一学年五クラスで、一クラス四十名ほどの規模。


 生徒総数は六百人ほどだ。


 学園敷地内は、街に合わせてか自然豊かで、色とりどりの花が植えられた花壇がある、中庭や、昼寝などをするのに最適とも言えるような芝生エリアなどがある。


 偏差値そこそこ、部活動の成績もそこそこなど、本当に普通な学園。


 日本のどこかには、何やら叡――なんとか学園とか言う、イベントが多すぎる学園があるとのこと。

 つい最近、初等部と中等部が新設されたことでも有名。


 あとは、日本中で有名な超が付くほどの、とある美少女もいるとのことだが……まあ、それは別の物語、ということで。


 一応、その学園とは、学園長同士がちょっとした繋がりがあったりもする。


 ちなみに、実質姉妹校みたいなところがあるため、年に一度、その学園と交流があったり。割と近場だったりもする。


 あとは、ありす本人と、家系的な繋がりのある人物もそちらにいるのだが……その事実を、ありすは知らない。


 さて、このままでは色々と脱線してしまうので話を戻す。


 とはいえ、これ以上説明することはなかったりするが……一つあるとすれば、この学園の学食だろう。


 なぜかはわからないが、『堂羽学園』は学食に力を入れまくっており、本格的な料理が楽しめるのだ。


 しかも、無駄にレストランのシェフを雇ったりするレベルで。

 意外と、頭がおかしいのかもしれない。


 とまあ、学園はこんなところだ。


 意外と、説明することが少ないのである。



 時間と場所が変わって、昼休みの一年一組。


 ありすと虎太郎の両名は同じクラスで、一年一組に在籍。


 腐れ縁なのか、中学一年生の時からずっとクラスは同じである。


「おーっし、ありす、飯にしよーぜー」

「うん、いいよ」

「んじゃま、机借りますよ、っと」


 購買であらかじめ購入しておいたパンなどが入った袋を持ちつつ、虎太郎はありすの隣の席の生徒の机を拝借。


 そして、机をくっつけるのと同時に、


「やっほー! ありす! 来ちゃったぞー!」


 姫乃もクラスにやって来た。


「姫乃お姉ちゃん、クラスに友達がいるんじゃないの?」

「もっちろんさー! あたしはボッチじゃねぇでし。友達はいっぱいいるさ」

「じゃあ、なんでいつもこのクラスに来るの?」

「そりゃ、可愛い弟分とご飯を食べるためだが?」

「か、可愛いって……男である僕が言われても、全然嬉しくないよ……」


 むしろ、可愛いと呼ばれて喜ぶ男はいるのか? という疑問が、虎太郎の中にあった。

 しかし、口には出さない。


「ってか、姫乃さんって、あれじゃないっすか? 大方、ありすの弁当のおかずが欲しい! って理由なのでは?」

「お、虎太郎君正解! ありすのご飯、すっごい美味しくてさー。あたし、大好きなんだなー、これが」

「ま、まったくもう……交換だからね?」

「やったぞ!」


 そう、ありすは料理が上手なのだ。


 ありすは家事万能だった。


 小さい時から、母親の手伝いをしていたら、次第に家事に興味を持ち始め、自主的にやるようになり、気が付いたら、家の家事をありすがほぼ引き受けている状態になっていた。


 別に、両親がやれ、と命令したわけではない。


 ただ、ありすがやりたかったからだ。


 とはいえ、ありすの両親は何かと忙しい時が多いので、結果的に助かっていたりするのだが……。


 その結果、まさかの母親を超えてしまっていたりする。


 あとは、趣味がお菓子作りで、たまにお菓子を作って持ってきていたりする。

 中でも、ケーキ系統は大好評。


「じゃあ、食べよ食べよ」

「「「いただきます」」」


 この学園に入ってからは、この三人で基本的に昼食を摂る。


 傍から見れば、男一人に、女二人、と思われるような状況なのだが、実際は男二人に女一人という状況。


 不思議すぎる。


「「……」」


 弁当箱の蓋を開けた瞬間、虎太郎と姫乃の視線がありすに送られた。


「な、なに?」

「いや、なんてーかさ……」

「ありすって、女子力高いなー、と思って」

「ふ、普通だと思うけど?」

「いや、その弁当で普通はないわー」

「虎太郎君に同意。ないわー」


 二人のその反応に、ありすは苦笑い。


 さて、そんなありすの弁当の中身について。


 弁当箱は、女の子向けの小さめのもの。


 中に敷き詰められているのは白米に梅干し。


 おかずは、ミニハンバーグに、タコさんウインナー。ミニトマトが二つに、ちょっとしたサラダ。あとは、星型に切ったニンジンを甘めに茹でたものと、ブロッコリーだ。


