If you know the defeat, it ’s like half won

るつぺる

やがて昇る陽の光

 男はまだ死んでいなかった。パイプ椅子に縛り付けられ、散々殴られた顔は腫れ上がり、口元からは血糊が混ざった唾液を垂らしている。男の名はラザロ・ベタニア。鍵屋だった。ラザロはその日、電話での依頼を受けて鍵の修理に向かった。彼が勤める店舗からギリギリの出張圏内であったもののその辺りは住宅も疎らで殆どひと気のない町である。訪れてみると豪勢な屋敷だった。ラザロは門の前で些か不審に感じる。何故にこんな屋敷に住う、おそらくは金持ち風情がなんの変哲もない、遠方で田舎の鍵屋なんぞにわざわざ依頼してきたのかと。ともあれ仕事である。四の五のと考えるのは止して呼び鈴を鳴らした。中から現れたのは一風変わった男性だった。首から下は高級と一見してわかる燕尾服で整えてあるものの顔には奇妙な面をつけていた。梟、或いはミミズクだろうか。声色から察するに老人と思しき男性は自らを屋敷に仕える執事だと明かし、チャールストンと名乗った。ラザロはチャールストンの案内で屋敷の中へと通される。随分と長い廊下の道中でラザロは「修理は?」とチャールストンに尋ねる。執事は奥の部屋だと答え、先ずは旦那様、つまり屋敷の主人との面通しを願うと告げた。ラザロは屋敷内の静けさを不気味に感じた。導き手の老人もまたどこか奇怪で、依頼を受けたことを後悔し始めていた。

 ラザロは客間で待たされている間、チャールストンの用意した紅茶を二、三度口に含み邸内を見回した。金持ち特有の調度品に囲まれた部屋はラザロのような小市民には縁遠く、興味こそ惹かれど全くもってその良さがわからないでいた。しばらくして屋敷の主人が姿を見せる。これまた奇妙な風体だった。恰幅の良い体格は富豪のそれであったが顔には目出しの布頭巾を被っている。ラザロは火傷を想像した。主人はチャールストンに耳打ちすると、彼がそれをラザロに伝えた。ラザロは回りくどさを感じつつも依頼内容の大体を理解し、それに従って奥の部屋へと向かった。そこには鉄製の古い扉があり、いかにも頑丈で重々しい雰囲気を放っていた。ラザロは早速道具箱を開いて細い針のような棒を二本取り出す。それを器用に鍵穴の中で動かして探ってみる。鍵穴を声を聞け、などと師匠である店長から教わったラザロは扉に耳を寄せて目を閉じた。五分ばかりが経つと鍵穴はカチリと音を立てた。そばで見守っていた主人の耳にもそれは届いたようで、表情こそわからなかったもののそれとなく嬉々とする態度が伝わった。ラザロは立ち上がり領収書を切ろうとしたその刹那、チャールストンが知らぬ間に携えていた、火かき棒だろうかそれをラザロの頭部に目掛けて振り翳した。ラザロはわけがわからぬまま気を失った。

 次に彼が目覚めた時、身体の自由は奪われていた。頭は先程の衝撃からくる痛みで重く、ぼやけた視界では判然しない薄暗い部屋にいた。屋敷の家具としては似つかわしくない安っぽいパイプ椅子に縛られ、足元には何やら重しが取り付けてあった。

「気が付かれましたか」

 チャールストンの声だった。ラザロは怒りに任せて唾を吐きかける。チャールストンは手の甲で唾を拭い、鳥を模した面を外した。

「教育がなってませんね」

 そう言って顔を近づけたチャールストンにラザロはたじろいだ。ひどく爛れた顔つきがチャールストン自身の持っていたランタンに照らされて顕になる。その傷跡には穴が幾つか空いていてその穴から穴へと蛆のような何かが行き来していた。思わず叫び声を上げたラザロだが、チャールストンは「どれだけ大声を出しても助けは来ない」と言った。ラザロは動揺の中で、果たして目の前に立っているのは人間かと自らに問うた。どちらにせよチャールストンは異常者で、自分は今人生の危機に直面していると悟った。

