視力21.0の憂鬱⑦
※
「よかったら漫画、貸してあげようか?」
そう谷崎さんに話しかけられたのは、谷崎さんのピンクのトートバッグの中をチェックするのが日課になってからしばらくたった頃だった。
谷崎さんは常に漫画を10冊くらいは持ち歩いている。
一番初めに拝読したキース様が出てくるのもそうだけど、異能とか、超能力とか、異世界とか5次元だとか、非科学的なテーマの漫画ばかり・・・っと、それプラス、イケメンで完璧でちょっと切ない過去を持った、胸キュンさせてくれる主人公たちも外せない。
まあ、キース様の漫画ほど、記憶を呼び起こすような作品はないんけどね・・・。
その漫画の大半は、誰かの記憶を真似して作られた薄っぺらい内容がほとんどだった。それでも、まあ暇つぶしにはなる。それに、どんなに駄作であったとしても、人が何かを生み出して形にするという点でみれば、どれも作品としてはとてもおもしろいのだ。今まで読んだことのなかったジャンルの漫画に触れ、レイコは新しい発見をした。
作品は、(例えどんなにその内容が薄っぺらくても)作者の分身だ。
アイディアが湧き起こることから、キャラクター設定まで、その全てに偶然はない。それが人真似であったとしても、すべてが宇宙的規模の繋がりを持っている。
どのくらいの宇宙規模かというと、実際、その繋がりの全てを紐ほどこうとすると、いくら特別な能力があったとしても人間としての肉体はもたなくなるくらい・・・。そう・・漫画風に言うなら天の・・いや、神の目が必要だ。
作品とはそんな宇宙規模の偶然が無数に重なりあって、存在する。
その、セリフ、一言に。
その、表情の一つに。
無数の偶然による繋がりが存在し、ページを作っているのだ。
でも、本来なら人間は、無意識にしか感じてはいけない領域だ。
レイコみたいに意識下でたとえ片鱗でさえも視てしまうと、視てはいけないものを視てしまうことになる。
無数の偶然を突き詰めると、たどりつくのは恐怖だ。
突き進めば進むほど、暗い闇に包まれる。
だから、視界を閉じないといけない。
過去も未来も考えず、今この瞬間だけ、目に見えるものだけを見て生きるのが幸せなのだ。
過去も未来も、その先にあるのは永遠だ。
永遠なんて、進めば進むほど、底なしの恐怖でしかないのだから。
※
「漫画を貸してあげようか?」なんて谷崎さんが話しかけてきたのは、そんな宇宙的視界を閉じつつも、今日も漫画を楽しんでいる時だった。
谷崎さんは今度は席に座ったまま横から話しかけてきた。
突然のことに、レイコは、悪いことをしたのがバレた時の子供のような気持ちになる。ゆっくり視線をトートバッグから外し、無言で谷崎さんの顔を見る。
谷崎さんはそんなレイコの表情にガハッと笑った。
「そんな、え?って訳わからない顔しないでよ。」
「・・・」
「いつも、漫画、読みたそうにしてるじゃん。」
「!」
レイコは、戸惑った。
えっ?もしかして、透視しているのがバレたのでは?
そう一瞬、谷崎さんも本当は何か力があるのかとありえもしないことを考えて構えてしまうのは、きっと、異能者がうじゃうじゃ出てくる谷崎さんの漫画のせい。でも、違ったみたい。次の谷崎さんの言葉を聞いて、レイコはホッとする。
「ほら、時々というかよく、ボーっとしながら、私のトートバッグをジーってみてるじゃん。読みたいなーって。」
彼女はそう言って楽しそうに笑った。
レイコは、顔が赤くなるのを感じた。
谷崎さんが漫画に没頭していると思って油断していたかももしれない。確かに、数冊、ハマった漫画もあったけど・・・。どうやら結構真剣に読んでいたみたいだ。現に、今も谷崎さんが話しかけてくる気配を視ることができなかった。
「図星しすぎて、びっくりしちゃった?・・・・ごめん。。」
そう、谷崎さんは突然レイコに申し訳なさそうに謝り、「ここだけの話しなんだけど」と少し顔を近づけて声を潜めて言う。
「私ね、時々、何か人の気持ちとか視えちゃうんだよねー。」
―― いや・・・視えてないけどね。
その言葉に、レイコは一瞬で冷静さを取り戻し、その証拠にクスッと笑った。
あ~・・・。
どうやら思った以上に彼女の漫画にハマってしまっていたようだ。
まさか、谷崎さんに透視しているのがバレた!なんて思うなんて・・・。
―― 視えているんじゃなくて、視たいと思っているだけだよね?
