6
†
中内は倒れた御夕覚の顔を覗き込むと、合掌して言った。
「……まぁよく判らないが、有難うな」
中内が車のキーを回しながら独り言のように呟いた。
「まぁ、まさかのハプニングだったが、俺の犯行がない物になったらしい。なんて幸運。後から来る奴らに沈められちまいなよ」
乗ってきたセドリックに乗り込むと、中内は東雲株式会社の本社に向かう。安堵した表情で中内は車を走らせ、駐車場に滑らせた。
玄関から中に入ると、中内はエレベーターから社長室に向かった。
「只今帰りました」
「中内、御苦労だったな」
社長はソファに体を沈めたまま中内に向かって言う。
「犯人は片付きました」
「なるほど、これはこういう事かな?」
社長はぱちんと指を鳴らした。ボディガードの2人の屈強な男が中内の腕を掴む。
「なっ……!」
「貴様、私を騙したな」
「何を仰っているのか……」
「何をって、喋ったじゃないか」
ボイスレコーダーを入れると、そこからは中内が御夕覚に呟いた声が聞こえてきた。
「何だこれは…!」
「何って、これは自白だよな?」
社長室の入り口から入ってきたのは、死んだ筈の御夕覚、そして啓斗、【捜し屋】……
†
すっかり俺も騙されてしまったが、全ては御夕覚の自作自演だったのだ。そこに賛同したのが啓斗。啓斗が持っていたのは玩具のナイフだったのである。
「あの壁の向こうに薬物が隠されている事は、既に調べはついていた。自白さえあればお前をパクることができる。まんまとハマったな、中内」
「……!」
「俺様をなめるなよ」
「観念しろ、中内」
中内はボディガードの腕を払うと、ポケットからナイフを逆手に取りだした。
「どいつもこいつも……鬱陶しいんだよ!」
ナイフを手に社長に斬りかかる中内の前に立ちはだかった充が、中内の鳩尾に肘を叩き込んだ。怯んだ中内からナイフを奪うと、鳩尾に掌底を撃ち抜く。
「がはっ!」
中内は倒れた。御夕覚は倒れた中内に手錠をかける。啓斗を見るとにっと笑って言った。
「よかったな。親父が信じてくれて」
「へっ?親父?」
啓斗は頬を人差し指で掻きながら照れて顔を伏せた。
「これで、一件落着ってやつだな」
†
それからの話。逮捕された真犯人の中内は全面的に犯行を認めている。勿論社長秘書の椅子は別の人間に渡している。
事件からほどなくして、京は意識を取り戻した。後遺症もなくリハビリに励んでいるらしい。啓斗はまた音楽活動を再開。勿論、彼が東雲株式会社の社長の息子である事は完全に伏せている。それを別にしても啓斗のセンスも歌唱力もピカ一だ。
そして俺達は、またいつもの日常を取り戻した。
「お~い、天河~」
「いらっしゃい。あ、御夕覚じゃん」
「今川焼き、ずんだ1個くんねぇ?今川焼きだけに、今皮食べたくて……」
「結構無理あるぞ……」
「びっくりしたろ。あれは」
「いやいや、ホントに死んだと思ったよ」
腹を抱えて笑う御夕覚。
「俺様、俳優になれるかな?」
「もうちょい、ギャグセンスあればな」
「よく言うぜ」
物騒な事件に震えようが、俺はこの街が好きで離れられない。癖も強いが素敵な仲間がわんさかいるからである。俺は今日もまた、今川焼きを焼き続ける。
「そういや、訊きたいことがあるんだ」
「何だ?」
「……お前、ホントに注文したら1グロスも今川焼き焼いてくれるのか?」
「……誰から聞いたんだよ?」
「有名だぜ、一部マニアの間で」
「今は注文は受け付けないぜ」
俺は不意に、天峰にグラフィティを頼んだ事を想いだし、また1グロスの今川焼きを注文されないか、ヒヤヒヤした気持ちになった。
――それなら、一万円のミルクレープにしてくれと願いながら……
音路町ストーリー 回転饅頭 @kaiten-buns
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