星降る野原

宇津喜 十一

殺生の野原

 星降る野原であなたを想う。

 人の影はなく、月の影だけがあります。

 絶え間なく流れ落ちる光の粒が瞳に映り込んで、私は一度だけ見たことのある、水晶で出来た宝玉を思い出しました。

 此処はとても静かで美しくて、まるで世界から切り離されたかのよう。昔話で、神様が人間から取り上げてしまった楽園は、きっとこのような景色だったのでしょう。

 それとも、此処は人のために神様が残してくれた場所なのでしょうか。或いは、神様も見過ごす程に此処は変哲のない場所なのでしょうか。

 それなら、楽園はどれ程美しいのでしょう。

 あなたは見たことがおありですか。

 見てみたいような、恐ろしいような。もし、私が其処に踏み入ったなら、誰かの怒りを買ってしまう気がするのです。

 神様は美しい物ばかり集めます。

 美しい人ばかり奪っていきます。

 それは人と同じであるのに、人がどれ程にそれを愛し、執着していようと、無情に取り去ってしまう。

 だから、私は奪われる前に手に入れようと思ったのです。

 ねえ、あなた。美しいあなた。

 今、あなたは何処にいらっしゃるの。何処を見ていらっしゃるの。

 その瞳は星空を映すのに、私を見てくれませんね。

 その胸は熱も鼓動もなく、私を蔑ろにしてますね。

 その手は握り締められて、私の手を繋ぎませんね。

 その血は地を満たすのに、私を通り過ぎますね。

 あなた。名も知らぬあなた。

 楽園の話をしてください。神の創りたもうた至上の世界の様を聞かせてください。

 祈りを重ねても届かない。罪を重ねても届かない。

 見てみたいような、恐ろしいような。

 だから、あなたが語って教えてください。私が辿り着けない世界も、あなたなら届く筈ですから。美しいあなた。

 乾いていく眼球に雫を垂らしましょう。噴き出す飛沫は縫い合わせ止めましょう。ほら、元通りのあなた。

 愛の魔法は全ての呪いを解き、命を落とした姫君も息を吹き返すと本にありました。

 だから、私はあなたを愛します。どうか応えてください。氷の胸に熱を灯し、その薄い唇で私に誓いを立ててください。

 あなたは私の物。神様には渡しません。戻って来てくださらないのなら、私は取り返しに向かいます。

 あなたの口に息を吹き込んで、冷えた体を抱き締めて、愛の言葉を囁いて。一晩中繰り返しましょう。何処かの誰かが満足して諦めるまで。足りないのなら、次の日も、その次の日もいつまでも此処にいましょう。

 そうしたなら、きっとあなたは戻って来て、私に楽園が如何なるものか説いてくれるでしょう。

 いつだったか、鏡に映らない私に、誰かがこう言いました。

「世界に置き去りにされたのね。でも、大丈夫よ。其処に居るのなら、お嬢さんは消えたりしないわ! お嬢さんと世界を繋ぐ物は直に此処にやって来るもの。」

 だから、私は此処にいて、待っています。私が消えないために。私の望む世界を知るために。喜びを、幸福を、諦めきれない美しい感情達を得るために。

 美しいあなた。名も知らぬあなた。可哀想なあなた。

 あなたが、私と世界を繋いでくれます。あなたを殺める時、私は漸く世界に干渉出来るのですよ。何故なら、死とは誰にでも訪れる避けられない平等な終焉。ならば、死そのものになれば、私は必ずこの世界にいられて、こうして流れ星を鑑賞することも出来るのです。

 あなたの死は私です。あなたを手に入れたのは私です。美しいあなた。

 楽園の話をしてくださらないのなら、せめて、楽しい踊りでも見せてくれませんか。全てを忘れられる様な。

 もし、私が不要で邪魔だと仰るのなら、せめて、徹底的に破壊し尽くしてはくださいませんか。全てを失う様な。

 美しいあなた。名も知らぬあなた。可哀想なあなた。遠くて近いあなた。

 あなたが神様でいられなくなった時でも、私はあなたを愛します。





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