例外
湯舟に浸かっている間は、ここの人たちを覚えるのに使っていた。
曇ったガラスに名前を書きながら、どんな人かを言う。
「味美は、りょうり人。するどい目つきで、あく人みたいに見える。名まえは……ごう」
「本人を目の前にして言うな……郷はこう書く」
味美がガラスに「郷」と書いた。ここ一週間、この漢字が一番難しいと感じている。
「永山は、メイドちょう。きびしい人で、有馬のことがきらい。あさ、僕をおこす人。名まえは……志づ」
「津はこうだ……。有馬のことは嫌っていないと思うぞ……」
ガラスに書かれた「津」を見て、練習する。覚えた漢字は五回、難しいと感じたものは最低でも十回は書くよう、家庭教師に言われていた。
「
「名字だな」
「そうだった」
「みちるは、メイド。おとなの中で 一ばん小さい。せんたくものを ほす人。名まえ、じゃなくて みょう字は、
「……大人の中には姉小路より小柄もいるぞ」
「佐藤もメイド。いつも たいへんそう。せんたくものを もっていく人。十六さい。名まえは……わすれた」
「京子……だったはずだ」
味美が「京」の字と「子」の字を書いた。
「有馬は、おちょうしもので、目がほそい。いろんなことをしてる、執事。名まえは
「……正解だ。仕事は人事と経理。それから客をもてなしている」
「もてなして?」
「……客の、対応をしている」
「ふうん。ねえ、味美。きょうは おきていて いいんでしょ?」
「……構わないそうだ」
今日は大晦日だ。
朝、有馬が「カウントダウンしませんか?」と提案してきた。
永山は渋っていたが、大人の多数決により、カウントダウンをするということになった。
後で聞いたところ、日付が変わるまで起きているものだそうだ。一月一日は元旦で特別な日だから、多くの人が寄る遅くまで起きていて、新しい一年になる瞬間を祝うのだという。
それを聞いてとてもわくわくしていた。
いつもなら夜の十時に強制的に明かりを消されるのに、今日はもっと遅くまで起きていていいらしい。
これが、今日の特別な「すること」だ。
- † -
「としこし……そば?」
現在は夜の九時。なんと、今日は読み聞かせがないらしい。
部屋に佐藤がやって来たときは覚悟したが、来るなり読み聞かせはないと言われたので驚いた。
「は、はいっ! みなさんで、一緒に……お、お、お食べになりませんか!?」
「それなに?」
「ええと、ええと……と、年越しの前に食べる、お、お
前から思ってはいたが、佐藤は人と話すのが不得意なようだった。しかし声は大きい。佐藤の声より大きいのは、怒ったときの永山くらいだ。
「わかった。どこへいけばいいの?」
「こちらへっ……どうぞ! あ、あたしが案内いたしまする!」
きっと佐藤は、「です」「ます」のような、敬語を使うのが苦手なのだ。
そして連れて行くつもりらしい。おそらく食堂だと思うから、そう言ってくれたらすぐに行くのに、と思った。
「じゃあ、あんないして」
僕は椅子から下りて佐藤のもとまで駆け寄り、手を差し出す。ここでは、暗くなってから歩くときは誰かと手をつながなければならないのだ。
そして僕と手をつなぐとき、佐藤の緊張はたいてい最高潮まで高まる。
機械のような固い動きをしながら、部屋を出て屋敷の奥へ向かう。やっぱり食堂なんだ。
「あ、あのっ!」
佐藤が突然切り出した。
「あ、あたしも……! あたしも、じ、自分の命が尽きる、その日まで、辰二郎様と……一緒におります!」
「うん……? あっ」
一体なんのことだろうと思ったが、ふと、初日に廊下で話していたことを思い出した。永山が有馬を追いかけまわしていて、味美、みちる、佐藤、僕の四人が取り残されたときのことだ。
「味美が いってたこと? 佐藤も、しぬまでここにいるの?」
「は、はい……こ、高校を卒業したら、大学には行かず、ここに……いたいです。どうか、いさせてください!」
佐藤はうつむいて、力を込めて言った。
しかし、それに関して、今のところ僕にできることなんてない。味美は、人に関することは全て有馬が仕切っていると言っていた。
「えっと、僕にはむずかしいことは わからないから、有馬にきいて?」
「!!」
突然佐藤が我に返る。
「ご、ご無礼を……大変ご無礼申し上げたてまつりましたっ!!」
……仁先生から「ここにいる大人と会話をして、言葉の種類を増やすように」と言われているけど、佐藤には日本語を習わない方がいいだろうな、と思った。
仮題:Nocturne No.20 穂刈らいす @WhiteRice_AOME
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