祖父母の家
年末、ふらっと立ち寄った祖父母の家。外ではカラオケ大会が行われていた。それを尻目に家に入ると、いつものように汚れた床があり、トイレも干からびていた。
我が物顔で通り抜ける野良猫にため息が漏れる。
奥に行くと祖父が畳を拭いていた。祖父のいるこの部屋と隣の部屋、洗面所などトイレ以外の水回りは片付いており、割かし綺麗に見えた。
私も祖父を手伝うことにした。
手に取った薄汚れたタオルを湿らせようと、洗面所へ行くと水が出た。奥の部屋へ戻り祖父と畳を拭いていると、父がやって来て、迎えが来たと言う。
祖父が帰るのだ。今日はこの家に泊まって行くんじゃないのと問えば、違うと祖父は言う。じゃあ次に会えるのはいつか聞くと、12月かなと優しく悲しそうに笑って行ってしまった。
急に薄暗くなった部屋に残されて、ふと生前祖父が立っていた辺りの壁を見ると、腕を組んだ人のような黒い染みが盛り上がっていた。
この場にいるのが怖くなった私は急いで家を出た。そこで目が覚め、すべてが夢だったのだと気付いた。
それから、私はよく夢を見るようになった。祖父母の家の夢だ。壁から出てきた黒い人が家を綺麗にしていく奇妙な夢。
最初は怖くて見ているだけだった私だが、次第に手伝うようになった。すると黒い人には輪郭ができ、色彩が増え、いつしか元気いっぱいの青年の姿になっていった。
少し経つと青年は喋り始めた。ビーという名前らしい。筋肉質で爽やかで話も面白いビー。ただ、体は陶器のように脆く、なにかというとすぐ割れて私に助けを求めてきた。
馬鹿だなと接着剤で元通りにしてやると、はにかんで見せる。はっきり言って私の好みドストライクなわけで、夢を見るのが楽しみで仕方がなかった。
夢なのだから、と昼寝するビーの頬っぺたにこっそりキスをする勇気が持てた頃、私たちは家の改築にも着手していた。
これが現実ならばと思う私だが、作業スピードや瓦礫を練り合わせ新たな材料に作り替えていくビーの様子に、毎回夢であると強く意識する。
まあ現実なら同性の頬っペたにキスなんかできるわけもない。なんにしても都合の良い夢なのだ。
あれから改築は何度も行われた。互いが納得する出来にならないのだ。雨の日も雪の日も私とビーは夢の中で改築を繰り返していく。
そんな中でビーの体は熱を帯び、柔らかくなっていった。
一年ほど改築が続き、ついに満足いく出来になった。ビーは物凄い笑顔で私に抱き着いて、感謝言葉をこれでもかと紡いだ。
それからその夢を見ることはなくなったが、私は妙にスッキリしていた。
現実の祖父母の家は売りに出され、買い手もついたことを親戚から聞かされた。どうしても最後に一目見たくなった私は、年末休みを利用し赴くことにした。
冬にしては暖かい日で、タクシーから見えた昼下がりの太陽が照らす田舎の景色はきっと生涯忘れないだろう。なんて感傷に浸っていると、祖父母の畑で筋肉質な中年の男と金髪の若い女がうろついているのが目に入った。
タクシーを降りて話を聞くとどうやら大工と建築士らしい。昭二と里子と名乗った二人は、休日個人的に仕事場である祖父母の家へ訪れては、調べているのだと言う。
調べるような家かと不思議に思いながら二人と家へ向かう。するとそこには見たこともない建物があるではないか。
母屋の玄関の正面にあった庭や祖父の趣味用の畑を潰すように建つそれは、何で作られたか分からない青や茶色や灰色の壁をもち、未完成ながら二階もある。
剥き出しになった部屋は、それなりに形になってはいるものの、歪だったり、何の用途か分からないものも多い。金髪の女はこの建物がなんなのか知りたいという。
それは私もだった。
ハッとした私は母屋へ走った。祖父が畳を拭いていた部屋にだ。妙に綺麗な床を踏みあの壁を目指す。
壁は壁のままだった。いや、違う。現実の家ではあの位置に壁はない。襖なのだ。
それでも諦められない。もしかすると、謎の建物の方にいるんじゃなないかと夢中で探し回った。ポカンとしている昭二と里子に腹が立った私は、ビーの特徴を伝えどこかの壁に描かれていないか探せと怒鳴った。
しかしどこにもビーの姿はなかった。私は怒鳴ったことを謝り、帰ることにした。
その時、突然思い出した。ビーはやたらと地下室を作ることにこだわっていたのだ。
日の当たらない場所、そしてその角に小さな隠し部屋を作るんだ、と。隠し部屋はロマンだなんだと訳の分からないことも言っていたのだ。
地下室はあった。隠し部屋もだ。そしてビーはそこにいた。
そいつと家を作るな!
癖のある祖父の字が壁一面に殴り書きされた隠し部屋に。
夢日記 173号機 @173gouki
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