中内は倒れた御夕覚の顔を覗き込むと、合掌して言った。


「……まぁよく判らないが、有難うな」


 中内が車のキーを回しながら独り言のように呟いた。


「まぁ、まさかのハプニングだったが、俺の犯行がない物になったらしい。なんて幸運。後から来る奴らに沈められちまいなよ」


 乗ってきたセドリックに乗り込むと、中内は東雲株式会社の本社に向かう。安堵した表情で中内は車を走らせ、駐車場に滑らせた。

 玄関から中に入ると、中内はエレベーターから社長室に向かった。


「只今帰りました」

「中内、御苦労だったな」


 社長はソファに体を沈めたまま中内に向かって言う。


「犯人は片付きました」

「なるほど、これはこういう事かな?」


 社長はぱちんと指を鳴らした。ボディガードの2人の屈強な男が中内の腕を掴む。


「なっ……!」

「貴様、私を騙したな」

「何を仰っているのか……」

「何をって、喋ったじゃないか」


 ボイスレコーダーを入れると、そこからは中内が御夕覚に呟いた声が聞こえてきた。


「何だこれは…!」

「何って、これは自白だよな?」


 社長室の入り口から入ってきたのは、死んだ筈の御夕覚、そして啓斗、【捜し屋】……



 すっかり俺も騙されてしまったが、全ては御夕覚の自作自演だったのだ。そこに賛同したのが啓斗。啓斗が持っていたのは玩具のナイフだったのである。


「あの壁の向こうに薬物が隠されている事は、既に調べはついていた。自白さえあればお前をパクることができる。まんまとハマったな、中内」

「……!」

「俺様をなめるなよ」

「観念しろ、中内」


 中内はボディガードの腕を払うと、ポケットからナイフを逆手に取りだした。


「どいつもこいつも……鬱陶しいんだよ!」


 ナイフを手に社長に斬りかかる中内の前に立ちはだかった充が、中内の鳩尾に肘を叩き込んだ。怯んだ中内からナイフを奪うと、鳩尾に掌底を撃ち抜く。


「がはっ!」


 中内は倒れた。御夕覚は倒れた中内に手錠をかける。啓斗を見るとにっと笑って言った。


「よかったな。親父が信じてくれて」

「へっ?親父?」


 啓斗は頬を人差し指で掻きながら照れて顔を伏せた。


「これで、一件落着ってやつだな」



 それからの話。逮捕された真犯人の中内は全面的に犯行を認めている。勿論社長秘書の椅子は別の人間に渡している。

 事件からほどなくして、京は意識を取り戻した。後遺症もなくリハビリに励んでいるらしい。啓斗はまた音楽活動を再開。勿論、彼が東雲株式会社の社長の息子である事は完全に伏せている。それを別にしても啓斗のセンスも歌唱力もピカ一だ。

 そして俺達は、またいつもの日常を取り戻した。


「お~い、天河~」

「いらっしゃい。あ、御夕覚じゃん」

「今川焼き、ずんだ1個くんねぇ?今川焼きだけに、今皮食べたくて……」

「結構無理あるぞ……」

「びっくりしたろ。あれは」

「いやいや、ホントに死んだと思ったよ」


 腹を抱えて笑う御夕覚。


「俺様、俳優になれるかな?」

「もうちょい、ギャグセンスあればな」

「よく言うぜ」


 物騒な事件に震えようが、俺はこの街が好きで離れられない。癖も強いが素敵な仲間がわんさかいるからである。俺は今日もまた、今川焼きを焼き続ける。


「そういや、訊きたいことがあるんだ」

「何だ?」

「……お前、ホントに注文したら1グロスも今川焼き焼いてくれるのか?」

「……誰から聞いたんだよ?」

「有名だぜ、一部マニアの間で」

「今は注文は受け付けないぜ」


 俺は不意に、天峰にグラフィティを頼んだ事を想いだし、また1グロスの今川焼きを注文されないか、ヒヤヒヤした気持ちになった。

――それなら、一万円のミルクレープにしてくれと願いながら……



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音路町ストーリー 回転饅頭 @kaiten-buns

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