人と獣の境界線、そして一歩進んだ先に

本作は獣と人について多くのNPCが口にする。そのほとんどに言えることは、人と獣の境界が非常にあいまいであるということだ。


人は皆獣という男もいれば、獣を見て人と呼ぶ狩人もいる。

勇敢な神父や敬虔な聖職者が獣に墜ちる。獣を狩る群衆は自分たちが獣になっていることに気が付かない。


一方で、堕ちたはずの獣が人間としての輝きを取り戻すこともある。

人としての気高さを持つ獣と、獣に堕ちた人。その違いは何かわからないが、狩人は人として獣狩の夜を生き抜く。その世界観に筆者は心底しびれてしまった。危機にこそ人間の本質が試されるというが、人間としての実存的危機にこそ人間性は際立つ。

もしかしたら、狩人が獣を狩ることこそ、人間であることの証明なのかもしれない。

(ぜひDLCはやってほしい。作者の推しメンであるルドウイークさんが月光の輝きを見せてくれる。最近流行りのウマ娘に近い部分もあり、多分皆好きだと思う)


ただ、それだけで終わらないのがブラッドボーンである。本作には「上位者」という人を超えた存在がおり、とあるエンディングで狩人は「幼年期の終わり」を迎えることになるらしい(まだやってないけど、これからやる予定なので許して欲しい)。技術のさらなる進歩で人間が人間を超える日が来るかもしれない。いつか訪れるその日に人がどうあろうとするのか、それを教えてくれるのかもしれない。


最後にブラッドボーン関係の動画で一番好きなコメントを引用したい。

https://www.youtube.com/watch?v=5beeR-TsgdM&t=27s

「地球を旅するには遅すぎて、宇宙を冒険するには早すぎる。

でも俺たちにはブラボがある」


他にもたくさんの考察要素、フレーバー、個性にあふれた登場人物があふれている。

そんなブラッドボーンがただいまセール中である。

ぜひ買ってプレイしてほしい。



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