第4話 昼休み、再度衝撃

 衝撃から始まった今日。


 朝のホームルームの前には教室に戻ることができた。いつも教室に入るのはクラスの中でも最後の方なので変に怪しまれることなく席に着く。


「おかえり!もう大丈夫なの?」


「は、はい、大丈夫です」


「なら良かった。でも無理はしないでね」


 隣に座っている天使さんが何事もなかったかのように声を掛けてくれた。

 まぁ実際ボクにとっては一大事でも、天使さんからしたら、一緒に帰ろうと誘っただけなので何事という程の大事ではない。


「おはよう二人共。月野君は保健室にいたらしいけど大丈夫?」


「あ、おはよー汐音」


「おはようございます羽星さん、だ、大丈夫です」


 天使さんと話していると羽星さんが挨拶をしに来てくれた。


「お大事にね。それはそうと、まだ月野君は話すとき言葉が硬いわね」


「そそそ、そうでしゅか?!」


「でしゅ?」


 やってしまった!突然図星を突かれて噛んでしまった。でもしょうがないんです!不可抗力なんです!だってあの「天使の花園」ですよ。ボクにとっては高嶺の花すぎて、動揺して一生慣れる気がしないんです!


「ふふっ、月野君~可愛い言葉を使いましゅね~」


「こーら葵、いじめないの。……ちょっと可愛いかったけど」


 うぅ~~~。恥ずか死ぬ。


「それじゃあ話を戻すけど、確かに硬いね。同級生なのに未だに敬語だし。汐音がクール系で恐そうな雰囲気あるからかな?」


「えっ、そうなの月野君?」


「そ、そんなわけないです!初めはちょっと怖い人なのかと思いましたけど、話してみたら全然そんなことなくて、ものすごく優しい人で、世話好きで、ってごめんなさい?!本人が目の前にいるのに、なんか、急に語りだしたりして」


 ああああ?!さっきの汚名を返上しようとして早口で喋っちゃった~!しかも最初失礼なこと言ってるし!


「そ、そう……ありがとう」


 ほら~!羽星さんも引いてしまって顔背けちゃったよ。最後なんて言ってたのか聞こえなかったけど……キモい奴って思われたのかな。でも羽星さんはそんな人じゃ、でもでも……


「よし、今日もギリギリセーフ!」


 ボクが自己嫌悪ループに入っていると、教室の入り口から勢いよく棗さんが入ってきた。

 彼女は朝が苦手らしく、いつも時間ギリギリに登校してくる。


「あっ、あおちゃん!それにしおちゃんにてん君も、おっはー!」


「おはよう朱莉ちゃん!」


「おはよう」


「お、おはようございます」


 彼女の明るさのおかげで自己嫌悪ループから抜けることができた。彼女の元気は周りの人すらも元気にするのだろうか?さすが「天使の花園」の一人だ。


「あれ?そういえば、朝にてん君の所に集まるなんて珍しいー。なになに?なんの話してたの?」


 朝は基本的に集まって話すということは無い。理由としては、登校する時間が違ったり、ボクが図書室にいるから。あ、ボクは関係ないか。いてもいなくても変わらないし。

 荷物を置いた棗さんが近づいてくる。しかし彼女が登校してきたということは、


「残念ながら朝のホームルームの時間だねー」


「んんっ、そうね。そろそろ席に戻りましょうか。ほら朱莉、席に戻るわよ」


「えー、私も混ぜてよー。せめて何の話してたのか教えてよー」


「はいはい、あとで教えてあげるから。それじゃ、話の続きは休み時間にでも」


「うん、またあとでね」


「ま、また」


 羽星さんは棗さんを引きずりながら、席に戻っていった。

 ちなみに二人の席は、教室の前の入り口側の前後同士である。そのためボクと天使さんの席の位置からだとちょうど真反対の位置にある。


 わざわざ来てくれるのだから、やっぱり羽星さんは優しいし、棗さんも優しいのだ。こんなボクにも話しかけてくれるのだから当たり前か。


 保健室での天使さんとのやり取りは衝撃的であったけど、そのおかげで普段集まることがない朝の時間にも天使さん、羽星さんと会話することができたし、もしかして今日は運がいいのかもしれない。ボクから声を掛けてみたり……なんて。


 考え事をして下がっていた顔をあげる。直後たくさんの視線が突き刺さるのを感じる。そう、クラスメイト(主に男子)の嫉妬の視線が。顔をさげる。


 ごめんなさい調子に乗りました。


 天使さん達との会話にも慣れないが、男子達から一斉に向けられる嫉妬にも一向に慣れることは無いのだ。


 結局そのあとも積極的になることは無く、いつも以上にひっそりと存在感を消しながら、昼休みまで授業を受けることとなった。


 *****


 そして迎えた昼休み。


 今日も今日とて、ボクの席に集まってくる「天使の花園」の3人。おまけにクラスメイトからチラチラ送られる視線。

 視線を極力無視しながら昼食を食べ終えたボクは、先に食べ終わっていた彼女達の会話に加わる。


「あー確かに!てん君の口調って硬いよねー。やっぱりしおちゃんが怖いのかな?」


「……葵も言ってたけど、私ってそんなに怖く見える?」


「そ、そんなことないですよ!」


「でも月野君も最初は怖いと思ってたんでしょ?」


 うぐっ。しっかりとボクの失言を覚えていらっしゃた。弁明を、弁明をしなければ。


「それはー、その、ボ、ボクが勝手に決めつけてただけで、で、でも実際は違って」


「そうそう、汐音は優しくて世話好きだもんね。というか反応が可愛いからって月野君をからかわないの」


 早口にならない様にし過ぎて言葉に詰まっていたボクを天使さんがフォローしてくれた。優しさが沁みる。

 それにしても、ボクの反応は可愛いのだろうか?挙動不審なだけでは?


