第6話 トラブル、トラウマ、顔面ヒット

 その後も、ボクと天使さんはリズムゲームやクレーンゲーム、写真を撮ったりして寄り道を満喫していた。


 天使さんとのツーショット写真は丁寧に保管しておこう。


 さすがに遊び疲れたので、今は公園のベンチに座って休憩している。


「いやー遊んだねー」


「そうですね」


「どお、寄り道は?楽しんでくれたかな?」


「いつもは妹達がやっているのを見守っているだけだったので、実際に自分も体験することができてすごく楽しかったです」


 久しぶりに思いっきり遊んだ気がする。人目を気にせず友達と一緒にはしゃいで、笑って遊んだの。小学生以来、なのかな?

 下校中に寄り道をするといったら、買い物をするぐらいだし、休日の日も妹達に連れ出されたりしなければ、あまり外出しないからね。それに、一緒に遊ぶ相手が妹達しかいない。


「ふふ、そんなに喜んでくれるとは。誘ったかいがあったというものだよ。それにしても、月野君って妹さんがいたんだ」


「はい、一つ下に双子の妹がいます」


「双子なんだ!どんな娘達なの?」


「えっとですね。双子の姉の方の吹雪はまじめで中学校では生徒会長をしてて、家では、いつも家事を手伝ってくれてます。けど、最近は反抗期なのか、昔よりは距離がありますね。妹の方の雪は人懐っこくて気づかいができる子です。スキンシップが多くて困ることもあるんですけどね」


「わぉ。いつもはたくさんしゃべらない月野君が積極的にしゃべってる。妹さんとすごい仲がいいんだね」


 はっ!つい饒舌に語ってしまった。確かに吹雪も雪も大事な家族だから好きではあるのだけど……天使さんにシスコンだと思われて引かれてないかな?!


「いいなー、私の家は二つ上にお姉ちゃんがいるんだけどね」


 意外だ。男女問わず優しくて、面倒見がいいから、いたとしても弟か妹の年下の姉弟または姉妹かと思ってた。


「二つ上ってことは、ボク達と同じ高校にいるんですか?」


「あれ知らない?入学式の時に、前に立って話してたんだけど」


 ん?入学式?前に立って話してた?


天使藍あまつからん。うちの高校の生徒会長だよ」


「え」


 ええええ?!生徒会長?!全然知らなかった。


 入学式はたくさんの人がいたのと、緊張で余裕が無くて誰が何を話していたのかなんて覚えてない。


「あははははは」


「わ、笑わないで下さいよ!」


「あはは、だってまさか生徒会長を知らない生徒がいるとは思わなくて。ふふっ」


 うぐっ。それはそうなんですけど。


「帰ったらお姉ちゃんにも教えてあげよっかな~」


「やめてください?!」


 そんなことされたら、生徒会長であり、友達のお姉さんに悪印象を持たれかねない。


「そ、そうだ。ボ、ボクなにか飲み物買ってきますよ」


「冗談だったんだけど、まあいっか、お言葉に甘えようかな。じゃあ炭酸ジュースお願い。あ、お金はあとで払うから!」


「い、行ってきまーす」


「いってらっしゃーい」


*****


 自販機に着いたボクは、天使さんに頼まれたグレープ味の炭酸ジュースと自分用の緑茶を買っていた。炭酸は無理。口に残る刺激が苦手だから。


 そういえば、さっき入学式のことで思い出したけど、今回一緒に帰る発端になった、初対面での出来事をまだ教えてもらってない。

 ここに来る前にも一度聞いたけど、その時はなぜか「まだ内緒」と言って、教えてもらえなかった。


 あの時は、他の考えていることもあって、頭が回ってなかった。


 天使さん曰く他の男の人とは違う感じがして、それからボクに話しかけてくれて今に至るということは、何か悪印象になるようなことはしてない……はず。ただ何かのきっかけになりそうなことはしたわけで。


 うーん。その何かが自分自身、全然想像つかない。ボクの行動について妹達が言うには「姉さんは、たまによく分からないほど行動力がある」「結構後先考えず動いてる感じだよね~。あ、でもそこがお姉ちゃんの良いところだよ!」ということらしい。それこそよく分からなかった。


 ここで一人悩んでも仕方ないか。

 普段のボクであれば何回も同じことを質問できないし、というか自分から話しかけることができないけど、今ならいつもより気分が高揚してて、緊張せずに声をかけられる……と思う。たぶん。


 よし、そうと決まれば早く天使さんのところに戻ろう。


 ボクは二人分の飲み物を鞄に入れ、天使さんが待っている公園のベンチへと向かった。


*****


「ねぇ~君ひとり?」


「俺らと遊ばねぇ?」


 公園の入口まで来たところで、男の人の声が聞こえてきた。


 誰かを誘っている?まさか……ね。


 おそるおそる男の人の声がした場所の様子をうかがう。そこにいたのは、見るからにチャラそうな二人組の男達と、


「結構です。今友達を待っているので」


声を掛けられていた天使さんがいた。


 やっぱりそうだ!確かに天使さん程の可愛さであれば外でナンパをされてもおかしくない。


 ど、どうしよう。ボクが出た方がいいのかな。いや天使さんが「友達を待っている」って言っているから、絶対出て行った方がいいに決まっている。

 分かってはいるんだけど。


「……っ」


 足が竦んで動かない。怖くてつい目を逸らしてしまう。

 無理だ。無理なのだ、ボクには。


 男達の下卑た目や声音が、どうしても昔のトラウマをフラッシュバックさせる。


「はぁっ……はぁっ……」


 胸を押さえてしゃがみ込む。

 身体が震える。心臓の音がうるさい。呼吸も乱れる。最近は思い出すことが減っていたはずのトラウマ。ボクが男のフリをしている原因。

 今にも逃げ出したい。


 いや、ダメだ。このまま逃げたら天使さんのことを見捨ててしまう。

 こんなボクのことを友達と言ってくれた天使さんを見捨てることのほうが怖い。


 余計な事考えるな。落ち着け落ち着け落ち着け。

 あれはボクに向けられたものじゃない。そもそもあの男達はボクが本当は女であることを知るはずがないから、あの目を向けられる事は無い。


「すぅーー、はぁーー」


 深呼吸を繰り返す。

 身体の震えが収まっていく。心臓の音も、今は聞こえない。さっきより呼吸も落ち着いた。大丈夫、大丈夫。


 ひとまず落ち着きを取り戻すことができた。


 そして再び、天使さんと男達の様子をうかがう。


「硬いこと言わずにさ、なんならその友達も連れてきて4人でもいいからさ」


「おっ、それ名案じゃ~ん」


「だから結構です!私たちもう帰るので!」


 男達は何度も天使さんを誘っていて、天使さんも何度も断っているが諦める気配がない。

 やっぱりボクが間に入れれば、良いんだけど。


 それでも足は動かない。落ち着いたといっても、恐怖心が消えたわけでは無い。でも、ボクなんかよりも直接関わっている天使さんのほうが怖いはずなのだ。


 どうしよう。


 助けたい心と恐怖で動かない体で、考えがまとまらず行動に移すことができない。


「それなりに待ったけど、お友達来ないじゃん」


「もしかして、この光景を見て逃げちゃったとか?」


「うわ最低じゃん」


「私の友達を悪く言わないで!訂正してください!!」


 男達の言葉に天使さんが声を荒立てた。


 あのみんなに優しい天使さんが怒っているのをボクは初めて見た。


「そんなに大きな声あげないでよ~。もしかして俺たち舐められてる?」


「これはお仕置きが必要かな。ほらこっち来いよ」


 男の一人が強引に天使さんに迫り、腕をつかむ。


「きゃっ、離して!!」


「大丈夫。優しくするからさ」


「そうそう」


「やめ、誰か、助け」


「その手を放してください!!!!」


 男が天使さんの腕を強引に掴んだ瞬間、考えるよりも先に体が動いていた。

 天使さんの腕を掴んでる男の腕に爪を立てる。


「いてっ」


 少し力が緩んだ男の腕を振り払い、天使さんを守るようにして前に立つ。


「月野、君?」


「ちっ。なにおまえ?あ、もしかして彼女が言ってたお友達?」


「なんだよ見るからに小せぇし、前髪で目元隠してるとか、マジ陰キャかよ。そんな奴よりも俺達の方がいい思いさせられるぜ」


 さて……。


 この後どうしよう??!!


 何も考えずに出てきたから、天使さんを助けた後のことを全く考えてない!話し合いでの解決は……相手の雰囲気的に無理そう。逃走は……この距離感だとすぐに捕まってしまう。


 やばいやばいやばい。何か、何かいい案は。


「おーい、お前ら何やってるんだ?」


 突然、男達の後ろから女性の声がした。


 声がした方を見ると、そこにはいたのは、


「「風見先生!」」


 担任の風見楓かざみかえで先生だった。


 風見先生は、女性にモテそうなかっこいい系美人のだけど、たまにジャージで授業していたり、ホームルームでは一言で終わらすなどラフな性格である。その一方で生徒会の顧問をしていたり、ボクのこと気にかけてくれる面倒見のいい一面もあり、生徒の間ではかざちゃん先生のあだ名で親しまれている。


 ちなみに自己紹介の時にボクのことを男子と間違って呼んでしまった人でもある。先生曰く「徹夜と二日酔いでちゃんと確認してなかった」らしい。


 閑話休題。


 良かった。先生のおかげでなんとかなりそう。


「あん?今度は誰だ?」


「いやー、そこのおたくらが絡んでいる子達うちの学校の生徒だからさ、手を出さないでいただきたいなーって」


「なんだよ急に入ってきて、邪魔すんなよおばさん」


 最初は穏便に済ませようとしていた先生だったが、男が「おばさん」と口にした瞬間、額に青筋が入った。


 スタスタと歩いて、男に近づいていく。心なしか拳に力を入れている気がする。

 男の目の前まで来た先生は、さっきよりも口調を崩して話しかける。


「おい、誰がおばさんだクソガキ」


 ヒェッ?!顔が怖い!

 いやもうすでに怒っていますよね?!


「な、なんだ図星か?おばさんはおばさんらしく引っ込んで……」


「私はまだ二十代、だっ!!」


「グホッ?!」


「「先生?!」」


 何かを言う前に、男の顔面に拳を叩き込んでいた。というか風見先生、二十代だったんだ。


 殴られた男は、鼻血をだして気を失っていた。


「お前も私の拳を食らいたいか?」


 先生がもう一人の男に尋ねる。


「い、いえ、その。し、失礼しました!!」


 先生の睨みに怯んだもう一人の男は、気絶した男を引きずって逃げて行った。


「ふぅー、一件落着。お前達怪我はないか?」


 あ、いつもの先生だ。


「ボ、ボクは大丈夫です」


「私も掴まれはしましたが、怪我はありません」


「ならよかった」


 一時はどうなるかと思ったが、先生のおかげで無事トラブルを解決することができたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

高嶺の花の彼女たちは男装女子のボクには身に余る! 幻想花 @bloodvampire

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