第3話 いつもの朝と波乱

朝、ボクはいつもどおり三人分の弁当と朝食を作っていた。


「どうやって聞けばいいんだろう」


天使さんと話すだけで緊張してしまうというのに、その上、自分のやらかし(かもしれない)を聞くというのは想像以上にハードルが高い。高すぎる。


「はぁー」


「どうしたのお姉ちゃん?」


雪が起きてきた。


「おはよう、雪」


「おはよう、お姉ちゃん!ため息なんてついてどうしたの?悩み事?」


「いやいや、大丈夫。ボクだけで解決できることだから」


中学生の頃にも妹達に散々迷惑をかけているのに、これ以上の心配させるわけにはいかない。というか、悩みが小さすぎて相談するのが恥ずかしい。


「う〜む。まぁ、お姉ちゃんがそういうなら信じるけど、何かあったらちゃんと言ってね」


「う、うん、ありがと」


なんか雪の方がお姉ちゃんっぽい。

ボクのような不甲斐ないお姉ちゃんでごめんなさい。


「おはよう、姉さん」


「おはよう、吹雪。もう朝食できるから待ってて」


雪に遅れて、吹雪が起きてきた。


雪は部活の朝練、吹雪は生徒会長でいろいろ仕事があるので、二人とも朝が早い。

ボクは、電車を使う人が少ない時間に乗るために早く起きている。慣れたといっても、視線は少ないほうが楽だもん。


三人で朝食を食べ、各々登校準備を始める。


「お姉ちゃんって、やっぱり綺麗だよね〜」


「ふぇっ⁈どうしたの急に」


いつもどおり男子の制服に着替えていると、雪が急に褒めてきた。


「いや〜、顔は中性的で整ってるし、髪は短いけどサラサラだし。変に前髪で隠さずともカッコ可愛いと思うんだけどな〜」


「そんなことないよ、そういうのは…」


天使さんとか、羽星さん、棗さんなど、他の女子生徒達の方が可愛いと思う。

ボクには無理。男子に間違われるくらいだし。前髪で隠さないと視線が気になってしまうし。


「あっ、でもこのカッコ可愛さがバレたら、モテてしまう。それは困るな〜」


「あはは、お世辞でも嬉しいよ、ありがと」


ボソボソ喋る陰キャと影で呼ばれてるボクがモテる?ないない。絶対に雪や吹雪の方がモテる。可愛いし、優しいし、ボクよりもお姉ちゃんっぽい。はぁ…。


「お世辞じゃないんだけどな〜」


「雪ー、もう行くよー」


「ちょっと待って吹雪ちゃーん。じゃあ、お姉ちゃん、ぎゅ〜」


一足先に準備を終え、玄関で待っている吹雪に呼ばれた雪は、返事をし、いつものようにボクに抱きついてくる。


この前どうして抱きつくのか聞くと、「お姉ちゃん成分の補給」という訳の分からないことを言っていた。何故か吹雪もたまに「姉さん、ごみがついてる」と言って抱きついてくる。理由を聞いても教えてくれなかったが。


