第67話◇とっくに知ってる




 子うさぎことアレテーの両親が、迷宮都市プルガトリウムにやってきた。

 そして娘を連れ帰ると言う。


 ディルはひとまず、一階の雑貨屋に顔を出し、店主であり元パーティーメンバーでもあるレオナに、教官の代役を頼む。


 彼女は「まっかせて!」と請け負ってくれたので、ディルは再び自室へと戻った。


「戻ったら消えてたりしないかなと思ったんだが……そんなわけないか」


 一縷の望みが潰えたことに肩を落とすディル。


「……そろそろ、しっかりと説明して頂けるかな?」


「説明と言われてもねぇ……」


 ディルは食卓に腰を下ろし、朝食の続きに手を伸ばす。

 彼を待っている間にアレテーと両親も席についていたが、構いはしない。


「んぐっ。お子さんは受講料以外に金のない状態でうちに来ましてね。はぐっ。あまりに哀れなもんだから、うちの所長が同情したんですよ。ずずずっ。つまり、家を貸してやることにしたわけです。それが、お二人が先程訪ねた部屋ですな」


 ディルは慣れない敬語を使いながら話し始める。


「……続けてください」


「で、俺は直接の担当教官なわけです。アドベンチャースクールからの支援に少しでも恩返しをしようとした娘さんは、隣室に住む俺に食事を振る舞ってくれることがある、とまぁそんな具合でして」


 真実にそれっぽい嘘を織り交ぜて説明するディル。

 真実百パーセントで話しても不信感を煽るだけなのだから、ディルとしてはこれで乗り切るつもりだったのだが。


「……この方はそう言っているが、どうなんだアレテー」


「えっ!? は、はい。先生は本当のことを仰ってます……よ?」


 元気いっぱいの魚みたいに目が泳いでいるアレテー。


 父母からの疑う視線がディルに突き刺さるが、彼はどこ吹く風だ。


「どちらにせよ、ご両親が心配するようなことはしていませんので、ご安心を」


「娘は随分と貴方を信頼しているようです……。こちらも、そこは信じましょう」


 堂々と食事を終えたディルは、残ったミルクを一気に喉に流し込む。


「では、今度はそちらのご用件を。娘さんを連れ帰るとのことでしたが」


「えぇ。探索者なんて危険な仕事を続けさせるつもりはありませんので」


「そうですよ……! アレテー、一緒に帰りましょう? 貴女まで失うかもしれないと思うと、母は耐えられません……!」


 涙を浮かべる母親に、アレテーが申し訳無さそうな顔をする。

 心配をかけた罪悪感だろう。


「しかし、それを決めるのは娘さん自身では?」


「……お借りしているお金に関してはお返し致しますし、違約金などがある場合もしっかりと――」


「あぁ、何か勘違いされているようですな。娘さんは第一階層探索免許を取得した、立派な探索者です。金銭面では、もはやご両親の庇護など不要でしょう」


「――な」


「それに、炊事洗濯と家事も万能。この通り住むところはありますし、友人も多い。危険というのならば、部屋で転んで頭を打つ可能性だってあります。だからって、怯えて一歩も動かない者がいますか?」


