逢魔が時を越えるまで。

藤原ゆう

第一章 最悪の誕生日

第1話

小さいころからずっと不思議に思っていた。

三階ぐらいまでなら簡単に飛び越えられるぐらい、他人ひとより優れた身体能力に。

母親は普通の日本人らしい黒髪黒目なのに、俺は何故か金髪碧眼であることに。

何より父親の写真が一枚もないことが、俺はずっと疑問だった。


でもさ、だからって魔神の子だっていうのは流石に意味が分からないんだけど。




暑さが厳しくなり始めたその日は俺の誕生日だった。


 一年で最も日が長くなる日に生まれたものの、クーラーっ子だったあかつき 光汰こうたは昨今の茹だるような暑さに堪え切れられずにその日も扇風機と冷房をつけたまま、いつもより早く訪れた眠気にあらがうことなく眠りについた。

頭に響く独特の電子音で目を覚ますと、カーテンの隙間から太陽光が突き刺すように差し込んでくる。

それを遮るように手をかざすも、どこか違和感がある。

(手に違和感がある?いや違うな、何か手首についてる。)

ベッドから起き上がり手首を撫でながらついているものを確かめると、おそらく金で作られた変な模様が刻まれた、見覚えのない腕飾りがあった。

「なんだこれ?つか、こんなものみたこともないんだが。」

とりあえず外そうと留め具を探すも見つからない。「マジかよ」と悪態をつきながらもスマホを見ると学校の時間が迫っていることに気づく。急いで着替えると洗面所に向かい顔を洗うがその際に耳元で何か固いものが指をかすめる。顔を上げると腕についているものと似たデザインの耳飾りがついているのがわかる。軽く触ってみて外れなさそうなのを確かめると今は外すのを諦めワックスで髪を整えた後、リビングへ足を向けた。

「おはよ、母さん。腕と耳に見たことないアクセサリーがついてるんだけど、何か知らない?」

 あくびを噛み殺しながらテーブルのほうへ目を向けると、傾国の美女といえるような雰囲気を漂わせた女性が、机の上で手を組みながら不格好な笑顔を浮かべ「おはよう、光汰。」と返事を返した。

明らかに何かあっただろう気配を出す母に「なに、どうしたの。なんかあったの。」と言いながら対面する席に座り朝食を取り始める。今日は彼の誕生日だったこともあり、食パンとハムエッグのほかに、好物のホットドッグも用意されていた。

彼女はあっという間に料理が減っていくのを眺めた後大きく深呼吸をし、意を決したのか真剣な表情で口を開いた。

「話さなくちゃいけないの、あなたのお父さんのこと。」


 正直驚いた。今まで父のことを聞いても毎回ごまかされてきたから、聞いてはいけないことだと思っていた。だけど、

「なんで今更父さんの話をするのさ。ていうか、もうすぐ学校だから帰ってからにしてよ。」

俺にとっては父親のことに対する興味よりも、19年間も何も教えてくれなかったことへの憤りのほうが大きかった。

話を続けたくなくて残った朝食を口いっぱいに押し込むように食べ終えるが、いつものぽわぽわした雰囲気に似合わない、気迫の乗った勢いで名前を呼ばれた。

「駄目よ。今すぐじゃなきゃいけないの。聞いてちょうだい。」

 こんな強情な母さんを見るのは初めてだった。いつも「しょうがないわねぇ」と人に合わせてばかりなのに今は決して引かないという覚悟さえ感じられる。

「わかった、ちゃんと聞くよ。でも学校行く時間が迫ってるのはホントだから手短にね。」

 そう返すと母さんは安堵の表情を浮かべ、組んでいた手を解いた。

「そうね、手短に話すと実はあなたのお父さんは人間じゃないのよ。」

 …は?


「いや、いやいやいや。何急に、深刻そうな顔したかと思ったら冗談?俺ホントに学校近いから、そういうのはまた今度にしてよ。」

 困惑の表情を浮かべたまま立ち上がり部屋に足を向けたが「待って、まだ続きがあるの。」とすがるように言われ、渋々向き直り椅子に座りなおす。

「あなたのお父さんはね、なのよ。」

「…もしかして母さん、変な薬でも吸った?」

「吸ってないわよ!」

 まるでアニメキャラのようにプンプンという擬音が聞こえてきそうな仕草をしながら「まったくもう、失礼しちゃうわ」と、ふてくされたように呟く。リビングに入った時のような思いつめた雰囲気はなくなり、少しリラックスしたような顔になったのを確認すると残っていた水を飲み干し、続きをただすように視線を送った。

「ごほん。それでね、魔神っていうのはなんかこう、すごくてかっこいいのよ。」

「全然伝わってこないんだけど。」

 あまりによくわからない説明に頭を抱える光汰に対して、とりあえず話せたことに満足したのか時計を見て「あらいけない、もう出ないとまずいんじゃない?」と完全にいつものペースに戻っている。つられるように時計を見ると、いつの間にかいつも家を出る時間を過ぎていた。

「マジかよ。ちょ、帰ってきたら詳しい話聞くから。とりあえずいってきます!」

 足をもつれさせながら急いで部屋からリュックをとり、家を飛び出ていく後姿にゆるく手を振りながら「いってらっしゃーい」と見えなくなるまで見つめた後、胸元にあるペンダントを握りしめ祈るように固く目をつぶった。


「光汰のこと見守っていてね、ザンヤさん。」




「あ、いけない。魔神のこと全然教えれてないわ。…どうしましょう、巻き込まれてないといいんだけど。」

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