 どこからどう見ても、可愛らしいお弁当だ。


「ありす、ハンバーグもらっていーい?」

「うん、いいよ。その代わり、そっちからはカツをもらうね」

「どぞどぞー」

「ありがとう」

「それじゃあ、いただきますっと」


 ぱくりと、姫乃が一口。

 その瞬間、頬が緩み、幸せそうな表情を浮かべた。


「はぁ~、やっぱり、ありすの料理最高……。ねえ、ありす。お嫁に来ない?」

「僕男! お嫁さんじゃなくて、お婿さんだから!」

「じゃあ、お婿さんならOK?」

「お、OKじゃないよ! だ、第一僕、姫乃お姉ちゃんのことは、お姉ちゃんとしか思ってないもん」

「んー、それもそっかー。ま、いいよ。冗談だし」

「……あれ、姫乃さん。ちょっと目端になみ――」

「あ、いっけなーい☆ 箸が滑っちゃったー☆」


 ぶすっ!


「ぎゃあああああああああああああ! 目が! お、俺のめがああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああっ!」


 極悪な速度で飛んでいった箸は、見事に虎太郎の目を直撃!


 一時的に視力を奪う!


 目をやられた虎太郎は、床をごろごろと悶絶しながら転がる。


 ちなみに、ここまでいつもの光景である。


 これが、実質毎日行われているような物。

 いずれ、虎太郎の視力は0になりそうである。


「あ、あはははは……姫乃お姉ちゃん、ほどほどにね?」

「と、止めねぇありすも、なかなかだ、ぜ……ガクッ」

 パタリ、と虎太郎は倒れた。

「さ、食べましょ」

「あ、うん」


 虎太郎は無視である。

 すぐに復帰することを知っているから。



 今日は、教師側の方の影響で、授業は五時間目までしかなく、終了後即時帰宅か部活動。


 ありすはいつも通りに帰宅しようとして……


「あ、ありす~!」


 姫乃に止められた。


 若干冷や汗をかきつつ逃げようとしたら、ガシッ! と、肩を掴まれて逃げる事は叶わなかった。


「ひ、姫乃お姉ちゃん……」

「さあ、試着の時間さー! 行っくぞー!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」


 そんな悲鳴が、校内に木霊した。



 そして。


「待ってぇぇぇぇぇぇ! こっちも、こっちも着てぇぇぇぇぇぇぇ!」

「い、嫌だよぉ! 僕、そんな服は着たくないからぁぁぁぁぁ!」


 ありすは今、全速力で市内を走っていた。


 現在、ありすはメイド服を着ている。


 ミニスカート寄りのメイド服で、先ほどから、走るたびにひらひらと裾がめくれたりしているが、そんなことを考えず、ありすは走る。


 道中、道行く一般たちが、全速力で走るありすを見て、ぎょっとする。


 誰が、白昼堂々と、メイド服で走る人がいると思うのだ。


 ありえないだろう。


 そして、なぜありすが逃げているかと言えば、


「大丈夫――! ちょぉぉぉぉっと! ボンテージな服を着るだけだからぁぁぁぁぁ!」

「それは、男が切るような服装じゃないよぉぉぉぉぉぉ!」


 というわけだ。


 姫乃は、なぜかありすにボンテージを着せようとしていた。


 理由は単純。


『ギャップ萌えが見たい! めっちゃ可愛い男の娘がボンテージ衣装に身を包んだ、大変エロスな光景が見たい!』


 というだけのことである。


 お分かりの通り、姫乃は……ド変態である。

 特に、女装したありすが好きで好きで仕方がないド変態だ。


 どうしようもない。


 さすがのありすも、こればかりは逃げる。


 百歩譲って、メイド服はよかったとしても、ボンテージだけは、男として大事な物を失う気がして着れないのだ。


 そもそも、女性ですらあまり着ることはないと思うが。


「絶対! 着ないからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 そんな叫びを上げながら、ありすは山側へ逃げた。


 そしてこれが、後々大問題になる。



「はぁっ……はぁっ……」


 ところ変わって、童市にある山中。


 そこでは、とある一人の少女が逃げていた。


 背後からは、いかにも怖い人たちですよー、と言わんばかりの強面おじさんたちが数人ほどで追いかけてきていた。


 何度か後ろを確認しながら、少女は逃げる。


 そして……


「――っ!」


 崖に追い込まれてしまった。


 背後を振り返り、睨み返す。


(こ、こんな人たち、私が元気でしたら、お灸を据えましたのに……!)

