人間植物
夏伐
人間植物
大地に根差した草木。青々と葉が茂るその幹に視線を伸ばすと、ぼくの視線の高さには一人の少女が樹木化した姿で木にめり込むようにして眠っていた。
もう千年も前の話らしい。
ぼくの先祖に語り継がれた話では、数多ある戦争の末に人類は地球を焦土とかしてしまうほどの荒れ地に変えてしまった。
汚染物質が地表を覆い、海を汚した。
そして一部の運の良い人間は宇宙へ逃げ出した。戦争によって著しく発達した文明は宇宙基地を作るほどに進化していたのだ。
そして、取り残された地球人類はある意味での進化をせざるを得なかった。
地球ではさらに、地下に逃げ込んだ生き残った人類と地表で死んでいく人類に分かれた。
地下に逃げた人々は、様々な研究を繰り返した。
状況を打開する方法が無ければ食料と物資不足で人類は滅んでしまう。
そのような緊急事態下で、崩壊以前では許されなかった人体実験が行われていった。
地下組織の一部では、この目の前にいる少女のような人々の樹木化を行った所があるらしい。
彼女は志願したのか、させられたのかは知らないが、こうして静かに何百年も眠り地球に根を下ろした。
ぼくとは正反対だ。
地球上を旅をして、海は美しく魚が珊瑚の周囲を泳ぎまわり、鳥たちは美しくさえずっている。海に流されて、魚に食べられたこともある。
記憶にある旧人類を見ることは今のところなかった。
未だ地下で暮らしている人もいるのかもしれない。
動物と融合し、ジャングルで小さな文明を築いている人々はいた。だが、その人たちは人間の面影を持ち、かなり器用な四足動物のようであった。建物や文書が作られているわけではない、文明を維持するために、世代世代で語り継ぐより他手段を持たない種族。
おかげでぼくらは旧人類文明のような愚行を行うことはできなかった。
これから進化すれば違うだろうか。
ぼくは少女に話しかける。
いつもこうしている。
ぼくが世界を旅して、綺麗だ、美しいと思ったものを彼女に話して聞かせるのだ。
彼女はいつも風に揺られて葉を揺らすばかり。樹木化したその表情は変化することはない。彼女が意思を保てているのかどうか知らない。
彼女に出会ったのは、まだ彼女が若木だった頃。
それからぼくはずっと彼女の側にいる。
彼女が人間だというのは、その姿を見て知った。
ぼくや、ぼくのような人とは違う。ぼくらは仲間が近くに来た時にきちんと識別できるように信号を発するように出来ている。
彼女はぼくと似たような人生だけれど、ぼくとは違う研究施設出身らしいので、その信号が無かった。それでもその姿は美しかった。
一目ぼれだった。
それにぼくはそれまで彼女以外の女の子を見た事がなかった。
ぼくは時々仲間の女性と鉢合わせることはあったが、やはり彼女以外に心ときめくような人間に会ったことはなかった。
信号を通じて会話をする。
「今回はどこまで飛ばされるのかな?」
「全ては風任せさ。それにもう俺たちは世界中にいる。別の俺に会ったらまたよろしくな」
「ぼくの方こそよろしく」
一瞬近くをすれ違うたびに挨拶する。
ああ、彼女ともこうして会話が出来たら楽しいだろうな。
風がぼくらの間を通り抜ける。
ぼくのような人は、幼児の時は風にのって世界中を巡り周る。行き先は風まかせの運まかせ。地面に根を下ろし、光合成を繰り返す。
そして種を残して一度、死んでしまう。
一年ごとに繰り返されるその間がぼくは嫌いだった。彼女を見ることも感じることもできないのだ。
ぼくは旧人類文明的には植物に分類されるだろう。
意識は『ぼく』という集合体だ。個ではなく世界中にいるたくさんのぼくたち。
冬の間に何とか彼女の側に行けるように努力する。体を傾けることしか出来ない。それでもぼくはわずかな望みをかけて彼女に追いすがる。
少しでも近く、少しでも彼女を見つめることができる場所へ行くために。
何度か、どのぼくも彼女の近くに辿り着けなかったことがある。
そういう時は一年の過ぎるのがとても長く感じる。時の流れは種でいる時のようにゆっくりと過ぎる。
彼女といる時はあっと言う間だ。
ある日、一人のぼくがおかしなものを見た。
砂漠の近くの平原で、遠くに煙を見たらしい。地響きとともに火球が落ちてきたという。今では火なんてものを使う人なんていないのに、と思っていると立ち上る土煙の方から轟音が。
また別のぼくが鉄の箱に乗って走る集団を見た。風化せずピカピカと輝く鉄はほんとうに久々だ。それにあれは確かクルマだったと思う。本当にどれだけぶりに見ただろうか。
彼らは砂漠を横断し、森の中へ。そして獣人間の集落へ立ち入った。
その様子を眺めて、何かを書き記す。その内容はそのぼくが小さかったために見ることはできなかった。
ぼくらは嫌な予感がした。
その集団は、防護服は着ていたもののその姿は旧人類にそっくりだった。
ぼくたちはその集団を監視することにした。
彼らは世界中至るところに現れた。いくつものグループに分かれて来ているらしい。彼らは時々ぼくらを踏みつける。
「やめろ!」
一生懸命信号を発すると、彼らはキョロキョロと周囲を見渡す。そして調べても何もいないと知ると、首を傾げてどこかに報告する。
そんなやり取りももう何度もしただろうか。
たまたま僕の近くに咲いていた仲間がぼくに声をかけてきた。
「なぁ、最近なにかおかしくないか?」
「そうだね。変な人たちが至る所に現れてる」
「俺なんか、この間あのクルマで轢かれたんだよ」
「ぼくも踏まれたんだ。やめろって言ったら、キョロキョロ辺りを見渡して、あいつら鈍いったらないよ」
「俺も悲鳴を上げちまったら、あいつら俺の上で止まりやがるの。本当になんなんだろうな」
また別の彼の近くに生えていた仲間もそうらしい。ぼくたちは知り合いから知り合いへと集団の情報を交換しはじめた。
さわさわと風に揺らされる。
例の集団はついに彼女の所まで来てしまった。
そして集団は驚いた素振りを見せ、彼女を取り囲んだ。
「やめろ! 彼女に何をするつもりだ!」
ぼくは怒鳴った。
連中、彼女の樹皮を削ったり葉をむしったり好き放題しはじめていたからだ。
また連中は辺りを見渡す。ぼくの信号は届いているのだろうか。
「こっちだ! こっち」
ぼくは連中と話が出来ないかと呼んでみた。
変な機械を持って、ぼくに近づいてきた。そしてそのままぼくを踏む。
「いたい!」
叫ぶと彼は足をどかして不思議そうにぼくを見た。
「そうだよ、ぼくだよ!」
目が合い、教えてやる。
「なんてこったただの草が意思を持っている!?」
「謎の信号は草木が発していたものだったんですね!」
「人類が滅びた後、地球は植物生物が進化したのか」
的外れなことを言う人間だ。
「ぼくは人間だ。君たちも人間だろう、旧人類と同じ姿をしているけれど」
「君が人間だって? ただの雑草じゃないか」
「生物進化学的にそんなことは不可能だ」
「お前たちがみた獣人間たちは獣と融合して生き残った人間たちの子孫だ。そこの彼女もぼくも植物と融合した人間だ」
「獣人間? 別のグループの話ですかね」
防護服、空から落ちてきた人々。彼らは宇宙から地球に出戻って来た人間だ。だから何も知らない、無知なのだ。
「戦争で進化した科学技術でぼくらはこうして生き残ったんだ。施設は風化してしまったけれど、この近くに一つある、案内しようか?」
ぼくがそう言うと、防護服たちは相談を始めた。少しの間何やら相談していた彼らは、ぼくを地面から掘り出して土と根が収まるよう袋に入れた。一人がぼくをおそるおそる抱えた。
「これで案内してもらえるかな」
