第2話 出会い
それは光を追っていた。
木々の間を縫うように差し込む夕陽が、いつもと違う輝きを放っていた。
何か小さなものが、川辺で光を散りばめている。
好奇心に導かれるまま、それは音もなく近づいていった。
そこにいたのは、見たことのない生き物だった。
小さな手で水際の石を拾い上げては、夕陽に透かして見ている。
笑う度に頬が淡い薔薇色に染まり、濡れた足が川面に作る波紋が、きらきらと光の環を広げていく。
それは息を呑んだ。森で見る宝石のような存在。小鳥でも獣でもない、けれど確かに生きている。温かそうで、柔らかそうで、光に満ちている。
近づきたい。 もっと見たい。 知りたい。
一歩、また一歩。
その時、生き物が振り向いた。 大きな目が見開かれ、表情が凍りついた。
「うわあああああ!」
耳を刺すような叫び声。それは初めて聞く音に戸惑った。小鳥のさえずりでも、獣の咆哮でもない。何か違う。その叫びには、見たことのない感情が含まれていた。
生き物は震えている。涙が頬を伝い落ちる。そして動けなくなっているようだ。
なぜ?どうして?この小さな宝石のような存在が、自分を見て怖がっている?
考える間もなく、世界が炸裂した。
轟音。閃光。そして、痛み。
初めて知る感覚が体を貫いた。
温かい何かが流れ出している。振り返ると、木々の影から別の生き物が現れていた。長い棒のような何かを構えている。その先から、また閃光が走る。
痛み。 危険。 死。
初めて理解した概念が、本能を呼び覚ました。
それは跳んだ。
棒を持つ生き物に向かって。
音を立てず、躊躇わず。
生存本能のままに。
瞬く間もない短い闘い。あっけない結末。
生き物は声を出すことなくその場に倒れ、赤い体液で草地を染め、徐々に動かなくなっていく。
それはその傍らに佇んだ。
命が抜け落ちていく様を見つめながら、森の中で幾度となく目にしてきた光景を思い出していた。
朽ちゆく木々が土に還り、新しい芽を育むように。落葉に潜む虫たちが、より大きな生き物の糧となるように。
全ては循環し、森に溶けていく。
死は終わりではない。それは知っていた。
ゆっくりと体を低くし、倒れた生き物に触れた。
温かい。
まるで夏の日差しのよう。
生命の余韻が、まだ確かに脈打っている。
それは自然の摂理に従った。
静謐な森の中で、ゆっくりと、まるで祈りを捧げるように、その存在を吸収していった。生きていた証が、記憶という名の光となって、体内に流れ込んでくる。
記憶が流れ込んできた。言葉。感情。人生。
「父さん!」という叫び声の意味。 「銃」という武器の存在。 「狩り」という行為の目的。 「恐怖」という感情の正体。
夕陽が沈みかける頃、森は再び静寂に包まれていた。小さな生き物―子供は、もうそこにいなかった。
川面に映る自分の姿が、以前とは違って見えた。それは人間を知った。そして、自分が人間ではないことを知った。
空には最初の星が瞬き始めていた。 それは新たな目覚めの夜を、静かに見上げていた。
ニコと青い花の怪物 おもち @mochigomeme
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