「特別危険な仕事から離れてほしいと考える親心を、理解出来ませんか?」


「私に言われても困りますよ。逆に訊ねますが、その程度のことは理解した上で、娘さんがこの街に来たとは考えられないのですか?」


「……娘は、現実を受け止めきれていないだけなのです」


「アレテー……気持ちは分かるわ。けれど、あの子は……貴女の弟は、もう何をしても蘇らないのよ」


 それが世の理。

 死者は生き返らない。

 だから残された者は悲嘆に暮れるか、そうでなければ前を向いて生きるしかない。

 どうか返してくださいと神に祈っても、聞き届けてはもらえないのだから。


 アレテーの両親は、何も間違ったことは言っていないのだ。

 だが――。


それは違う、、、、、


 ディルは思わず口に出してしまった。


 ここは世界で唯一、ダンジョンのある街。

 人の大罪を体現する迷宮の築かれた街。

 ここでだけ、世界の理に背くことが出来ると、知っているから。


「……我々も娘を探す過程で知りました。第八階層の噂。なんでも、死者を取り戻すことが出来るのだとか。そのような夢を見る者がいるのも理解は出来ます」


「でもねアレテー。仮に叶うのだとしても、そんなこと願ってはいけないのよ」


 彼女の両親が諭すように言う。


「――どうして?」


 黙っていたアレテーが口を開く。


「わ、わたしは、そうは思わない。これからも先生に、色々と教わって、いつか、もう一度あの子に逢うんだから……!」


「アレテー……! いい加減に現実を見なさい!」


「ちゃんと見てる……! お父さんとお母さんの方こそ、どうして諦められるの!?」


 アレテーは立ち上がると、そのまま玄関から外に飛び出していった。


「アレテー! 待ちなさい!」


 父の制止も無視して、アレテーは消えた。

 教習所に向かったのか、行く宛などないのか。


 ……おいおい、お前の親を俺の部屋に残して行くなよ。

 ディルは胸中で愚痴った。


 父親は息を荒げているし、母親は顔を手で覆ってしまうしで、非常に気まずい。


「そうだ。お二人、宿は決めてますか?」


「はぁ……? いえ、まだですが」


「じゃあ、いいところを紹介しますよ。『白羊亭』といって、良心価格に美味い飯、可愛い看板娘もいる宿で、オススメです。ひとまず宿に行かれては? 再会出来たのだから、話をする機会はまだあるでしょう」


「…………そう、ですな」


 娘もいないのに、ディルの部屋にいてもしょうがない。

 そのことに頭が回ったようで、アレテーの父が立ち上がる。


 妻を支えるように立ち上がらせ、夫婦で玄関へ。


「その……先生、お名前は」


「ディルですが」


「ディル先生は、本当に死者が生き返るとお考えで?」


「ダンジョンを知れば知るほど、第八階層を信じられるようになりますよ」


 実際、深層まで潜れる者の多くは、到達したことがなくとも第八階層を信じている。

 深層に辿り着くまでの過程で、ダンジョンが起こす奇跡を多く体験しているからだ。


「仮に可能だとしても、それを禁忌だとは思わないのですか?」


「はははっ」


 ディルはおかしくなって吹き出してしまう。


「……今、何か変なことでも」


「いえね。迷宮がどう呼ばれているか、ご存じないようなので、おかしくて」


「……『大罪ダンジョン』でしょう? それがどうしたというのです」


「知っているのなら、何故あんなくだらない質問を?」


「はい……?」


「死者の蘇生が大罪ダンジョンで叶うなら、それは罪に決まっているでしょう」


「――――」


「分かった上で叶えたい奴だけが、ダンジョンに潜るんだ」


 ディルの言葉に気圧されつつ、彼女の父は決意を新たにしたようだった。


「……なおさら、娘を連れ帰らねばなりませんな」


「まぁまぁ、それは娘さんが何をしてきたかを知ってからでも遅くはないでしょう」


 彼女の両親を玄関の外に追い出してから、ディルは深く溜め息をこぼす。


 ――こんなの、ガラじゃないんだが。


 だからといって、見捨てるわけにもいかない。

 家族の問題に介入したくはないが、ディルはアレテーを深淵に連れて行くと誓ったのだ。


 約束を破るつもりはなかった。


「どうするかな……」


 ひとまず、教習所の長である幼馴染リギルに相談する必要がありそうだ。



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大罪ダンジョン教習所の反面教師~外れギフトの【案内人】が実は最強の探索者であることを、生徒たちはまだ知らない~【Web版】 御鷹穂積@書籍7シリーズ&漫画5シリーズ @hozumitaka

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