「旦那様がお食事の準備中でございます。客人は今しばしのお待ちを」

 そう告げるとチャールストンは部屋の外へと出て行ってしまった。好機はこの時しかないとラザロは思った。彼は作業服の胸ポケットに忍ばせた十徳の感触がまだあることに気づく。辛うじて奪われていない。しかしコイツをどう手に取るかが問題だ。後ろ手に縛られ、足首に纏わりついた重みで、身体を揺さぶったくらいではどうにもならない。ラザロは襟を噛み、上着を引っ張り上げてみようとした。腫れた唇が酷く痛む。口の中には血溜まりが出来て鉄の味がしていた。どうにかポケットを手繰り寄せたが中には届かない。そこで次に身体を勢いよく揺らして転んだ。これは上手くいった。転んだ拍子に十徳がポケットから飛び出した。しかし思ったより遠くに落ちる。ラザロは必死で肩を使いながら床を這いまわった。その時、床を伝って部屋に近づく足音が聞こえた。ラザロは額を床に打ちつける。チャールストンだった。

「行儀の悪いお方だ」

 チャールストンはラザロの顔面に目掛けて蹴りを入れる。鼻骨が砕ける音がして血が噴き出た。ラザロの絶叫が室内に響く。彼は半分諦めかけていた。自分はここで殺される。もう助からない。思えばクソみたいな人生を送ってきた。十代で孤児になり、地元のギャングに入った。せこい犯罪で日銭を稼ぎ、社会の規範に反き続ける日々はじつのところ性に合わなかった。しかしながら引き返すことも出来ず、離反に対する報復を恐れて楽な道に逃げていた。そんな頃、鍵屋の店主マクダネルに出会う。はじめは暴行を加えて金品を奪い取るつもりで彼を狙った。ところがラザロはあっさり返り討ちに合う。よく見れば屈強な体つきの中年だ。ラザロはマクダネルに引き摺られて彼の住まいに案内された。振る舞われたシチューはじつに素朴な味をしていたが、ラザロ自身が忘れかけていた正しさがそこにあった。恥じぬよう、正しさを生きろ。マクダネルがラザロに教えた幾つかの訓示の一つ。ラザロはギャングを抜けた。足を洗った直後はマクダネルにも嫌がらせがあった。店に酷い落書きをされたり、動物の遺骸を出張用のバンに投げつけられたり。それでもマクダネルは動じず、ギャングの嫌がらせをとことん無視し続けた。ラザロにもそうするよう諭した。根比べだと言って「正しい生活」を続けさせた。そのうち嫌がらせはなくなった。やがて成人を迎えたラザロは懇意にしていた女性にプロポーズした。ジヴァは東欧の血を引いていた。褐色肌の健康的な身なりとは裏腹に物静かな女性だった。何度かのデートを重ねる内に好意は愛情へと変わった。意を決したラザロは純粋そのものだった。純粋ゆえに盲目だった。ジヴァはかつてラザロが所属していたギャングチームのボス、ケーニッヒの女だった。ジヴァにプロポーズしたその日、ラザロは待ち構えていたケーニッヒにひどい暴行を受けた。薄れゆく意識の向こうで哀しげな顔をしながら「ごめんね」と告げたジヴァの顔は今でも時折思い出す。まさに今、あの時の悔しさが甦りつつあった。ラザロは精一杯の反撃のつもりでチャールストンの足首に噛み付いた。チャールストンは不意を突かれ叫び声を上げて卒倒した。しかし程なくして復活した彼は老人とは思えぬ力でラザロをしこたま殴りつける。意気のいい餌だと吐き捨て、再び部屋を後にする。クソ喰らえ。ラザロはかすれた声で囁いた。


 もう何時間も経ったかのような気分になる。生憎時計は見当たらず実際のところはわからない。ラザロは痛みに揺り起こされながらどうにか意識を保っていた。相変わらず状況は一変しない。様子を不審に感じたマクダネルが助けに、或いは警察にでも通報してくれることを願うより他ない。そんな折、ラザロのもとに予期せぬ訪問者が現れた。

