第13話 思い出される別れ道
魔王城への道を探して、俺たちを案内したのはイタカだった。それに対して俺たちは何も疑問を抱かずにいた。
戦闘の隊列決めや全体のフォロー、回復など臨機応変な指示をしたのはイタカ。
旅の資金を管理したのもイタカ。
街で宿を手配するのもイタカ。
仕方なく野宿した日の雑用を進んでやったのもイタカ。
喧嘩の絶えない勇者とマリーの間を取り持ったのもイタカ。
他にもあるが、俺たちはイタカを信頼していたんだ。いや違う。依存か。まあ人それぞれで感じ方が違うから今はおいておこう。
あまりにも勇者が何もできないものだから。地図を片手にこちらだと進むイタカに、俺たちはただついて行った。
だから俺は戸惑った。
イタカが魔王側の人間だと聞いてから、どうしていいのかわからなくなった。手の内が知られている。イタカが俺たちを殺すことも可能だ。
ぐるぐる思考を巡らせて出た結論は、イタカの気の抜けたあくびでかき消された。
「ごめん。やっぱり少し寝かせてもらおうかな……続きは明日、ちゃんとみんなにも話すよ」
「あ、ああ……わかった」
自分から魔王側の人間だと言ったばかりなのに、無防備にも眠ったイタカに、俺は何もできなかった。
何かの間違いであってほしかったんだ。
翌朝、イタカは地図を片手に勇者と魔王城までの距離や道のりなどの話をしていた。
メンバーの中で一番長く寝ていたくせに、勇者は生あくびをしていい加減な返事をしている。
いつもの朝の光景だった。
だからてっきり寝ぼけていたのかもしれないと思ったんだ。あまりにもイタカがいつも通りだったもんだから。
だがそれは魔王城に着いて現実だったのだと思い知らされた。
イタカが魔王城に着いたと言った瞬間、誰もが息を飲んだ。
魔王城は聖堂教会と同じ場所に存在していた。仄暗い闇の魔力が城全体を覆って異様な空気が満ちている。
「さあ、行こうか」
まるで街に入るように軽快にイタカが歩き出したが、マリーがすぐに気づいて止めた。
「待って。どこから入るのよ。扉も窓もないじゃない」
「壁を壊せばいけるんじゃないか? ほらマリー火薬持ってるだろ? ドーンと派手にやっちまおうぜ!」
「馬鹿なの? あんなに魔力が充満してるのよ。近づくのも危険だわ」
「ええー? じゃあミランダの召喚獣を突進させるのは?」
「さっ、さすがに、それは……」
「んええー? イタカ! なんとかしろよ案内した責任とれぇ! おれが魔王を倒すんだから、道案内はしっかりしろよ!」
勇者が理不尽なことを言っても、イタカは笑っていた。
「そんなに急かさなくても、全員をちゃんと案内するよ」
イタカがパンッと両手を合わせた刹那、俺の目の前が真っ暗になった。
周りはおろか自分の手も見えない。
目が見えなくなったのかと嫌な汗が滲んだ瞬間、頭上からの光に目が眩んだ。
「灯りがないからこれで我慢してくれるかな」
恐る恐る顔を上げると、窓の無い異様な教会に立っていた。周りを確認したら、ちゃんとマリーもミランダも、馬鹿勇者もいる。
「うんうん、ちゃんとみんないるね」
祭壇から俺たちを見渡し、光魔法で明かりをつけたイタカは笑顔だった。
すぐには魔王城の中に入ったのだと理解できなかった。どうみても教会、もしくは礼拝堂にしか見えなかったからだ。俺たちは、お互いに顔を見合わせていた。
だが勇者とイタカは違った。いつもなら騒ぎ立てる勇者が、いつになく静かだったのだ。
「とりあえず魔王城内にいるわけだけど、モンスターはいないから安心していいよ」
「なんでわかるのよ……そもそも、どうやって中に入ったっていうの」
「俺が魔王側の人間だからだよ」
イタカのはっきりとした声が、窓のない教会に響き渡った。
