SOS
平 遊
SOS
入社してから4、5年後、数ヵ月にわたり、僕の業務が多忙を極めていた時期があった。
やってもやっても終わらない仕事。溜まる一方の書類。矢のような督促。
帰って食べて風呂に入って少しばかり寝て。
起きて食って出勤。
そんな日々が続いていたある日の出勤時。
自宅の最寄り駅のホームを歩いていると、通過電車が向かい側から入ってきた。
『・・・・危険ですので、白線の内側を・・・・』
お決まりのアナウンスが、構内に響く。
僕はその時確かに、朦朧とした頭で、こう思ったんだ。
ここで飛び込んだら、会社に行かなくて済むんだなぁ
結局飛び込みはせず、その日もまた僕は会社に行った。
それから数年が経った現在。
数日前、ネット上で話題になっているという四コママンガが目に留まった。
(あぁ、こんなこと、僕もあったな。)
ぼんやりと、数年前のことを思い出す。
そのマンガは正に、僕が駅のホームで体験したものと同じ内容。
ただ、結末だけが、異なっていた。
マンガの結末は、こうだった。
今わたしは何をしようとしていたのだろうか・・・・と、ゾッとした。
久々に実家に戻った僕は、そのマンガと自分自身の体験を母親に話した。
ほんの軽い気持ちで。
だが、話を聞いた母親の顔は、青ざめていた。
「変な気、起こさないでよ。」
ポツリと呟く。
その時、僕はようやく、心の底からゾッとした。
あの時、もしかしたら僕は、あのまま電車に飛び込んでいたかもしれなかったんだ
僕は、自殺願望なんて、持っていない。
今も、昔も。
全く。一ミリも、だ。
でも、あの時確かに、走ってきた電車に飛び込むことを考えた。
疲れていたから?
終わりの見えない仕事から、逃げ出したかったから?
残念ながら、今の僕にはもうわからない。
じゃあ、なぜ僕は、あの時電車に飛び込まずに済んだのだろうか。
心配する家族の事を思い出したから?
電車が止まって、大勢の人の迷惑になると思ったから?
そうではない。
ただ、反対側のホームに、会社方面の電車がちょうど来たから。
それだけだ。
あの時の僕は、少しおかしくなっていた。
自分が電車に飛び込んだら、どうなるか。そんなことにすら、考えが及ばないほどに。
でも怖いのは、そこではなく。
おかしくなっていることにすら、気づいていなかった、ということ。
今僕は、ある程度の役職につき、何人かの部下も持っている。
疲れた。こんなのもう無理。
そう言ってくる人には、なんの心配もしていない。
心配なのは、ただ黙々と仕事をこなしてしまう人。
僕は彼らに細心の注意を払う。
彼らの発するSOSを、見逃さないように。
そして、願う。
誰でもいい。
どうか、彼らのような人達のSOSに、気づいてくれるようにと。
SOS 平 遊 @taira_yuu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
転べばいいのに/平 遊
★30 エッセイ・ノンフィクション 連載中 6話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます