詩・一九八九亜洲(いちきゅうはちきゅうアジア)

Mondyon Nohant 紋屋ノアン

 

強い光が窓をぬぐった

燈塔ダァンタァーかしら

そうきっと燈台とうだいだろう

僕らが泊まった小さなホテルは港を見おろす高台たかだいにあったから

窓から見える夜景のはしっこに燈台の一つや二つったっておかしかない          

空をいぶしていた大量の街あかりは群れを解くように消えてゆき

無数の橙色灯とうしょくとう道路みちの輪郭を強め始める

結構な暑さなのに彼女はエアコンをとめ

小さな部屋には不釣ふつり合いな広い窓をあけた

世界でいちばん鬱陶うっとうしい六月が闇になりきれない夜と一緒に流れこむ

どうしてテレビがないんだろう

そんな野暮なモノあるわけないじゃない

あのビルもこのビルも満員のラブホテルで

客はみな今朝けさのニューズなんか気にしちゃいない

紹興酒しょうこうしゅ二合にごうもひっかけて

一緒に歴史をつくろうと彼女は誘う

僕は彼女の吐息といきを無視しアンティークなラジオのスイッチをいれた

ファーリーストネッワー

英語は得意だろ?

まあね

でも通訳なんかごめんよ

どこで何が起ころうがここはラブホテル

参謀本部さんぼうほんぶじゃないんだから

北京ベィジンにもハノイにも連込つれこ宿やどはちゃんと在る

革命よりも戦争よりも抱き合うほうがはるかにメンタルだから

学校がなくたって図書館がなくたって

ラブホテルだけはちゃんと在る

たとえ今日ミサイルが百発ひゃっぱつ落ちても

明日の朝にはきっと情侶旅館チンルールグァンっている

小さなラブホテルがいくつも幾つも建っている

たとえいまくにひとつつぶれる間際でも

今日はちょっと忙しいんだと今日の男は今日の女を抱いて

今ちょっと暇がないのよと今の女は今の男とねるの

チークの机にっかった青磁せいじ花瓶かびん夜光やこうする

ねぇ歴史をつくろうよ

つらい昔もかなしい今もみんな捨てて

たのしい明日あすに逃げようよ

彼女は僕の首に腕をまきつけ唇をよせた

君の国じゃたったいま

人がたれているんだぜ

べつに珍しいことじゃないわ

いつでもどこでも人は殺されている

ジンギスカンから そうねポルポトまで

いや もっともっと昔からついさっきまで

人は奪い犯し殺してきて奪い犯し殺している

自分が大人しい歴史の中に居るなんて思うなら

アンタは相当そうとうなアマちゃんよ

何万人死のうがと小平シャオピンは言うわ

僕も知っている

いつどこで何万人殺されようが

亞洲アジアはびくともしない

伍仁百菓月餅ウーレンパイグォユェピン

朱色の袋の口を開け彼女はまた溜息ためいきをつく

ねぇ

豊田トヨタ日産ニッサン現代ヒュンダイ紅旗ホンチィ

漢字で書くとみんな亞洲アヂォゥ工場こうばだね

ここもソウルもサイゴンも人の顔はほとんど同じ

アンタとそっくりの坊さんをラマで見た

窓の真下ましたで女が泣いている

酔っぱらいかな

悲しいことがあったのか何時も哀しいのか

きっとそんなとこ

アンタも私もあの人も同じ亞洲アヂォゥの人間だけど

窓のこっちはラブホテル

カーテンをひいてよ裸になるんだから

窓の向こうの人たちが裸じゃなくてアンタと私が裸なら

きっとアンタと私だけが同胞トンパオなんだ *

街のあかりが半分消えた

僕はカーテンを閉め彼女はガウンを脱いだ

二人は抱き合ってベッドに入り黄色い亞洲アジアのかたちを描く

干肉ほしにくとナツメの臭いを風にり込みながら

亞洲アジア幾度いくどもうまれ何度も育つ

稲妻いなずまって藍色あいいろの竜が舞い

黄色い砂塵さじんを巻きあげて漆黒しっこく麒麟きりんが走る

大亀おおがめ火炎かえんの中で赤いひょう

血の汗をにじませた馬が千里チョンリける

女はねアレがヨかったら頭ん中が真っ白になるの

大きく息を弾ませて彼女は言う

今日は久しぶりに世界が真っ白になった

すごく真っ白になった

紹興酒しょうこうしゅをコップについで

しばらくしたらまたヤろうと彼女はささやく

僕はカーテンをわずかに開けた

ラジオから

パラパラパラパラと銃声が流れ出て

外の亞洲アジアに散らばった

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詩・一九八九亜洲(いちきゅうはちきゅうアジア) Mondyon Nohant 紋屋ノアン @mtake

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