「いいよ、このまま真っすぐ進んでくれ」
「わかった」
彼らを案内しながら、道中見かける仲間に挨拶をする。
「それ例のあいつらだろ、宇宙人。お前捕まったのか?」
「違う違う、この先の施設跡に案内してるんだ」
「もうボロボロで何も残ってないだろう」
「こいつらがぼくを人間じゃないっていうんだよ。人間から派生したものであることには変わらないのにね」
「ははは、そんなに疑い深いなんて旧人類みたいじゃないか!」
ぼくらの会話を機械を通して見た、防護服の一人が周囲を見渡す。
近くにいることは分かるが、誰がどれだか分からないんだろう。不便な奴だな。
「ほら、そこの洞窟みたいになっている所がそうだよ」
ぼくはぽっこりとした丘に空いている穴を指さした。といっても、彼らには分からないだろう。きっと、葉が風に揺れたと思っているはずだ。
「きみも来てもらおう」
防護服が言う。ぼくは「いいよ」と応えた。
研究施設の中は風化して読めなくなった書類が床や机に張り付いていた。パソコンだって動かないし、データも消えているだろう。
白衣を着た白骨死体を見て、防護服たちが息を飲むのが分かった。
「汚染物質に覆われた地球で、誰がそれを掃除したと思う?」
ぼくが聞くと、防護服たちは「地球の自浄作用だ」と応えた。
「それもあるけど、植生人間が汚染物質を分解していったんだよ。その後、獣人間が地表に出てきたんだ」
「その話に根拠は?」
「ぼくが一番最初に目を覚ました時、博士たちがそう言っていたよ。証拠はないね。でも植物と人間を掛け合わせて意思を持つ植物を作り出したってさ。ぼくらが汚染物質を減らした後、人間の文明を作るって言っていたよ」
「つまり君のベースは植物じゃないか」
「それでも、ぼくは人間だと思っているし、他の仲間も人だよ。君たちの同種さ」
「人間植物って所か。あの樹木もそうなのか?」
「そうだと思うよ。彼女は初め人の姿をしていたけれど、そのうちに今みたいな姿になったんだ」
「その時の彼女は人だったのか?」
「ぼくが出会った時は既に若木だったから。ただ、身体のベースは人間だったよ。でも彼女は信号が出せないらしくて話せないんだ」
彼らはまた考えるために、ぼくをぼろぼろの机に置いて何かを相談する。
どこかと連絡をとっているらしい。別のぼくの近くにいた仲間から、防護服の集団が一斉にどこかと連絡を取り始めたという話を聞く。
「申し訳ないが、君たちに一緒に来てもらうことはできるかな?」
防護服の一人がぼくに言った。
「ぼくの一人ならいいよ。仲間にはそれぞれ聞いてほしい」
「わかった」
世界中でぼくの仲間たちが彼らと交渉した。
皆、一人なら良いと言う。
そして、世界中で火球が落ちた所に連れて行かれた。ぼくたちはそこで説明をうけた。彼らが移住した惑星が、宇宙で起きた戦争で汚染物質に覆われたという。
復興した地球を観察し、状況を打開できる方法を探しに来たのが防護服集団だったという。
ぼくらはそのまま火星や月に連れて行かれることになった。
そして、酸素で満たされた月に植えられたぼくはそこで汚染物質を分解する役目を負い、地球と衛星で増えはじめた。地球に似せられたこの星でいつも仲間と語らう。
地球にいるぼくは春の終わり、また彼女の近くを目指して風に乗る。彼女のような人も世界中にいる。
汚染物質の中でも生きることが出来るだけで、それを分解することは出来ない。彼らは旧人類の墓標として地球で生きることとなった。
月から見える地球は、緑に覆われぼくやぼくたちが繁栄していることのトロフィーのように煌めいていた。
人間植物 夏伐 @brs83875an
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