第119話 愛の力とは2

「もう一度言うが私はカウンセラーではないから、キミの人間としての平穏とか幸せを応援したり関与する気は無い。ヒーローとしての強い適性を伸ばし、仕事に集中できる環境を整えるのが私の役割だ」


 クドい前置きをしてから竜胆博士は椅子に座り、続けた。


「ヒーローがその力を発揮するために必要な『愛の力』は二種類ある。一つは何かに向けた愛の力。シンプルに対象を愛する気持ちだ。そしてもう一つは愛を求める気持ちだ」

「・・・求める?」

「現職含め、ヒーローに既婚者はおろか恋人がいる者はいない。だが別に恋愛禁止を言い渡しているわけでは無く、適性の高い者を集めると自然とそうなっただけ。理由は単純で、愛情は安定しては出力が弱まるからだ」

「愛する力が必要だと言うなら、恋人や家族の為に世界を救いたい愛に溢れた方の方が適正はあるんじゃないですか? ボクなんかより」


「満たされているものは自らの愛を安定して与え、パートナーから安定して得ようとする。それは人として非常に幸福なコトだろう。心乱され何もかもが手につかない激しい愛情を常に持ち続けていては疲れてしまう。恋人は安心感とトキメキのバランスが良い方がより長く平穏に幸福でいられる・・・ただ、残念なことに幸福な者はヒーローには向かないようだ。常に心は乱れていた方が良く、不安と焦燥に駆られて、放っておけば心のリストカットを繰り返してしまうような不安定な人間の方がヒーローとしてより強い能力を発揮する」


 黙ってもう一口スープを飲む。紙コップから指先に伝わる熱がもう弱くなっていた。


「私は神じゃない。他者の愛の良し悪しを検討するつもりは無い。ただヒーローにおける『愛の力』というのは満たされて穏やかで包容力ある柔らかな感情なんかでは無く、愛情に対して貪欲で、常に飢えていて、幸福に枯渇して、それさえ得れば世界が変わりそれが無ければ絶望に満ちていると信じ込む程の愛情がより優良とされる。どれだけ貰っても満たされず、存在する筈のない愛を我武者羅に追い続け、手に入らない事から眼を反らし努力し続けることが出来る者こそが真のヒーローに相応しいのだよ。そういった人間は自身が与えたいと感じる愛も大きく、深く、より純度が高く濃いものになる。自分が飢えているからだろうね、相手にも同じくらいお腹いっぱいになって欲しいから過剰になりやすい。それは与えた相手の心を潰してしまう程に大きな愛だ」


「それは確かに、パートナーがいては大変そうですね」

 ヤンデレとかメンヘラとか聞いたことがある。そういうヤバい人のことだろうけど、ボクも同じだと思われているのだろうか。

「あぁ。できれば絶対に手に入らない方が理想的だ。チャンスがあっては現実が見えてしまうし壊してしまってはどうなるか予想が出来ないからね。自分の中で思考し、悩み、完結し、また思考する・・・愛の放出と枯渇を自身の内部で繰り返す事こそが才能だと私は思っているよ」


「そんなの、ただの妄想癖では? やっぱりボクには理解できない考えだ」

 ここまで聞いてもやはりボクとは縁遠い話だ。だってボクは誰からの愛も得たいと思っていないのだから。


「瑠璃は愛を憎みながらも、憎んでいる自分を嫌悪して向き合おうとしている。機会を得てしまえば培っていたモラルを捨ててまで感情を取り戻すことに執着する。キミはただの不幸な病だと思っているのだろうが、それこそが特殊なコトなのだよ」

「差別的な意見ですか? 確かに普通ではないけど、同じような人はいます」

「違う。特殊なのは『恋愛が嫌い』ということではなく。嫌悪しているのに『愛を理解することに執着している』という部分だ。ただ恋愛を嫌悪したり関心を持たない人間はマイノリティとして確かに存在している。だがそれはあくまで少数派というだけで、それだけで特殊と言えるほどに珍しい人間ではない。まぁ、人と考えが違う程度のレアリティでヒーロー適正者がいれば楽なんだがな・・・」


 手のひらに冷や汗が流れた。自分でも気付いていた部分だったから。


「ヒーローにはそれぞれ愛する対象がある。その愛は時に身勝手に見えたり、憎悪に近い乱暴な感情に見えたりすることがあるだろう。愛の形は大きければ大きいほど常人のソレとは違った異形になってしまうものだからな。瑠璃はただ、その対象が『愛』そのものだっただけ。愛を理解する事に執着し、理解できない自分とのギャップに混乱しているだけの・・・私にとっては、可愛らしい子供だ」

「ボクが愛に執着している・・・? 馬鹿馬鹿しい。全くその逆です、間違っている」

「間違っていないよ」

 ボクの事を全く見ていないような、そのくせすべて見透かしたみたいな、不敵な笑み。気持ち悪い。この人はボクの母親とは正反対の不気味さを持っていて、本当に気味が悪い。感情をこちらに一切見せようとしない。微塵も心を開こうとしない。


「キミはずっと探しているんだ、自分が安心して愛することが出来る何かを。恋愛そのものに素直になれない自分を変える時を待っている。そうでなければ、わざわざ好きでもない父親を呼び戻して昔の再現なんてしなくて良かっただろう。変わりたいという気持ちが強いエネルギーになっている、ヒーロースーツはキミの感情に確かに呼応した」

「・・・・・・」

「無論、私の意見を押し付けはしないよ。ただ、キミにはヒーローとしての才能がある。そしてキミの能力は全てを変える可能性がある・・・いつか詳しく話せる日が来るといいのだが、私はヒーローの愛情をより強く大きくする存在が必要だと昔から考えていてね。瑠璃の能力はその助けになるかもしれない。だから私はキミに期待する。何か矛盾はあるかな?」


 ヒーローの愛情を大きく?

 例えばヒーローの愛情を暴走させたり、より愛情深くさせたり、愛情深い性格のヒーローの性質を何倍にも膨らませたり。そんな夢みたいな事、普通はできるわけがない。

 でも、ボクの能力なら・・・。

「もしかしてそれは、ボクにしかできないこと?」


 そんな異常な偉業を成し遂げることができれば、ボクは今度こそ何かが見えるようになるかもしれない。この人の言う通り、ボクは何かを変えたいと感じている。


『キミはずっと探しているんだ、安心して愛することが出来る何かを』


 存在しないものを追い続ける事がヒーローの才能なら、ボクは永遠に探し続ける事になるのだろう。それでボクの中の何かが変わるなら構わない。そんな人は一生現れない。

 愛を永遠に追い続け、愛を嫌悪するヒーロー。許されるのなら、その先にあるボクの知らない平穏を見て見たい。失うものが無いのなら、フィランスブルーとして新しい世界を探してみたい。

 例え、一生誰かを愛することができないとしても。


 ボクはそう思っていた。あの世界一可愛い悪魔みたいな女の子に会うまでは。


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俺以外美少女の戦隊ヒーローに入隊したけどヒロインもれなくヤンデレンジャー 寄紡チタン@ヤンデレンジャー投稿中 @usotukidaimajin

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