ニコと青い花の怪物

おもち

第1話 目覚め

最初、それは意識すら持たなかった。



深い森の中で、朽ちた木々の下で、ゆっくりと形を成していった存在。

苔のような柔らかさと、岩のような硬さが混ざり合い、風に揺れる枝々の間から差し込む光を感じ取る何かが、そこにあった。



時は流れ、季節は移ろい、その存在は少しずつ変化していった。

落ち葉が積もっては朽ち、新芽が芽吹いては育つのを見つめ続けた。

雨は自分の体を潤し、日差しは温もりを与えた。小さな虫たちが這い回り、鳥たちが歌い、獣たちが駆け抜けていく。



ある日、それは「見ている」という行為を認識した。


その瞬間から、世界は一変した。


枝垂れる若葉の緑は、かつてないほど鮮やかに映った。春風に乗って舞い降りる桜の花びらの一枚一枚が、まるで意味を持つかのように、ゆっくりと舞い落ちる。清らかな小川のせせらぎは、どこか歌のように聞こえ始めた。


それは美しさというものを知った。


夜には、月明かりが作る光と影の陰影に見入った。星々の瞬きが物語を語りかけてくるようで、銀河は果てしない神秘を湛えていた。



やがて、それは動き始めた。

最初は、ゆっくりとした身震いのような動き。

次第に、意志を持った移動へと変わっていった。苔むした岩の上を這い、枯れ木を伝い、時には小川に身を浸した。


生きているものたちの息遣いを感じ取れるようになった。

小鳥のさえずりに込められた喜びや、狼の遠吠えに秘められた孤独を。

生命は躍動し、死は静けさをもたらし、そのどちらもが森の調べの一部となっていた。


それは考え始めた。

自分とは何者なのか。

なぜここにいるのか。

この美しい世界は何のためにあるのか。


答えは見つからなかったが、それは構わなかった。

問いを持つことそのものが、存在の証となっていった。



森は満ちていた。

生命で、色で、音で、匂いで。それはその全てを吸収していった。

朝露のようにみずみずしい好奇心で、世界という詩を一節一節、飲み込んでいった。


そうして、それは自分自身の中に、何か大きなものが育っていくのを感じていた。

それは渇きのようでもあり、憧れのようでもあり、喜びのようでもあった。



ただ、まだ知らなかった。 その感覚に「孤独」という名前があることを。

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