視力21.0の憂鬱⑥
※
単に他の子より目がいいだけと、そこまで自分の能力を特別だと思ったことのなかったレイコにとって、この件は衝撃的だった。
広い視界のどこにも、そんなことができる人は視たことはない。
それからレイコは自分の能力について調べ始めた。
学校の図書室に籠って超能力とか霊術とかオカルトとか、非科学的なことだけではなく、科学、物理学、生物学などのあらゆる本を読んでみる。家ではパソコンをこっそり使いネットで調べる。
知識は知識を呼ぶ。どんどん調べないといけない分野は増えて多岐に渡った。レイコは、放課も、ずっと本とノートを片手に調査に没頭した。
そんなレイコの姿を見て、もともと頭は良かったけど、突然ガリ勉タイプになったと、クラスの担任も友達も驚いた。
でも、レイコは知らずにはいられなかった。
何でも知っていたい。
特に自分のことは。
そうしないと自分が心もとない存在になる気がした。
周りのことはよく視えるのに、何だか自分のことだけ視えない・・・。そんな思いは不安となりレイコを駆り立てた。
その結果、これは世間で言われている超能力、つまりエスパー的な透視とは言わないのかもしれないという結論に至った。
透視は透視かもしれないけど、自分はもっと科学的にこの能力を説明できる。
レイコの分析はこうだ。
穴だと思ったものは隙間だ。
レイコは、隙間をくぐってその先にあるものを見ているのだ。
物質のというのは最小の粒子、原子と原子の繋がってできている(らしい)けど、隙間とはきっと原子と原子が結びつく時にできるつなぎ目のこと。もっと正確には原子を構成するもっと小さな物質の素粒子のつなぎ目。
その隙間をレイコは穴として見えているのだ。
だから、この能力は、何か突然不思議な力が宿ったとかではなく、元々持っていた視力が進化したのだ。きっかけは、そう・・カンニングで・・。
元々持っていた能力が何かのきっかけで進化するなんて、地球の歴史から見たらよくあることでたいしたことはない。
そう集めた知識に加えて、視点を広げることでレイコの不安はひとまず影を潜めた。
そして、納得できたらこっちのもの。レイコはまた以前のレイコに戻った。透視という能力は便利だし、更に広がった視界はレイコをワクワクさせた。
ただ、これまでと違うことは、この能力は人にはバレてはいけないということ。
そこのところも、レイコはちゃんと勉強していた。
現代社会にとって重要らしいプライバシーという言葉の定義も学んだ。
どんな人にもみられたくないものが必ずある。何でも見える能力を持っているなんてバレては嫌がられてしまうのだ。
しかし、実際少しの注意さえ払えばこんな便利な能力はなかった。
授業中に、ちょっと上を見上げれば、空が見える。
雨が降っていても、その厚いどんよりした雲を突き抜けて青い空を見る。
一度、顔は黒板、目だけ上。を意識しすぎて白目を向いて満足げにほほ笑んでいるのを、クラスの男子に見られて大笑いされたことはあったけど・・・。
でも、そんな日は長くは続かなかった。
そうやって、意識さえむければ、いろいろな物がパッと透けて見えるようになって数カ月がたったある日、出張に出かけるという父を見送りに玄関まで出た時、靴を履こうとかがんだ父の後ろ姿から女性の姿が透けて見えることに気が付いたのだ。
髪の長い若くてきれいな女性がほほ笑んでいる。
一瞬、母かと思う。
でも、母はショートカットだし・・それに・・・
レイコは訳がわからずに、振り返って数歩離れた後ろに立っている母を見る。
母はレイコの視線を感じて笑顔になる。
作り笑い?ぎこちない笑顔?
瞬間的に違和感を感じた理由をすぐにレイコは状況を把握した。
笑顔の母の向こうに不安そうに顔をくしゃくしゃにした母が透けて見えるのだ。
私は、今、何を見ているのだろう??
表面上は穏やかに見える一家三人の会話の横で、透けてみえるもう一つの世界を感じた気がして、レイコは戸惑った。
もう一度、目を閉じて、今度はプロセスを意識してゆっくり父と母を見る。
どうやら、隙間は原子や素粒子という物質のつなぎ目だけに隙間ができるのではなかった。
空間の隙間、時空の隙間、あらゆるものに隙間があることがその当時のレイコにはまだわかっていなかった。
そのうちの一つ。
心の隙間・・・そして心に開いた穴・・・。
レイコはその穴を覗き込んでいたのだ。
黒川レイコ 10歳。
その瞬間、レイコの能力は悲劇になった。
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