第2話 無茶な依頼

第1章 邪心の化石

第2話 無茶な依頼

 現在時刻22時34分。ある町での出来事だ。その町では、真夜中なのにもかかわらず酒屋での喧嘩が絶えない。

道中では犬や猫が共食いをしており、道を進めば死体。左を曲がると死体。後ろに戻っても死体。歩みを止めれば自分が死体になる。

いわゆる、スラム街という場所での出来事。ある夜、そんな物騒な町に一人の男が何かを求めてやってきた。


「お、いらっしゃいお客さん。すみませんね騒がしくて、今あそこで殴り合いが合ってですね。あまり近寄らない方がいいですよ。」


男は酒屋に足を踏み入れた。店の中は殺伐としているようだ。喧嘩をする者やその喧嘩を娯楽としてみている者、どちらが勝つかと賭けを行う者。

この酒屋には人生に諦めた屑共が娯楽を求めてやってくる。酒屋の空気は人間が放つ邪心で満ち溢れていた。男はテーブルカウンターに座り静かに酒を一杯頼む。


「はいよお待ち」


出されたのは体に悪そうな蒸留酒だ。男は静かにコップへと手を差し伸ばすと酒を飲み始めた。

そこから数分後、ちまちまと酒を飲む男。そしていまだに続く喧嘩。男は喧嘩を止めもせず、かといえば娯楽として楽しんでいるわけでもなく、ただ淡々と視線を向けていた。

酒屋の店員は不思議そうに男の指を見つめていた。その指はまるで何かを数えているかのような、そんな動きをしていた。気持ちが抑えられなくなった店員は男に尋ねた。


「何を数えているんです?」


男は答えない。少し不気味に思った店員は男の様子を見ることにした。

すると店員はあることに気が付く。男の背中に文字が刻まれていたのだ。見知らぬ文字が、店員は男に尋ねる。


「背中の文字どうしたんですか?」


そうすると、先ほどまで口を開こうともしなかった男は、一言、小さな声で店員に言い放った。


「、、、、%wーmだ」


聞き取れないほどに小さい声だ。微かに聞こえたのは”ワーム”という単語だけだった。

男は金も払わず酒屋を立ち去る。酒屋からは物音ひとつさえも聞こえなくなっていた。酒屋に残るのは大量の飲み残された酒と、人形のように動き一つさえも見せない人々の姿だけだった。


 場面は戻り3月23日現在時刻6時36分。エルレト探偵事務所にて、エルレトはいまだに化石を見つめている。考古学者にでも売ろうかとも考えていたエルレトだが、なぜか売る気が一切出てこないのだ。

金に目がないはずのエルレトだが、この化石ばかりは売れないらしい。エルレトは不思議に思っていたのだ。なぜ見知らぬ文字が理解できるのか、そしてなぜ最初の文字だけが理解できないのか。

ワームとはいったい何なのか?あの声はいったい何だったのか?エルレトは考える。考える。そして考えた。

考えた結果わからないという結論に至った。当然だ、知識がないのに色々考えたところで何かわかるはずがない。探偵とはよく言ったものだ。

結局化石は机の上に置いたまま時間だけが着々と過ぎていく。何をすることもなくエルレトはただボーっと化石を見つめていた。

階段から誰かが上がってくる足音が聞こえる。エルレトは未だにボーっとしていた。

足音が近づいてくる。エルレトはその足音に一切気が付かない。

すると、今日まで自分の手でしか開いたことのないドアが、他人の手によって開かれた。依頼人だ。


「失礼いたします。隣町からやってきました。エルレト探偵事務所のエルレトさんは、いらっしゃいますか?」


エルレトは久々の依頼人で驚きを隠せない。だがそこは持ち前の探偵風を吹かせつつ冷静を装いクールに言葉を返す。


「あぁ、私がエルレトだ。お嬢さん、依頼人かい?」

「はい、実は、、」


彼女は隣町の酒屋の娘だそうだ。どうやら昨晩父が営んでいる酒屋で大量虐殺が起きたらしい。そのうえ不思議なことに死体は皆一切動きも変えず、一滴も血を流していないそうだ。