そこからイタカの告白が始まった。
最初こそマリーやミランダが口を挟んだが、とある話題からピタッと止まった。
「魔王討伐なんて言ってるけど、最初の魔王復活の余波が予想外に小さくて、帝国と公国に被害が行かなかったから来たんだろう……勇者様」
すぐに俺たちの視線は勇者に向いた。
いつもなら濡れ衣だなんだと騒ぐ勇者が、何も言わずに唇を噛んでイタカを睨んでいた。
「王国から色々な褒美を貰える上に、上手く帝国を潰せたらそこの領主として君臨することを約束されてるんだってね」
マリーが銃をかまえたが、イタカが風魔法で銃弾の軌道をそらした。
「待って、マリー。いま殺されたら困るんだ」
イタカに制されて、マリーは不満げに銃を下ろした。それを確認してからイタカは続けた。
「本当は公国領土の豊富な資源が狙いらしいけど、公国と友好関係にある帝国が邪魔だからね……確実に手に入れるなら、強大な魔王の魔力放出で吹っ飛ばすのが有効だね。俺たち聖堂教会が魔王の封印をしっかりしていたから失敗したけど」
「まっ、待ってください!」
ミランダが慌てて叫んだ。何を言いたいのかは俺でもわかった。
「そ、そ……れでは、魔王は、もう……」
震えるミランダの消えそうな声に、イタカはにっこり笑った。
「うん。魔王の力は俺が調整してるから脅威ではない……むしろ今は帝国に対抗しようと武器を調達している王国が脅威かな」
そこで、黙っていた勇者が動いた。
イタカに恐れることなく近づき、その胸ぐらをむんずと掴んだのだ。
「どこでそれを知ったんだよ」
「魔王と魂を繋げてからさ。魔王討伐のどさくさに紛れて帝国に被害が及ぶようにしたかったんだろうけど、残念だったねぇ」
「道中やけにモンスターが出ねえと思ったらお前のせいか」
「今更気づいたのかい? 俺が魔力を調整しているんだ。他のモンスターに影響が出るようなヘマはしないさ」
「てめぇ……!」
勇者は拳を振り上げたが、それがイタカに当たることはなかった。小さな雷が勇者に落ちたからだ。言うまでもなくイタカの魔法だ。
小さく痙攣しながら倒れた勇者をよそに、イタカは俺たちのほうに目をむけた。
「なぜ殺さないんだ」
「勇者様が死んで転生されたら、また魔王を倒しにくるだろう? 魔王も俺も、ただ寝ていたいだけなんだ……モンスターだって魔王が完全に起きなければ脅威にはならないよ」
利点が多いだろうとイタカは笑う。その笑みはいつものイタカと変わらないはずなのに、俺は背筋が寒くなった。
「まるでお前が魔王みたいだな……」
思わずこぼれた言葉に、イタカは怒るでもなく噛みしめるように頷いた。
「見方によってはそうだね。そうだな……王国が対帝国に向けて準備している武器庫の大体の場所と数を教えてあげようか」
イタカの突然の提案にマリーが反応した。
「なんでそこまでしてくれるの? あたしたちがそいつを見捨てるのは当然として、イタカになんのメリットがあるの?」
「勇者様が魔王を倒さない限り、いくら無害でも刺客を送られるかもしれないだろ? いちいち相手をしてたら俺も寝れないからね……上手くやってほしいかな、なんてね」
イタカは俺たちの返事を待たずに、懐から丸めた羊皮紙を取り出した。
「ここに大まかな王国の城内図を記しているから、これを参考にしつつ、三人で上手く動くといい。黒く塗りつぶしているところが武器庫と重要書類の場所だから──」
俺は差し出されるがまま、羊皮紙を受け取ってしまった。突き返すことができず、そのまま荷物にしまい込んだ。
その時、いきなり勇者が剣を抜いて飛び起きた。
周りのことなどお構いなしに剣を振るので、俺はミランダを背に下がった。
