第2話 安息の地

 結局あの後、昼休みが終わる5分前まで屋上で時間を潰した。


 教室に戻るころには、みんな次の授業の準備をしながら、近くの席の人としゃべっていた。よかった変に注目を集めることは無い。


 ボクも窓側の一番後ろにある自分の席に着く。妹曰く、ラブコメでは定番の主人公の席らしい。何だそれは。

 次の授業の準備を始める。


「帰ってくるの遅かったけど大丈夫?」


「ひゃいっ?!」


 変な声が出た。許してください、急に話しかけられるのに弱いんです!


「あ、天使さん」


 そう、ボクは天使さんと席が隣同士なのだ。


 入学当初の席は出席番号順だった。全く知らない人の隣とのペアワークは、毎回気まずい空気が流れる地獄のような時間で今でも思い出したくない。うっ…頭が。


 そして入学から1か月経ち、席替えをした結果、天使さんと隣になったのだ。天使さんのおかげで、最近は楽しく時間を過ごすことができてる。ありがたや。


 ただ、そのせいで男子から、ものすごくにらまれたのは言うまでもない。

 ボクは悪くないでしょ!くじを作った人に言ってよ。


「だ、大丈夫ですよ、ちょっと用事があっただけなので」


 当然、教室の視線から逃げていた、などと言えるわけがない。


「そっか。でも、なにか困ったことがあったら言ってね。なにせ私は、クラス委員長だからね。えっへん」


 そう言いつつ、天使さんは片手を腰にあて、もう片方の手で胸をたたいた。そんなちょっとした仕草だけでも、彼女の可愛さが引き立っている。あ、可愛い。そんな天使さんを見た周りの生徒たちの顔も和んでいる。さすがだ。


「そのときは、よろしくお願いします」


 よし、ボクも自然に返事をかえすことができた。



 それから、午後の授業は特別大きな問題もなく進み、放課後を迎えた。


*****


 ボクはもちろん部活に入っていない。大して運動ができるわけでもなく、かといって興味のある文化部もない。極めつけは、男子のフリをしているので入れるはずがない。ハハッ……はぁ。


そして、一緒に帰る人もいない。


 天使さんは部活に入っていないけど、放課後よく生徒会に呼ばれているらしい。

羽星さんも部活に入ってなく、放課後になるとすぐ帰宅しているのか姿を見ない。

棗さんは、特定の部活に入ってはいないけど、助っ人としていろいろな部活に顔出しているらしい。


 あれっ?羽星さんはともかく、あとの二人は本当に同じ一年生?

改めて「天使の花園」凄すぎる。


…帰ろう。


 ボクの家から学校までは少し離れており、いつも電車を使って登校している。

 しばらく電車に揺られ、最寄りの駅に降り、途中夕食の買い出しをして帰路に着く。



 こんな何気ない行動も、1か月半前までは簡単にできなかった。

 周りの視線に怯え、声に怯え、音に怯え、今よりも倍以上の時間をかけ登下校をしていた。


 今はもう怖くない、といえば嘘になるが、最初に比べるとだんだんと慣れてきてはいる、はず。


 男装をしているとはいえ、少しは克服できてるのかな。


 1か月半前の記憶に思いふけっていると、いつの間にか家に着いていた。


「ただいま~」


「おかえりー!」


 玄関のドアを開けると、双子の妹の一人、ゆきがハグをして出迎えてくれた。


「お姉ちゃんは抱き心地がいいね」


「もー、早く離れて」


「は~い」


 雪は渋々離れていった。


「はい!荷物持つよ、お姉ちゃん」


 そう言ってこちらに手を差し出してきた。

 雪はボクが帰ってくると、いつも出迎えて(ハグで)荷物を預かってくれる、優しくて明るい妹だ。昔からスキンシップが多かったが、最近になってさらに増えた気がする。


「ありがと、でも毎日出迎えてくれなくてもいいんだよ?」


「いやいや、これは妹である雪の使命なんだよ」


 自分も学校終わりで疲れているだろうから、出迎えしなくてもいいと言っているのだけど、何故か「これは妹の使命だから」と譲らない。

 荷物を運んでくれるから助かってはいるけどね。


「これって傍からみたら新婚のやりとりみたいだね」


「ふぇ?!」


 急に妹が変なことをつぶやいた。なに言ってるのこの子は!


「も、もう!冗談言わないの。第一ボクはこんな格好してるけど、女で同性なんだからね」


「わぁ~顔が赤くなってるお姉ちゃん可愛い~」


「茶化さない!ほら、夕食の準備するから手伝って」


「は~い」


 絶対なにかのラノベの影響受けたに違いない。甘えてくれるのは嬉しいけど。


 リビングの扉を開ける。


「おかえりなさい姉さん」


 リビングには洗濯物をたたんでいる、もう一人の妹、吹雪ふぶきがいた。


「ただいま、吹雪も洗濯物ありがと」


「いいよ、家事は分担しないとだから」


 吹雪はいつも家事を手伝ってくれるまじめな妹だ。ただ、小学生のころは雪と同じで「お姉ちゃん」と呼んでたけど、中学生になってから「姉さん」と呼ぶようになってしまった。たまに反応に棘がある。


 反抗期なのかなぁ。それともボクに呆れてる?…だとしたらつらい。


 ボクの家族は、両親、ボク、雪と吹雪の5人家族だ。両親は二人とも、ゲーム会社に勤めていて、今月は大変な時期らしくほとんど家に帰ってこない。たまにちゃんとしたご飯を食べたいと言って帰ってくるけど。


なので、家事はボクたち姉妹が分担してやっている。


「姉さんは早く、夕食お願い」


「うん」


やはり素っ気ない。ごめんよ、不甲斐ないお姉ちゃんで。

手を洗い、さっそく準備に取り掛かる。


「そういえばさっき吹雪ちゃん、洗濯物たたんでいるときお姉ちゃんの…」


「雪?」


何か言おうとしていた雪の言葉を吹雪が遮った。


「あ、あ~、雪お風呂入れてくる!」


吹雪の圧に屈した雪は、リビングから逃げ出した。


圧に屈して逃げる。既視感を感じた。

ボクもあんな感じだったのかな。姉妹だなぁ。

ボクの方が情けないけど。


*****


その後、3人で夕食を食べ、お風呂に入り、自分の部屋で過ごしていた。



「今日も大変だったなぁ」


ベッドの上で独り言をこぼす。ちなみに、ボクは一人部屋だが、妹二人は同じ部屋で向かいにあるので、よほど大きな声を出さない限り聞こえない。


「やっぱり、家の中は唯一気が抜ける安息の地だよ」


自分が女子であることを隠す必要もないし、家族しかいないので、緊張することもない。独り言も言い放題。


学校でももう少し気が抜けたらいいんだけど。


「天使さん達といると、どうしても緊張しちゃうんだよなぁ」


う~ん、どうすれば緊張せずに話せるのだろうか。


曖昧になっている天使さんとの初対面のことを思い出せば、なにか分かるかな。

そもそもなぜ曖昧?


「たぶん、初対面の記憶が曖昧になるようなことを、ボクがやらかしたか、または何かがあったはず、だよね」


ボクのことだ、忘れたいほどの失態を犯したか、外的要因のせいで曖昧になっているのだろう。逆にすごい。初対面の記憶、さらに相手はあの天使さんとのことを忘れるなんて。


その真相を知ることができれば、天使さんが話しかけてくれた理由が分かるかもしれない。


そうすれば、緊張せず、気が抜けて、友達らしく話せるのかな。


「明日、学校で聞いてみよう」


もう寝よう。そのまま眠気に身をゆだね目を閉じた。

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