『へへへへ……どうしたぁ? 鬼ごっこはもう終わりかぁ?』

『まあ、俺達相手によく逃げたもんだと褒めてやるぜ。ま、これでもう終わりなんだがな』

『選べよ。俺達と一緒に来るか、死ぬか。さあ!』

「くっ……」


 少女は悔しさに顔を歪ませる。


 一緒に行けばきっと碌なことにならない。


 かと言って、ここで死ぬのは嫌だ。


 少女には夢があるからだ。


 それは、大好きな人と一緒にささやかな家庭を築くという、ごく普通だが、これ以上ない夢の為に。


 しかし、それがもう叶わないのだと思うと、途端に怖くなる。


 自分はここで死んでしまうのか、と。


(な、何か打開策はないんですか……?)


 と、周囲を確認しながら少しずつあとずさる。


 それと同時に、強面ガイズたちがじりじりと距離を縮める。


 そして、それは起きた。


 ガラッ……


「え……?」


 突然、足場が崩れ、少女は背面から落下してしまったのだ。


「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 少女は悲鳴を上げる。


 途中、崖から生えていた木がクッションになって、それなりに落下速度は落ちだが、それでも背面から落っこちれば死んでしまう。


(お父さん、ごめんなさい……私はもう、ダメみたいです)


 走馬燈が頭の中に浮かび上がり、少女は目を閉じ、死を待った。


 そして。


「……ま、まだ追いかけてきてるよぉ! どうにか……って、え? ちょっ、まっ……」


 ゴンッッ!


 という、鈍い音を発しながら、少女はまさかの生還に成功した。


 その事実に、少女は驚く。


 なぜ、自分が生きているのか。なぜ、自分が死んでいないのか。そして、どうやって生き残ったのか、と。


 そして、ふと気づく。


 自分が何かにのしかかっていることに。


「……あ! ひ、人!? す、すみません! だ、大丈夫ですか!?」


 少女は慌てて、下敷きにしていた人から離れると、声をかける。


「た、大変……! も、もしもし! 私です! 至急、命恋の崖に来てください!」


 そして、少女はどこかに連絡しだした。



「うっ……うーん……こ、ここは……」


 ありすが目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。

 体を起こすと、ずきりと頭と体のあちこちが痛んだ。


「あ、あれ? ここはどこ……? 僕、なんでこんなに……」


 そして、ふと思い出す。


「あ! 姫乃お姉ちゃんは!? あぅっ、い、いたたた……」


 慌てて起き上がろうとして、あまりの激痛に、ありすはへなへなと布団に倒れ込んでしまう。


 気が付くと、頭には包帯が巻かれていた。


「た、たしか僕は……姫乃お姉ちゃんから逃げていて、それで……上から何かが降ってきて、それの下敷きになって……」


 ありすはうんうんと悩みつつも、思い出していく。


「……じゃあ、ここは病院……っていうわけじゃない、よね? どう見ても、和室だし……」


 見れば、部屋は広めの和室。


 高そうな掛け軸に、壺まである。


 ありすは困惑した。なんで、こんなところに? と。


 さらにうんうんと悩んでいると、


 コンコン


 と、不意に障子がノックされた。


「あ、え、えっと、どうぞ……?」


 なんて言っていいのかはわからなかったので、疑問形になりつつもどうぞと、ありすが答えると、スーッと障子が開き、そこから美少女が現れた。


 腰元まで届いた青みがかった銀髪に、くりっとした大きな蒼い瞳。スッと通った鼻筋に、桜色の可愛らしい唇。肌は白磁のようにきめ細かく、すべすべ。プロポーションはよく、胸は服の上からわかるほど大きい。


 かと言って、太っているわけではなく、腰はきゅっと引き締まっている。


 十人中十人が美少女と答えるほどの美貌を持った少女。


 そんな美少女が、障子の向こうから現れた。


「お目覚めになられたのですね!」


 そして、ありすが起きていることを確認すると、パァッ! と花咲くような笑顔を浮かべて、ありすの元へ駆け寄った。


「あ、あの、えっと……あなたは?」

「すみません! 私は、武鳥輝夜たけとりかぐやと申します。以後お見知りおきを」

「え、えっと、伏木之ありす、です。よろしくお願いします」


 混乱しつつも、自己紹介に自己紹介でちゃんと返す。


 にこっと笑顔を向けられると、ありすは少し顔を赤くした。


(こんなに綺麗な人がいるんだ……でも、日本人なのに、どうして銀髪碧眼なのかな?)


 そんな事を思ったが、口には出さない。


 もしかすると、踏み込んじゃいけないかも、と思ったためである。


「あ、あの、えっと……あ、ありす、様」

(様?)


 謎の様付けに、ありすは一瞬小首を傾げるも、輝夜と名乗った少女は、ぷるぷると震え、顔を真っ赤にしながら、意を決したように叫んだ。


「わ、私と……け、結婚してください!」


 と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る