第2話

きっとどこかの外国人との間にできたんだろうと思っていた。

日本人離れしたこの色は周囲に溶け込むには不利で、小中学校の頃は馬鹿にされることだってあった。

でも、母さんはこの色が好きだって言ってくれたから。

だから、あったこともない父親との繋がりだったけど好きでいられたんだ。


拝啓、顔も知らない父さんへ。俺は初めてあなたが嫌いになりました。




 駅まで徒歩十数分の道を自慢の身体能力で休むことなく駆け抜けたおかげで、何とか電車に間に合ったものの、頭の中は朝の母から告げられたことでいっぱいだった。

正直、あの意味の分からない説明を聞いて本気で信じるのは無理がある。

母さんが騙されているか、それこそ本人は否定していたが変な薬でも吸ってしまったというほうがまだ現実味がある。


 そんな風に考え事をしていたら電車はいつの間にか学校の最寄り駅に到着していた。

慌てて「すみません、降ります!」と声をあげながら人波をかき分け、扉が閉まる寸前で何とか降りることができた。

あわや乗り過ごすところだった緊張から、大きく息をついた後リュックを背負いなおし改札へ向かった。

 彼の通う大学は神奈川県で一番の都市、縦川たてかわの中心にある「縦川市立大学」だ。一般的な文系理系の学部だけではなく、体育学部や芸術系の学部も存在し、県内で最も大きな大学である。そんな中、光汰は幼いころからの夢である教師になる為、今年から教育学部に籍を置いていた。

 大学までの通り道でクラスメイトの一人と出会い挨拶を返しながら歩いていると、背後から突き刺さるような視線を感じ振り返った。

視線のもとをたどると、そこにいたのは梅雨も過ぎ蒸し暑くなってきたというのに長袖を着込んだ、おそらく同じぐらいの年の茶髪でガタイのいい男がこちらをねめつけるように見ていた。一体何なんだと思いつつ、授業に遅れないように歩き始めると、つかず離れずの距離でずっとついてくる。振り切るように競技並みの速さで進むと流石についてこれなかったのか、大学につく頃には見えなくなっていた。

「マジで何だったんだあいつ、どこかで会ったことあったか?っと、とりあえず授業急がねえと。」

キョロキョロと後ろを確認し構内に入っていった数分後校門にやってきた茶髪の男は「アイツ、足は速すぎんだろ」と肩で息をしつつ周囲を見渡し、既に光汰の姿が見えないことを確認すると舌打ちをしながら中へ入っていった。


 講師が急病で休みだったため授業が午前中で終わった光汰は、朝の話の続きを早くするべくクラスメイトに遊びに誘われるも断り足早に大学を出たが、門を越えてすぐに登校時にらみつけていた男に肩をつかまれた。「うわ」とこぼしあからさまに嫌そうな態度に、顔をしかめながら男は「ここでやるわけにもいかねえだろ、移動するぞ」と言い右腕の袖をまくった。そこにあったのは、朝いつの間にか自身の腕についていたものと同じようなデザインの金でできた腕飾りだった。

思わず「それって俺のやつそっくりな…」と呟くと、怪訝そうな表情を浮かべた。

「そんなん当たり前だろ、俺もなんだからよ。」

初めて聞くフレーズについ「契約者?」と返すと「は?とぼけてんのかお前。…とりあえずついてこい、人目につかねえ場所を知ってる」と言い歩き出す。その背中を困惑した表情で見つめると少ししたところで立ち止まり「ぼさっとしてんじゃねえよ!」と声を荒げてくる。ほかの学生の視線が集まっていたこともあり渋々後についていくと、近くの河川敷についた。確かに住宅街からも離れておりあまり人が来ることのなさそうな場所だった。

「それで、一体俺に何の用なんだ?」

そう声をかけた瞬間、殺気を感じ思わず後ずさる。すると先ほどまで自分の頭があった部分をブンッという風を切る音とともに何かが横切った。

音源へ目を向けると、目の前の男がいつの間にか手にしていた日本刀だった。

「あっぶねえな!何しやがんだよ。こんなところまで連れてきやがって。」

「なんだも何も、お前だって立征戦りっせいせんの参加者だろうが。ならやることは一つだ。」

そう言うと、持っている日本刀を構え切りかかってくる。高い身長と恵まれた体格から繰り出される攻撃は明らかに素人のそれとは違う太刀筋にしっかりと体重が乗っており、驚異的だ。持ち前の身体能力で何とか避けるがかわし損ねた攻撃によるダメージが少しずつ溜まっていく。