町の人たちは彼女の父が酒に毒物でも仕組んだのではないかと彼女の父を疑っているらしいが、彼女が言うには父はそんなことをする人じゃない!と、少し考えればわかる。

酒屋である彼女の父が大量虐殺をしていった何のためになるというのだろうか?町の住民たちは相当頭の出来が悪いのだろう。

彼女はそんな父の無実を証明するべく、真犯人を暴いてほしいと一番近く町の有名な探偵であるエルレトに依頼をしてきたのだ。

エルレトは思った。これは石の事件じゃないのか?と、だがせっかくの依頼人を引き返させるわけにもいかない。

そしてエルレトが持つこの化石がもしかすると何処かで石の事件と関係しているのかもしれないと思ったエルレトは依頼を引き受けることにした。


「分かりました。お嬢さん、その依頼引き受けましょう」

「本当ですかエルレトさん!感謝申し上げます。どうか父の無実を証明してください。そしてどうか、真犯人を暴いてください」


もう一度言おう、彼はエルレト・ワーム、無能で有名な実績もなければ能力もない、解決した事件数は0の知名度ばかりが高い無能探偵だ。

しかし今回の彼は本気である。普段はどす黒い眼をしている彼の眼には今、黄色い電撃が走っている。

百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。話を聞くだけでは、事件の詳細なんてわかるはずがない。エルレトは化石を手にもって早速娘と共に隣町へ向かう。

しばらく歩いているとエルレトは自分達がどこへ向かっているのかを察した。


「隣町ってこの方向、、まさか」

「はい、私の故郷ニゲルベアです」


ニゲルベアとはコト二ベアが可愛く見えるほどに治安が悪い町、というよりかはスラム街だ。誰も好き好んでくるような場所じゃない。

こんな町で生き抜いてきたこの娘はただ者ではないんだろうなとエルレトは思った。


「ここが父の酒屋です」


目的地に到着するとエルレトは早速店の中に入った。中には大量の死体が放置されていた。なぜ誰も片付けないのだろうか。エルレトは疑問に思った。

周りを見渡すと大体の死体の近くには酒が置いてあった。全く飲まれていないものから飲み切ったものまで、見渡す限り大体の酒は死体の近くにあったり持たれていたりしていた。エルレトは不思議に思った。

酒が近くに置いたあるだけの死体はともかく、なぜ酒を持ったまま死んでいる者がいるのか?と、するとエルレトの眼に一つのコップが映り込んできた。ちょうどテーブルカウンターの場所に逆さに置かれている空のコップだ。

しかも不思議とそのコップの周りにだけ死体がいないのだ。エルレトはそのコップを手に取った。コップからは蒸留酒のきついにおいがしてきた。


「どうです?エルレトさん。何かわかりましたか?」

「これだけではまだ分からないなぁ。かといって町の人から話を聞くのはさすがに無理がありそうだ。今日の夜一回この辺りを調査してみることにするよ。もしかすると今晩も何処かでやるかもしれないからね」

「そうですか。でも、二日連続で大量虐殺なんて起こりえるのでしょうか?」

「ない、とも言い切れないからね。今日はその可能性に目をつけてみよう。お嬢ちゃんはもう帰っておきなさい」

「いえ、私も一緒にやります」


彼女はわがままを言いだした。どうやら自分の眼で自分の父が本当にやっていないことを確かめたいらしい。


「お父さんが心配するんじゃないのかい?」

「父は今疑いがかけられているため牢獄に閉じ込められています。母はずいぶん昔に亡くなられていまして、ですので今家にいるのは私一人だけですので大丈夫です!」


さすがにこんな危険な町で小娘一人を帰らせるわけにもいかないと思ったエルレトは彼女と行動することを決めた。


「分かったよお嬢ちゃん。でもいいかい?私からは離れないことを誓っておくれよ。なんせこの町はただでさえ物騒だからね。そのうえ大量虐殺犯がいるとなるとなおさら心配だ」

「心配しないでください。私こう見えても力持ちですから」


そうすると彼女は自分の力こぶを自慢げに見せてきた。顔とは釣り合わないほどに強そうだ。よく見ると足の筋肉もしっかりとしている。この町で育っただけはある。


「ちなみにお嬢ちゃん名前は?」

「私はシャールです。シャール・フロイ」

「よし、今夜は一緒に頑張ろうシャール君」

「はい!よろしくお願いします。エルレトさん」


お互いに固い握手を結び、今夜シャールとともに行動をすることにしたエルレト。だが何度も言うが彼は無能探偵だ。先ほどまで探偵風を吹かせていたがそれもここまでくるともう終わりだ。