「ふふっ、彼の反応がいいから、ついからかいたくなってしまったのよ。ごめんなさいね月野君」


「い、いえ、全然、大丈夫、です」


「あれだね。てん君は、なんか小動物みたいだね!」


「ははは」


 褒められてるのかな?いや、褒められてるはず、うん。たぶん、きっと。


「う~ん。どうすれば自然に砕けた口調になるのかな?」


「それはやっぱり敬語を禁止する、とか?」


「でもそれだと強制してる感じがする。あくまで自然に、だからね」


 行動を禁止するのではなく、相手から引き出すという考え。こういうところが天使さんの人気の一因なのだと改めて感じる。


 ここまでボクのことを考えてくれていることが嬉しくもあり、同時にすごく申し訳ない気持ちにもなる。

 ボクなんて、どうせ……。


「はいはーい!私にいい案があります!」


 そう言って棗さんが手を挙げた。


「私とあおちゃんとしおちゃんは、中学校からの付き合いだけど、てん君とはまだ1カ月くらいしか付き合いがないでしょ」


「ほうほう」


「だからもっと仲を深めるために一緒に遊びに行くのはどうでしょう?」


 途端教室中、正確にはボクと遠巻きに聞いていたのクラスメイト達に衝撃が走る。


 ふぇっ?!今なんて?!


「それはいいかもしれないわね」


「でしょでしょー。よし!さっそく今日の放課後にでも」


「ごめんなさい。私は用事があるから今日は無理」


「そっかー、あおちゃんは?」


「うーん。私も今日は用事があるから、ごめんね」


 あれ?天使さんとは今日一緒に帰る約束だけど。……改めて思い出すと今から緊張して胃が。


「やっぱ放課後は予定合わないかー。どうしよう」


 一緒に遊びに行くという話が流れそうになり、ボクとクラスメイト達の間に安堵の空気が漂う。

 ボク自身、3人と並ぶと霞んでしまうし、何より心の準備が必要なのでよかった。


「じゃあ休日に遊んだらいいじゃない」


「それだ!休日に時間を決めて、ってそういえばてん君の連絡知らないや」


「私も。じゃあこの機会に連絡先交換しよっか」


 再度、衝撃が走った。


 ふぇっ!?今なんて!?(2回目)


「あれっ、おーい月野君?」


「は、ひゃい!」


「はいこれ、私のRAINのID」


 流されるままに天使さんのIDを自分のスマホに打ち込む。


「お、送りました」


「申請きたきた。承認してっとこれで完了だね」


 トーク欄に天使さんの名前が並んだ。夢なのかな?


「私も交換しておこうかしら」


「私も私も!」


 そのまま羽星さんと棗さんともIDを交換する。

 そして今、ボクのトーク欄には家族以外に3人の名前が並んでいた。天使の花園の名前が。今日で今年の運を全部使い切ったのではなかろうか。


 しかし、良いことばかりでもない。


 一連のやり取りを見ていたクラスメイト達から睨まれている。

 入学当初、天使さんはクラス委員長なのでほとんどのクラスメイトと連絡先を交換していたが、棗さんは一部の人とだけで羽星さんにいたっては、交換しようと言ってきた男子に対して「邪魔」といって一蹴した、と本人が語っていた。


 圧が……圧が凄すぎる。どうしようこのままこの視線が続くとさすがに耐えられない。


 キーンコーンカーンコーン


 そんなボクの気持ちを察したかのように昼休み終了のチャイムが鳴る。

 ありがとうございますっ!!


「もう昼休み終わりかー」


「じゃあ予定とか、どうするかはまたチャットで話しましょ」


「そうだね」


「それじゃあまたね。葵、月野君」


「じゃあねー。そだ、あとでグループ作っとくね!」


 羽星さんと棗さんが席に戻っていき、他の生徒達も自身の席へと帰っていく。


 朝に続き、新たに遊ぶ予定と連絡先の交換という衝撃を味わうこととなった昼。

 こんなに幸運が続くなんてむしろ、いつ不運が起きてもおかしくないよ。


 そんなことを考えていると、スマホが振動した。スマホを開くと天使さんからメッセージが送られていた。


『さっきは驚かせてごめんね。できれば一緒に帰ることは、内緒にしたくて。

 改めまして、放課後よろしくね♪』


 そうだ、朝の件はまだ終わってなかったんだった。


 ここからが本番という現実に胃が痛みながらも、隣の天使さんの方を見る。

 そこには、片目をつぶり、人差し指を口の前にやり、シーッというポーズをしている天使さんがいた。


 可愛い。


 そんな彼女のおかげで、いくらか緊張がほぐれた気がした。

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