1-5   日課

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 僕の幼少期の日記によると、部屋は三階がよかったらしい。


 理由は「エレベーターを毎日使いたいから」と書いてあった。


 だが、実際に用意されていた部屋は一階だ。生活を送る上で使う風呂や洗面所などが最も広いのが一階のものだから、一階が主の空間だと決められたのだろう。手伝い人たちはみな、二階を使用していた。

 ここはすぐに本で溢れかえるようになり、高校卒業頃にはただの「書庫」となる。


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 この屋敷へ来てちょうど一週間。三歳になった僕は、子供なりにとても忙しくしていた。

 とくに今日はすることがたくさんあるのだが、それには理由がある。



 まず、僕に家庭教師というものがついた。

 勉強を教える人らしい。毎日六時間、つきっきりで勉強や作法を叩きこまれている。


 ここへ来てからの僕の一日は、大体いつも規則正しく進んだ。



 朝六時……起床、身支度、身長・体重測定

  七時……朝食(和食)

  八時……散歩、シャワー

      雪の日は読書

  九時……家庭教師と勉強

      日本語、英語、作法を一時間ずつ


 十二時……昼食(フレンチ)

 十三時……家庭教師と勉強

      算数、理科、社会を一時間ずつ


 十六時……ピアノのレッスン


 十八時……夕食(フレンチまたは郷土料理のコース)

      団らん

 二十時……入浴

 二一時……メイドによる本の読み聞かせ

 二二時……消灯、就寝



 これは父が家庭教師と相談して組んだ「タイムテーブル」だそうだ。

 正直、本家暮らしのときにこのスケジュールを組まれていたら、母親のように気が狂ったかもしれない。


 しかし、本家ではすることを与えられなかった僕にとって、今のところこの暮らしは楽しいと感じていた――読み聞かせ以外は。



 読み聞かせは本当に退屈だった。どちらかというと、自分で本を持って読みたいを思っていたのだ。

 雪の降る日は散歩ではなく読書をしてもいいことになっていたので、雪が毎日降ればいいのにと思っていた。


 特に佐藤――いつも動揺している一番若いメイド――の読み聞かせはつまらなかった。

 何度も間違えては、「すみません」と連呼されるのだ。寝る前にどんな話だったか思い出そうとしても、謝るシーンしか思い出せない。


 一度「つまらないから自分で読みたい」と言った結果、メイド長の永山に叱られた。



「辰二郎様、フォークとナイフの使い方がだいぶ上手くなってきましたねぇ」


 食事中、執事の有馬ありまが話しかけてきた。彼は本当に、いついかなるときもニヤニヤと笑っている気がする。


味美あじよしのおしえかたが じょうずだったからだよ」

 味美を見ると、いつもより少しだけ目が細くなっていた。味美の目が細くなるときは、彼なりに笑っているときなのだと最近分かってきた。


ごうさん照れちゃってー」

 有馬がひゅー、と口笛を吹いて味美を小突く。確か僕の食事中に口笛を吹いたり歌ったりしてはいけないと永山に言われていたはずだ。

「照れてねぇよ」

 味美が否定する。しかし僕もきっと味美は照れているのだと思う。



 僕が食事をする間、有馬と味美はまっすぐ立って待機している(有馬に限って言えば、今のようにたまに動く)。


 味美は僕が一品ずつ食べ終える直前に、いつも決まっていなくなる。


「お待たせしました」


 こうして戻ってくると、食べ終わった皿を下げて、新しい料理を目の前に置く。

 本家では一つのお盆に全ての料理が乗ってきていたから、こうして出入りされるのは新鮮なことだった。



「本日のデセールはタルト・タタンです。りんごのキャラメリゼで、十九世紀フランスの宿泊施設『ホテル タタン』において初めて作られたのが由来とされています」


 今回のデセール――英語でデザート――は、クッキー生地の土台の上に焼きりんごがぎゅっと敷き詰められており、べっ甲色に輝いていた。


 このように、味美は必ず簡単な説明を添えた。彼が一日で一番流ちょうに話すのが、料理を提供するときだ。こういうときだけは丁寧に話すから、まるで別人のようだった。


 分からないことがあれば、僕はその場で聞いた。今日のキャラメリゼについては先日バナナの焼き菓子が出された際に聞いていたし、社会科の時間に「世紀」については習っていたので、今回は特に聞きたいことはなかった。



 時々有馬がいないこともあるが、そういう日は、僕が味美に話しかけない限りはメニューのこと以外一言も発さずに終わる。



        - † -



 夕食後は入浴だ。

 これまで夕食の前に入浴……「湯あみ」をしていたから、最初は新鮮だった。ここでは誰も「湯あみ」と言わない。


 これまで味美と一緒に大浴場を使ってきた(有馬から毎日「どっちと一緒に入りたいですか?」と聞かれるから、僕はいつも味美と答えていた)。


 今日も八時前から待っていると、時間ちょうどに味美がやって来た。


「それでは、私はこれで失礼します」

 永山が去ると、服を脱いで、大浴場のタイルの床を洗髪台に向かって走っていく。


「……走ると転ぶぞ」

 味美が注意するが、永山のように叱りはしないので、入浴の時間は楽しかった。


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