「幻か」

 思考が口から漏れ出た。ジヴァ・カイルセン。かつてラザロが愛した女は憐憫の表情でラザロの頬に手を添えた。

「騒がないで。お願い」

「本物なのか」

「感触はない? 助けに来たの」

「笑わせる」

「あの時はごめんなさい。でもケーニッヒとは別れた。あれからずっと真実の愛について考えていたの」

「コメディアンを目指せ。向いてる」

「本気よ。でなきゃこんなヤバいところに忍び込んだりしないわ」

「どうして俺がここにいると?」

「ごめんなさい。あなたをつけてきた。声をかけたくてチャンスを探してた。その時がまさかこんなことになるなんて思わなかったけれど」

「奴らのことは知っているのか」

「ここで起きたことだけ。異常者なのはよくわかったわ」

「あのイカれ爺をよくやり過ごせたな。また俺を嵌めようって算段か。グルじゃないだろうな」

「ラザロ、あなたに疑われるのは無理もない。けれど信じてほしい。あなたにこれを」

「銃……なんだってこんなもの」

「ケーニッヒと別れる時に持ってきた。いつかアイツにぶち込んでやろうって」

「テメーの傷心を癒す材料にしないでもらいたい」

「ラザロ、一緒にいるとかえって危険かも。だからあなたにはこれを渡しておく。私のせめてもの償いに。お願い。生きて」

 ジヴァはラザロにくちづけを交わす。ラザロは愛情を消し去れない自分に腹が立った。同時に生きたいという活力の湧き起こりを意識する。ジヴァが先に部屋を出て行くと、ラザロは彼女に手渡された銃を握りしめた。一瞬マクダネルの顔が浮かんだ。けれど次の瞬間にはチャールストンに対する殺意でいっぱいになる。帰る前に殺す。ラザロは決意と共に扉を開けた。


 屋敷は思っていたより複雑な構造をしていた。廊下は永遠とでも言うように長く続いており、途中には何かしらに繋がる扉が十を超えて存在した。チャールストンの言葉を思い出し、ラザロは厨房を探した。食卓の準備に際してチャールストンがそこにいる可能性は高い。或いはダイニング。ラザロは息を潜めつつ邸内を探索する。

「お客様」

 ラザロは背筋に冷気を覚えた。振り向きざまに銃を構える。そこには幼いメイドが立っていた。

「困ります。お時間までお部屋にお戻りくださいまし」

「ガキが指図するな! 俺は躊躇しない」

「お部屋に、お戻りくださいまし」

 ラザロは安全装置を解除した。どう見ても子供だったがその威圧に気色の悪さを覚える。

「お部屋にお戻りくださいまし」

 ラザロは迂闊にも引き鉄をひいた。弾道はメイドの足元に穿つをつくる。響いた銃声にチャールストンが気づいた可能性は否めない。ここに留まるのは拙いと考えた。ラザロはメイドを突き飛ばして走り去った。転んだメイドは倒れ込んだままラザロを睨みつけていた。ラザロは第一目標を生還に変更する。


 一向に出口は見当たらない。ジヴァの行方も分からず終いだ。ラザロは孤独感に耐えながら、ずっと痙攣したままの太腿を押さえつけた。あれからメイドはおろか、チャールストンや屋敷の主人にも出会さない。この果てしない迷路の中でラザロはただただ疲弊していく肉体と精神に気がおかしくなりそうだった。血の混じった汗が滴り落ちる。