レイコは、気を取り直してそう心の中で呟く。
しかし、そんなレイコの心は、全く視えないみたいで、谷崎さんは更にこうレイコに聞いた。
「ねえ、どうして友達作らないの? 外見だけみたらすごく社交的そうなのに。」
―― 余分なことを視たくないからかな。
そう再度心の中で答えながら、返答をしようか迷うが、ふと、最近楽しく漫画を盗み読ませてもらっていることを思い出す。一応、お礼はしなくてはね・・・。そう・・お礼を。
「必要ないから。」
レイコは答える。
すると、ほら・・予測した答えが返ってきた。
「へえ~。欲しそうにみえるけど。」
クククと笑いながら谷崎さんはおかしそうに言う。
レイコは、チラッと視線を向けるが何も言わない。
「だって、話しかけてください~の切ないオーラがバンバンだよ。」
「・・・」
「友達、欲しいんでしょ?誰かが声をかけてくれるの、気の毒オーラを出しながら待っているんだよね?作戦なんだよね?」
「・・・」
「本当に友達がいらないなら、私みたいに徹底しなきゃ!」
「・・・」
そして、無言のレイコに勝ち誇ったように谷崎さんは決め台詞を言い放った。
「あっ、ごめーーーん。ほら、私ってやっぱり人よりちょっと視えちゃう体質なんだよね。」
レイコは、そう、テヘヘと自分の重大な秘密を、たいしたことのない体で話す谷崎さんを見つめ少しほほ笑む。
満足したかな?
ふーっとレイコは役目を果たした気になる。
そう、ここまでは、漫画を読ませてもらったお礼。会話終了。
うん、谷崎さんが本当に友達を必要していないことはわかっている。
というか、正確には、この学校にはでしょ?
谷崎さんには友達がいる。
友達なんていらないっているけど、本当は友達はほしいし実際友達もいる。
実際会ったかどうかは別にしてネットの中にたんまりいるじゃない?
―― やっぱり、自分のことだけはよくわからないんだよね。
今度は、レイコが心の中で優越感を感じながら呟く。
しかし、ブーメラン。
それは、谷崎さんをかすめもせずにレイコに跳ね返った。
自分のことを一番わかっていないのは自分だ。
人の心を視ることなんて、日常茶飯事だけど、正直、自分のことはよくわからない。視えないのだ。優れた視力という
結局、自分のことは自分で感じた分しかわからない・・・。
そりゃそうだと他の人だったら思うかもしれない。
でも、レイコは違う。
他の人の気持ちは、その人が気が付いていない気持ちまで読み取れるレイコにとって、自分の感じた気持ちの底に何かあることは知っている。別の感情だったり、裏の感情だったり・・ほら、細胞の奥に埋め込まれた前世の記憶だったり・・・
でも、その何かはわからない。
そう・・・。
自分に自信がないのは、感じたことだけが全てではないことを知っているから・・
―― だから、私は友達、いらないのかもね。
ああそうか、心の中でレイコは納得する。
これくらいのこと、他人の心なんて、一目視ただけで大体はわかるのに、自分の心は、論理的に事実を整理してパズルのようにあてはめないと納得もできない。自分のことなのに!
ふーっと軽く頭を振ってため息をついて、席に向き直ると、それを視た谷崎さんがまた唐突なことを言った。
「じゃあ、私たち、友達にならない?」
「・・・」
しつこいなあと思いながら、いつもの癖で思わず毎年恒例の良心を引っ張り出そうとしてやめる。
はっきり言った方がいいな。
レイコは谷崎さんを視ずに真正面を見て言った。
「私、漫画も友達もいらないから。」
しかし、言い終えて、チラッと谷崎さんを視界に入れて、レイコは自分が大きな失敗をおかしたことを悟った。
谷崎さんは、目をキラキラさせている。。
あっ、しまった!
そう思った時は遅かった。
谷崎さんは鼻の穴をふくらませ、自信満々に言い放った。
「いや・・・ほしいんだよ。黒川レイコは友達が本当は欲しいんだよ。私には視える!」
そう言うと、バンバンと谷崎さんは、レイコの肩を叩いた。
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