「よし完了!行ってくるねお姉ちゃん!」


「いってらっしゃい」


ボクから離れた雪は、先に準備を終え、玄関で待ってた吹雪と一緒に中学校に出て行った。さて、


「ボクも行かないと」


最後に忘れ物が無いかを確認し、ボクも家を出た。


*****


学校に着くと、ボクはいつも図書室に向かう。


他の生徒よりも早く登校していて、教室に入っても誰もいないので、荷物を置いた後は図書室で朝のホームルームまで時間をつぶしている。

それに、一人で教室にいたときに誰か入ってきたら、お互い無言の空間ができあがりものすごく気まずい。地獄過ぎる。


図書室なら誰かが来る心配もないし、来たとしても顔なじみの先生ぐらいなので安心なのだ。


「それはそれとして、どうしよう」


今の最大の問題は「天使さんにどうやって初対面について聞くのか」ということだ。結局、学校に着くまでの間にいい案は思いつかなかった。


他の人からしたら、普通に聞けばいいだろうと思うかもしれないけど、ボクからしたら、自ら罪を告白し警察に自首するぐらいの難易度だ。

ストレートに聞く勇気も、遠回しに聞く会話力など無い。皆無かいむだ。


そもそも、普通の人は初対面の記憶が曖昧になるなんてことは無いんだけど。


「あぁー!もうどうやって天使さんに聞けばいいのぉー!」


「月野君?私がどうかした?」


「ふぇっ?」


慌てて声がした方に振り向く。

そこにはたった今叫んだ名前。天使さんがいた。


「ふぇ、あっ、その、あ、あまってわわわわわわ」

ガシャン‼


やばいやばいやばい、叫んでるところ見られた?!し、しかも名前を!ど、どど、どうやって説明を、というか痛い!動揺して後ろから思いっきり倒れた⁈


「あっ、ごめん!だ、大丈夫?」


天使さんが心配そうに駆け寄ってきた。うぅ、申し訳ございません。


「だ、大丈夫、い、痛くない、です」


「いや痛いでしょ?!保健室行こう?肩貸すよ」


「……すみません」


優しい。というか、そんな天使さんに申し訳なさそうな顔をさせてしまい心苦しい。

おまわりさん、違うんです。天使さんは悪くないんです。緊張して、思いっきり倒れるボクが悪いんです。


「よいしょ。とりあえず保健室行こう」


天使さんに支えられ保健室まで歩き出した。

あ、天使さんいい匂いする。なんか知ってる気が……ってなにしてんのボク?!

これじゃあただ変態じゃん!


そのあとも、天使さんの支えられながら誰もいない廊下を進んだ。

誰にも見られなくて良かった。


*****


「ホントにごめんね、後ろから急に声かけたりして」


「いえこちらこそ、変なこと叫んだ挙句あげくに倒れて、しまいには、天使さんに運ばせてしまって、重かった、ですよね」


「全然そんなことないよ。むしろ、男子にしては心配になるくらい軽かったけどね。まるで女子みたい、ちゃんとご飯食べてる?」


「た、食べてますよ」


少食でよかった!でも逆に男子じゃないことがバレそうになってて、動揺してしまった。


保健室に着いたあと、天使さんが処置をしてくれた。

幸い大きなけがは無く、今は打った後頭部を氷で冷やしている。


「そういえば、私の名前叫んでたけど何かあったの?」


そうだ。ボクが叫んだ理由は、今目の前にいる天使さんに初対面での出来事をどうやって聞けばいいのかを悩んでいたことから。それにしたって、本人の登場はいきなりすぎる!


あ、待ってどうしよう、なんて説明すれば。は、早く何か言わないと。


「あ、のですね、そのぉ~、えっと」


「………」


やめてください!そんな無言で見つめないでぇ!言いにくい!


いけ‼負けるなボク‼友達らしく話したいんでしょ!!!


「ボ、ボクと、その、天使さんの初対面って、どんなだったけなぁ~?、と」


「えっ?!覚えてないの?!」


ぐはぁ!……やっぱりなんかあったんだ!今のびっくりした反応的に絶対なにかあったんだ!


「ごめんなさい!!!!」


「あ、いいよいいよ気にしないで。あんなことがあったらね」


あんなことって、本当になにがあったの?!


「へぇ~、ふ~ん、そうなんだぁ~」


「あ、あの」


なに?!その意味深なセリフ!


「月野君は、初対面の時に何があったか知りたいんだよね?」


「は、はい」


「なら、これから私が言うことを叶えてもらいます!そしたら教えてあげよう」


「え⁈」


なに、なにを言われるの?パン買ってこさせられるの?でもでも、天使さんだからそんな変なこと言わないはず。というかボクに実現可能なことなの⁈


「そうだなぁ~。………よし決めた」


ゴクリ。


「まずは今日、私と一緒に帰ること!」


「え」


えぇぇっ??!!なに?そんなことでいいの⁈

いや、ボクからしたら誘うこと自体ハードルが高いけども。


「じゃあ放課後よろしくね!」


「は、はい」


「私仕事があるからもう行くね!痛みが引くまで安静にしているんだよー。また教室で!今日もお昼一緒に食べようね!」


そう言って天使さんは保健室をあとにした。


どうしよう。ボクにそんな大役つとまるの?あの「天使の花園」であり、学年成績、人気共に1位の天使さんだよ⁈


ボクのいつもの朝は、天使さんの存在によって、波乱の始まりを告げる朝となった。

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