今まで事件を調査するといった行為を一回も体験してこなかった彼にとって初の調査がこんな難易度の高い事件だなんて、何をすればいいのか戸惑うにきまっている。エルレトはとりあえず大量虐殺ができそうな人がよく集まる場所へと向かった。

ここは決闘場だ。国では禁じられているはずだがそこはさすがスラム街といったところだ。こういったものを平気でやり出す。エルレトとシャールはしばらく決闘場を見張ることにした。

見張ること5時間


「なんも起きる気配がねぇなおい!」


エルレトはそう怒鳴ったが、その声も周りの決闘を応援する者達の声でかき消された。

現在時刻3月24日0時56分何かが起こったわけでもなくただ着々と時間だけが過ぎていった。シャールはすでに眠りについており起こそうにもかわいそうだからとエルレトはそのまま放置した。

しばらくすると猛烈な尿意がエルレトを襲った。するとエルレトは尿を足すために近くの森へ足を運んだ。

暗い真夜中の不気味な森でエルレトは鼻歌を歌いながら用を済ます。するとどこからともなく微かに声が聞こえてきた


「$%#”&#$”#%$%」


この前聞いた声と似ているが今度は全く理解することができない。エルレトは恐怖心に襲われ思わず後ろを振り向く。すると、

そこには何もいなかった。気のせいかと安堵の一息をつくエルレト決闘場に戻ろうとしたその時、今度ははっきりと、くっきりと耳元で声がした。


「”##%&$#”$%」


エルレトは凍り付いた。耳元では声と共に呼吸音も聞こえる。これはなんだ?恐怖心でエルレトの心は満たされた。

恐る恐る振り返るとそこにはこの世のものとは思えない姿の何かが木の上からぶら下がっていた。失禁をしてしまいそうなほどに震えたエルレトだが、幸いにもう用は済ましたため漏らすことはなかった。倒れこむエルレト。

エルレトはあまりの恐怖に声を上げることなくその場から透かさず立ち去ろうと走っていった。後ろからはその何かがずっと追いかけてくる。


「(#$%’(#$%’(#$%’(#$%’」


その何かは何かを唱え続ける。そのたびにエルレトは諦めて走るのをやめようかと言う気持ちがどんどん膨れ上がっていった。心の中で着実に、その気持ちは大きくなっていっている。

それが限界に達しエルレトは歩みを止め流れに身を任せることにした。その時。エルレトは化石から聞こえた声を思い出した。それと同時に化石から声が聞こえた。


「に#%ん$%$くえ%」

「なんて?」


最初のころとは違い大分はっきりと声が聞こえるようになった。声はまた聞こえてきた。


「にん%ん$れ$しょks」

「なんて言ってるんだ!」


少しづつ


「にん間$れを食せ」

「食せ?」


はっきりと


「俺を食s”人間$%を食せ」

「食えばいいだな!」


はっきりとその言葉が理解できたエルレトは希望を込めて化石を口の中へほうり込もうとした。その時。


「ごハっ、、、なんだ、これ、、」


時はすでに遅く、エルレトはその何かに捕らえられ、腹部を触手状の針で貫かれた。目の前には自分の血液と内臓が飛び散る。あまりの痛みに死を悟り気を失いそうになるエルレト。


「%#$$%$&”$&%$」


その何かは少し笑ったように声を上げ、何かを言っているようだ。するとエルレトを口の中へと投げ入れた。ほとんど気を失っていたエルレトだがそこは火事場の馬鹿力、エルレトは力を振りすぼって化石を口の中へと投げ入れた。

喉を通るざらざらな石の感覚。まるで飴玉を喉に詰まらせた時のような不快感だ。

化石を飲み込み終えたエルレトは眩い光に目を包まれると感電したかのような感覚に襲われた。

その瞬間エルレトの意識は飛んだ。

気を失ったエルレト。だが不思議と彼の心の中には安心感だけが、残っていた。

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邪心の化石 @kamacyo1919

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