第1篇 彼女は語る:海辺の町での出会い(前篇)
ここは海辺の町。のどかな雰囲気のこの町は、とても静かで、でも住民たちは生き生きとしています。今日は晴天。目をつむればすぐにでも寝てしまいそうな、そんな昼下がり。肩の上で切りそろえられた金色の髪に、新緑のように生き生きとした緑色の瞳をしたかわいらしい少女が散歩をしていました。
少女の名はアトラス。のちに旅に出ることになる少女です――
○
私が旅人になるきっかけをくれたのは、この町にやってきたある学者さんでした。金色の装飾が所々にある黒のロングジャケットを羽織り、銀色の髪をたなびかせて歩いてきた、いかにも紳士的な男の人が、散歩をしていた私に話しかけてきたのです。
「やあ、お嬢ちゃん。道を尋ねてもいいかな?」
「いいですが、怪しい人ではないですよね?」
「それは僕に聞いたってわからないよ?」
彼は笑いました。
「ライズさんという人の家に行きたいのだけれど。」
「えっ?」
「なんだい?」
「それ、私のお父さんだよ!」
「それは本当かい?すごい偶然だ。それじゃあ、君の家に案内してくれないかい?」
「お父さんと知り合いなの?」
「そうだね。古くからの知り合いさ。」
「わかった!じゃあ、私の家に案内するね!」
私は元気よくうなずきました。そうして彼を私の家に案内することにしました。
この時、私は夢にも思いませんでした。この人との出会いが、私の人生を変えることになるとは。
〇
私は道に迷った学者さんを、海辺の町のはずれにある、大きいですが古さは否めない、そんな外見の私の家に案内しました。庭には、お母さんが手入れしている色とりどりの花が咲き、太陽の光と踊っているように見えます。
「お父さん、お母さん、ただいま!」
「おかえり、アトラス。あら、その人は?」
「はじめまして、奥様。私、昨日この町にやってきたサイオンという学者です。お宅のライズさんに用事があってきたのですが。」
「あら、サイオンさん!旦那から話は聞いていますよ。どうぞ上がってください。いま呼んできますね。」
お母さんは階段を上がって、2階にあるお父さんの書室に向かいました。お父さんは物書きをする仕事をしていて、いつもは外をほっつき歩いているのですが、急に思い立つと、1週間くらい部屋にこもって何かをしだすという、少し変わった人でした。
「学者さん、サイオンさんっていうの?」
「そうだよ。まだお嬢ちゃんには自己紹介をしてなかったね。私はサイオン。学者だ。この大陸の歴史を研究している。」
「私はアトラス!9才だよ!サイオンさんは、たいりくを勉強してるの?たいりくって何?」
このときの私は、閉じた社会である海辺の町から出たことがなかったので、外の世界、この島の外に大陸があることを知りませんでした。小学校でもほかの国については教えてくれませんでした。海の国は極端に外界を恐れている国であり、それは教育の現場にも如実に表れていました。
「やはりか……」
サイオンさんは深く考え込んでいました。おそらく何か思うところがあったのでしょう。
「おお!久しぶりだな!サイオン!」
私のお父さんはいつも元気いっぱいです。小麦色の肌に、半袖に短パンをはいています。いかにも南国な雰囲気です。ここは南国ではないのですが。
「相変わらずだな、ライズ。そういうバカみたいにテンション高いのは変わってないんだな。しかも結婚して娘までいるなんてな……知らなかったよ。」
サイオンさんは、お父さんの自由奔放さに呆れています。
「お前のそのクールな感じ、ほんと久しぶりだ。5年ぶりくらいか?まあ、結婚したってお前に言ってないから知らないのは当然さ!あっはっは!」
「ああ、そのくらいになるな。なんで言わないんだよ……。本当に昔からお前は自分のことを語らないからなあ。そのくらい言えよ……」
「別に言う必要もないと思ってな!」
「おいおい……」
お母さんも苦笑いです。当たり前です。
「ところで、早速だが、なぜ私をここに呼んだんだ?」
「ほんとにいきなりだな……。呼んだ理由はな、お前が喜びそうな話が俺のところに舞い込んできたからさ。この国の遺跡調査隊のメンバーとやらを募集してるっていわれてな。お前、食いつきそうだなと思って、お前の名前で応募しといた。それだけだ。」
「おい、何勝手にやってくれてるんだ……。だが、遺跡調査か、興味深い。もしかしたら歴史研究の助けになるかもな。助かるよ、ありがとう。」
自分勝手なお父さんに呆れてはいましたが、どこかうれしそうなサイオンさんでした。
「どういたしまして。そして、これがここ当分の調査範囲だそうだ。がんばれよ。」
そして、お父さんはサイオンさんに分厚い書類をバサッと適当に渡しました。
「なるほど……。じゃあ、早速行ってくるとしよう。」
「おうよ。がんばれよ。」
そして、サイオンさんは遺跡の調査に出かけて行ったのでした。
〇
サイオンさんが遺跡の調査とやらに出かけた後、話に置いてきぼりな私とお母さんに、お父さんは、ゆっくり、そして遠くを見るように過去を語り始めたのでした。
「サイオンはな、大学の時の同期だった。あいつは不思議な奴だったよ――」
アトラス世界旅行記 グリーンティー @greentea_230
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