第118話 愛の力とは1
「巧妙に私を出し抜けているとでも思ったか?」
家族を捨てた罪を償わせるため『罪悪感』を与え続けた後、あの男はメモ書き一つ残さずに蒸発した。罪悪感に耐え切れずに自殺したのかもしれない。
取り返しのつかない事をしたという虚無感と、もう直す機会が無い事への解放感でいっぱいだったボクの元に、最初に連絡をよこしたのは竜胆博士だった。
サボりがちなパトロールの依頼でも出動要請でも無く、ただ「話したい事があるから来い」という旨のメッセージ。まるでその時を待っていたかのようなタイミングだ。
少ない隊員には過度と言わざるを得ない広さのヒーロー基地。その中でも特に足を踏み入れる理由の無い休憩室でボクは二者面談に迎え入れられた。決して喜ばしいことではないけれど、親が離婚して以降、三者面談はボクの番だけ二者面談だったからこの奇妙な緊張感には変な馴れを感じている。
「ご実家で随分と楽しそうなことをしていたようだね」
「な、なんのことですか」
「あまり大人を甘く見ない方がいい。ましてや私は天才だからね、そう簡単には欺けない。肝に銘じておくといい」
「・・・催眠にかかったフリをしていたのですか?」
何度も顔を合わせているのに相変わらずこの人の考えは読めない。初対面の頃と同様に飄々として掴みどころのない印象を受ける。
「私は天才だが身体は普通の人間だ。ただ予め隠し持っていたレコーダーを後で再生してみただけさ。あとは基地内のカメラを確認したりね。驚いたよ、一瞬とは言え私はキミを別の人間と思い込んで会話をし、しかもその時の記憶は一切に無い・・・というか、曖昧で疑いを持てない程度に不自然の無い別の記憶に置き換わっていたのだから恐ろしい」
「最初からボクを疑っていたのですね。ボク程に精神関与に特化したヒーローは初めてだって言ったくせに、十分な備えじゃないですか」
「誤解しないでくれ、疑っていたのは瑠璃だけじゃない。新しい人間と接する時、初めてヒーロースーツを着せる時はいつもそうだ・・・まぁ、キミのような事を堂々とするヒーローは流石に初めてだったが」
要件は何だろう。やっぱりヒーローはクビになるのかな。当たり前か、実家に籠りきりで大して貢献できてないし、能力だってヒーロー業に向いているものじゃない。私利私欲のために能力を使った説教とかされるんだろうな、面倒だ。
「それで? 自主練のおかげで能力は随分と把握できたのだろう。報告の仕方くらいわかっていて欲しいのだが」
「えっ」
「凡人として生きてきた人間が転生もせずに突然異能力を与えられるんだ、使い方がわからない事も身体に馴染まないことも当然ある。まぁ、一瞬で全てを理解する天才も稀にいるが、大抵のヒーローは上手くいかない。キミに仕事を振らなかったのもサボりを容認していたのも、その時間で能力研究をしているからだ。精神関与なんて使いこなすのが難しかっただろう、よくモノにしたな」
自主練。能力研究。まるで海外留学で休学をしていたかのような扱い。
「あの、ボクはクビになったりしないんですか?」
「クビだって? 何故だ? 言っただろう、人手不足なんだ。こんなところで逃げられては困る」
「だってボク、一般人に・・・両親に洗脳して、それで滅茶苦茶なことして」
「悪いが私はキミの先生でもカウンセラーでもママでもない。ヒーローにモラルなど必要ないとすら思っている・・・あぁ、失踪した父親の捜索は行っているから安心しろ。生きて発見されると良いな。あと母親も希望があれば遠くの病院で隔離させておく。キミがフィランスブルーでいてくれる限りはね」
まるでボクに興味が無い事務的な対応。なんというか、こんな狂った大人初めてだ。
母さんも充分におかしかったけれど、この人は別の意味でおかしい。戦隊ヒーローの司令官兼運営をやっているのだから根っこは正義感に溢れた人なのかと思っていたのに、それを一切感じさせない。
「愛のある叱咤を求めるなら他に頼んでくれ。私はヒーローになれないくらいには愛に疎いものでな」
利己的で事務的。ボクの中にあったどうしようもない罪悪感みたいなものに微塵の価値も無いと言い放たれた気分だ。
冷たくしてくれるのはありがたいけれど、ボクはまだヒーローになる資格はない。
「・・・能力の事は大分把握出来ました。家に記録があるので後でまとめてから提出します。ただ、ボクはやはりヒーローには向いていませんよ」
「それは瑠璃が決める事じゃない」
「ボクに愛の力なんてありません。それを取り戻すために家族を・・・その、家族を作り直そうとしたのですが、失敗に終わりました。例え父親が無事見つかって実験を再開したとしても上手くいく保証はない。ボクは永遠に愛を嫌って、恨んで、それを克服できずにいると思います。そんなボクに愛の力で戦うヒーローなんて務まらない」
ヒーローとして得た能力で忌まわしい過去をやり直し、再び愛情の尊さを知ったボクが愛の力に目覚めてヒーローとして大活躍。そんな夢みたいな夢をここ最近ずっと見ていた。
今では夢の中でも理解できるほどに、あり得ない妄想話だ。
「ボクに愛は一生わからないし、誰かを好きになる事なんてこの先ありません」
「まだ子供じゃないか、随分と世の中を理解したつもりになっているんだな」
「高校生は大人です。それに、卒業したら独り立ちする予定です」
「そういう考えが・・・」
ふと考え込む仕草をしてから、竜胆博士は立ち上がり、休憩室内に設置された自販機の方へ歩いて行った。街中ではあまり見ない、コップに直接注がれるタイプの自販機だ。
「私は仕事中にコーヒーを飲むことが多いのだが、コレのはどうも不味くてね」
そう言いながらウーロン茶のボタンを押した。
ジュゴゴゴ、みたいな音を鳴らして機械の中でウーロン茶と水が注がれていく。
「瑠璃も何か飲むか? 私の奢りだ・・・と言っても元々フリーに設定してあるのだけど」
「では温かいものをお願いします」
「ふむ、了解した」
「ありがとうございます・・・んん」
曖昧なオーダーをしたボクも悪いが、差し出されたコーンポタージュに微妙な気分になった。微妙な顔をするボクをニマニマした顔で見るものだから余計に腹が立つ。
「それで? ボクがどうして愛の力で戦うヒーローになんてなれるんですか?」
平然とコーンポタージュに口を付けて仕切りなおす。これ以上この人の手のひらで転がされた気分になるのは御免だ。
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