「お客様」

 ラザロはもう躊躇わなかった。相手が子供であろうと自分の命に変えられない。銃弾は二発、メイドの頭部と腹部に命中。反動からくる震えとは別に、全身を駆け巡る悪寒。踏み越えてしまった事への後悔はギャング時代にも経験しなかったそれである。ラザロは何かに祈らずにはいられなかった。その祈りを聞き遂げたのであろうか。ラザロは殺人者にならなかった。しかしそれは罪を纏うことよりも恐怖である。メイドは立ち上がり、制服の埃をはらうとラザロのほうを向いて笑った。ケタケタと不気味に引き攣った口角はやがて大きく裂けて、メイドの顔が裏返るようにしてその"中"が飛び出す。見たことのない形をしていた。コウモリのような大きい翼、しかし皮膚は剥き出しの肉のように赤みがかり、丁度ラザロが撃ち抜いた頭部からは噴水のように血がしぶいていた。それは壁に張り付いたかと思うと首をカタカタと動かして、どこかラザロの様子を伺うように見えた。ラザロは本能の赴くままに銃を撃っていた。ところがそれは恐ろしい速さで反対側の壁に飛び移り、ラザロの銃弾は見事に躱された。そして次の瞬間にはラザロの身体に飛びついたかと思えば、そのまま押し倒されて、ラザロは怪物の口から滴る粘液を浴びた。悲鳴をあげ、どうにか逃れようと怪物を突き飛ばしたラザロはそのまま脇目も降らず逃走をはかる。様々な感情がラザロの内側を駆け巡るも、どれ一つとして明瞭な回答は得られなかった。

「どこだ! ジヴァ!」

 空前絶後の恐怖の中でラザロが求めたのは女の温もりだった。人間が人間であるために得られる快楽を欲し、平常心を保とうと必死であった。不意に冷静になって残りの銃弾が何発かと不安になる。子供のメイドであの始末。チャールストンや屋敷の主人は一体何者だ。それもどうだっていい。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない、ラザロの心は折れかけていた。どんなに走っても見えない出口、終わりなき旅は度を超えて苦痛。気づけば銃口が自身の側頭部に向いていた。

「ラザロ!」

 ジヴァの声で彼はようやく正気を取り戻した。それも束の間、ジヴァの元へと駆け寄ったラザロは半泣きで遭遇した出来事について捲し立てるように話した。

「落ち着いてラザロ。よく分からないけど私たちとんでもないところに迷い込んだのね……出口を探すわ。一緒に逃げましょう」

 女の強さが頼もしかった。比べて自分がどれほど情けないかを痛感する。ラザロはようやく気を取り直すと、せめて愛した女の前では強くあろうと誓った。

「このままじゃ闇雲に体力を減らすだけだ」

「どうする気?」

「爺を探す」

「正気!?」

「ああ、それが一番の近道だ。直感だがな」

 二人は邸内を回る内にようやく客間を発見する。相変わらず趣味の悪い装飾はその度合いを増して思わせた。

「クソッタレ、飲んじまった」

 飲みさしで放置されたティーカップを払い飛ばし怒りを露わにするラザロ。そこへようやくチャールストンが登場した。

「探しましたぞ」

「奇遇だな糞爺。俺もあんたに会いたくて仕方なかった」

「本気で助かると?」

「出口に案内しろ! さもなきゃテメーの脳髄をぶち撒けてこの悪趣味な部屋の飾りにしてやる!」

「ではそろそろ終いにしますかな」

 チャールストンは壁にかけられたサーベルを手に取り構えた。すかさずラザロは発砲する。ところが老人は素早い身のこなしで飛び跳ねそれを躱すとラザロとの間合いを一気に詰めて肩から目掛けて斬り払った。ラザロは呻き声をあげて突っ伏した。ジヴァは恐怖のあまり立ち尽くしている。

「次で終いです」

 チャールストンは再びサーベルを構えて、屈み込むラザロに近寄った。

「ッタレ」

「何か申しましたかな?」

「クソッタレつったんだよ!」

 ラザロは力を振り絞ってチャールストンの懐に突進すると共に倒れ込んだ。そのまま老人の腹部にタンタンタン、三発発砲した。チャールストンは血を吐いて言葉を失った。ピクピクと全身を痙攣させ怯んでいる。

「すまない、聞き出せなかった」

 立ち上がったラザロは落ち着きを取り戻していた。

「大丈夫なの」

 心配そうにラザロを抱きかかえるジヴァ。

「とにかく手当てを」

 背後で蠢く闇。異質な力によって突き動かされるチャールストンの姿はもはやこの世のものではない。全身に回った蛆は彼の皮膚という皮膚、加えてその肉質を全て食い尽くし白骨化させている。這い回る蛆が骸骨にとっての筋肉の役割を果たし、再び勢いを取り戻したチャールストンが襲いかかる。

「ダメ!」

 いち早く危機を察知したジヴァは体勢を反転させチャールストンの追撃を背に受けた。剣撃は重く、ジヴァの身体に食い込み、彼女は肩から千切れかかっていた。

「ジヴァァァアア!!」

 気味の悪い声色で雄叫びをあげるチャールストンは続けてラザロを狙う。

「クソ野郎が! 死ね!」

 残弾を撃ち尽くし、怯んだ骸骨を拳の先が裂けるまで殴りつけた。奪い取ったサーベルを頭蓋骨目掛けて突き立て、それを砕くとチャールストンの身体から蛆が離散し、やがて動かなくなった。ラザロはジヴァに駆け寄って必死で声をかけたが彼女の耳にはもう届かなかった。ラザロはしばらくジヴァの遺体を抱きしめたまま虚ろな目つきでその場にとどまった。

「メシは、メシはマダカアアアア!!」

 巨体を揺らして扉を突き破りながら屋敷の主人が姿を表した。ラザロはもう取り立てて驚きはしない。音の立つほうへと静かに振り向き、ジヴァの身体を椅子に下ろして立ち上がった。先程チャールストンから奪い取ったサーベルを拾いなおすと暴れ狂う肥満男に向かっていく。主人のストレスは頂点に達し、自ら被っていた頭巾を剥ぎ取った。そこには無数の貌があった。悲しむ者、怒る者、歓喜する者、様々な感情をそれぞれが携えていたが本体は空腹でトチ狂っている。

「化け物が」

 ラザロは首を跳ね飛ばした。主人の身体は血飛沫を上げながらそれでもなお食事を求めて暴れ回っていた。徐々に膨張する身体はやがて大きな肉塊となり部屋の壁を破壊し始めた。荒れ狂う肉はラザロをディナーと認めたのか突進してくる。ラザロは考えた。このまま怪物に屋敷を破壊させてはどうだろうか。彼は椅子の上にもたれかかったジヴァを一度見つめた。そして肉塊に向き直るとそれを挑発するかのように走り出す。肉の怪物はラザロを追う中でさらに肥大化し邸内を破壊していく。逃走の中でラザロは自身が解錠したあの鉄扉を発見した。その前まで走り、立ち止まる。肉はラザロ目掛けて猛追し眼前に迫った。ラザロはもう半歩といったところまで怪物を引き寄せ、寸前で右に転がり込む。怪物はそのまま鉄扉を突き破って奥に消えた。

「自分で開けれるんじゃねえか」

 ラザロは砕かれた扉の向こうに足を進めた。部屋の中で肉の怪物は何やら泣いているように見えた。脂肪を擦り寄せるその先には赤子を抱く女性の写真があった。先程までの狂騒はどこへやら、怪物は稚児のように泣きじゃくる。ラザロは思った。一体何がこの家に起きたのか。到底わかるはずもない。大人しくなった怪物にラザロは壁にかかるランタンの火を放った。熱などものともせぬ感動の中で怪物は物おじすることなく燃え盛った。好き放題壊された屋敷はミシミシと音を立て始め、さらに火の手が回ると崩れ去ろうとしていた。客間に戻ったラザロはジヴァのもとへ寄った。悲哀は彼の足を止め、このまま愛とともに朽ちることが美徳と定めた。旅を終わらせる、それが残された役目だと。しかしながらその脳裏ではマクダネルが言い放つ。

「正しさを生きろ」

 ジヴァは諭す。

「お願い。生きて」

 ラザロは首を振った。何度も違うと言った。正しさなんかクソ喰らえだと。今頃になって携帯電話が鳴った。マクダネルからだった。

「ああ、終わった。全部。ああ、わかってるよ。すぐに帰る。あんたに聞いてほしいことが山ほどあるんだ」

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