「イタカァ! 知らないとは言わせねぇぞ! おれの剣でしか魔王は倒せないんだ! つまりだ、お前を出し抜いて魔王を斬っちまえばお前も死ぬんだろ! 上等だよ! やってやるぜ!」
感電して悪い頭がより悪くなったように見えた。いち早く後ろに跳んだマリーが哀れみの目で見ている。
「おいコモドール! お前らはどうにか脱出しろ! それでおれの影武者を作って、国王に魔王討伐完了の報告をしろ!」
「意味がわからないんだが」
「おれが魔王を倒してる間に、その影武者に討伐報酬を賭け事でもなんでもいいから増やしておくように指示しろ! おれが戻るまでだ! 魔王を倒した暁には、その影武者を殺しておれが戻れば、時間がかかる分だけ得するだろ!」
俺はため息しか出なかった。人のクズだな。他の三人は似たような顔をしていた。
こいつが勇者など、それこそ間違いであってほしかった。
「ミランダ、魔王城の近くの土で人形を作って、コレを頭部に埋め込むといい」
呆れ顔でイタカは勇者の髪を乱雑に掴み取り、ミランダにわたした。
「君の魔力を込めれば、よく似たモノができるよ」
「ええ……」
ミランダは手を震わせていたが、落とさないように両手で大事そうに握った。
「じゃあ後は頼んだぞお前ら! おれが戻るまで影武者が死なないように見とけよ!」
そう言って勇者は呆れ顔の俺たちをおいてわきの通路を走っていった。
「イタカ……その、大丈夫か?」
万が一にも魔王を倒すことがあれば、と俺は声をかけたがイタカは薄ら笑いをするだけだった。
「魔王は隠し通路の先にいるし、まず魔力がないと開けられないから大丈夫だよ。それよりも、みんなを外に出す方向でいいのかな」
「ああ、頼む。あの馬鹿のことはともかく、帝国と王国の戦争は最小限の被害になるようにしないとだからな」
「ここを出たらすぐに帝国に手紙を出すわ。そうしたらあたしたちが王国に戻る間に軍の準備ができるわ」
「ああ、あの、でもそうしたら王国の戦力を削がないとですよね……どうやってお城に忍びこみましょう」
「魔王討伐の功績を利用して城に泊らせてもらえばいい。マリーとミランダは国外の人間だ。部屋を用意するように頼めば、無下にはできないだろう」
「完全に魔王討伐完了と言うには……やっぱり勇者の影武者は必要ね、すごく嫌だけど」
「本人の髪を入れるから言動も本人に似るから、まあバレないと思うよ」
「最低ね、イタカ」
「そこは協力してあげるんだから感謝してほしいかな」
「あ、あの、イタカさん、ありがとうございます……魔王側の人間だとおっしゃっても、一緒に旅をしたイタカさんと、今のイタカさんは変わりません。だから、その……」
「いいよ、ミランダ。みんなもいいからね? 勇者を此処に誘き寄せるついでに王国を潰す面倒を押し付けただけなんだからさ」
そう言ってイタカは再び手を叩いた。
俺たちは気がつけば外にいた。ただ先程と違うことがあるなら、目の前にあった魔王城が消えていたことだ。さっきまで確かにそこにあったのに。
だがそれを気にしている場合ではなかった。
ミランダはすぐに勇者の影武者を作り、マリーは近くの街から帝国へ手紙を送った。
俺はイタカからわたされた羊皮紙を、無くさないように懐にしまうようにした。
影武者は、土でできた人形とは思えないほど本人と似ており、その言動も本人そのものだった。
王国に戻るまでにマリーと何度か口論をしていたが、すぐにただの人形だからとマリーが折れていた。さすがにおやつを奪われたときには荒れていたが。
それでも、俺たちはわかっている。
俺たちは、勇者を置いてきたのだと。
俺たちは勇者を置いて帰還しました 朝乃倉ジュウ @mmmonbu
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