「知らねえって、りっせいせんなんてもの!俺はそんなものに参加してねえよ。」

攻撃を止めるため何とか声をかけるが、まるで聞く耳を持たない。「どうしろってんだよ」とこぼしながら近くに落ちていた角材を拾い見様見真似で構える。相手より武器や身長、技術では劣るものの類い稀な能力で何とか互角にやりあっている。

だがその均衡もすぐに崩れた。鋭く鍛えられた日本刀の横薙ぎには、雨水にさらされていた角材では耐えきることはできず真っ二つに切れてしまった。「マジかよ」と呟きながら二つに切れた角材を顔に向けて投げつけ相手がひるんだ一瞬に超人的な瞬発力で近づき、あごに向かって強烈な一撃を繰り出した。あまりの速さに反応することもできなかった男はその見事な攻撃を受け、「畜生。すまねえ、千楓。」と言い残し昏睡した。

「はあ、はあ。何なんだよ、本当に。」

突然真剣で切りかかられたこともあり、疲労がたまっていた光汰は情けなく尻もちを搗きため息をついた。


 男が倒れてから10分ほど経ったころ、ようやく意識が戻ったのか勢いよく上半身を持ち上げ頭を押さえながら呻いていた。

「あ、起きた」と思わずこぼれた声に反応してこちらに振り向いた。

「なんで、とどめを刺さなかった。あの状態だったら簡単にやれただろうが。」

「嫌なんで殺さなくちゃいけないんだよ。俺はその立征戦なんてものは知らないんだって。」

その言葉に「は?どういうことだよ。」と呆然とした表情を浮かべた。

「だーかーら、それは俺のセリフなんだってば。」

光汰のやれやれといった仕草に苛立ちながら「おい、ビャクヤ。どういうことだ。」と自身の足元に向かって声を上げると、突如影がうごめきだす。驚きながらも観察していると影は次第に形を変え、最終的にはまるでデフォルメしたミノタウロスのような姿になった。全身が黒塗りされたように真っ黒で凹凸もわかりにくいそれは、左耳についた耳飾りを揺らしながら鋭く透き通るような紫の瞳でじっとこちらを見つめてきた。得体のしれない何かに見つめられるのは流石に居心地が悪く、「ええーっと、何か?」と尋ねるが気にせずにずっと見つめてくる。一向に話し出さないことにイラついた男がもう一度「おい」と呼びかけると、やっと視線をそちらに向け口を開いた。

「どうやら参加者ではないようだ。しかし、不思議な気配がする。まるで人間と魔神、両方の性質を持っているようだな。」

石像のように固まっていたのが急に動き出したのに驚き「うわっ」と声を漏らす。

「はあぁ?何なんだよそれ。これがついてるやつは、全員参加者なんじゃねえのかよ。」

「ああ、基本的にはそのはずなのだがな。」

その返答に頭を掻きながら「つまり俺は関係ない一般人に切りかかっちまったてことか」と小声で呟いた後、こちらを向きガバリと頭を下げる。

「すまねえ、俺の早とちりでケガさせちまった。慰謝料やら治療費なんかはちゃんと払うから安心してくれ。」

まるで先ほどとは別人にでもまったかのような態度の変化に、つい苦笑いを浮かべてしまった。

「いや別に大したケガしてないし、慰謝料なんかはいいんだけど。そんなこと言ったら俺のほうこそ、重いの入れちゃったし悪かったよ。」

「あれはマジで脳みそ揺れたわ。あと、ホントに悪いが出来れば今日のことは他言無用で頼む。…じゃあ、俺はもう行くから。」

もう一度軽く頭を下げると、立ち上がり足早に去ろうとする男の進路をふさぐように立ち、急いで引き留める。

「待って待って、いろいろ聞きたいことがあるんだけどさ。そのりっせいせん?ってやつが何なのかとか、この腕輪の事とか。それにその魔神てのが何なのか、よくわからないんだけど。」

怒涛の質問を受け、困った顔で「いや、それは…」と言いよどみ隣にいる黒い怪物に視線を向けるが、「契約違反にはならない。好きにするといい」という返答に大きなため息をつくと仕方がなさそうに座り込み腕を組んだ。

「わかった、話してやるよ。」

そう言いながら持っていたリュックを開け、中から大き目の箱を取り出した。




「だが、とりあえず先に傷の手当するぞ。」

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逢魔が時を越えるまで。 藤原ゆう @kdm4456

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