第13話(最終話) 復活「モンブランの天ぷら」
公民館を後にした春馬は、「よーいドン!からほり祭り」マップを手に、さくらたちが食べていたソフトクリームを買いにと、商店街の出店に向かった。店に着くと、ボランティアでソフトクリームを作っていたのは、岡田豆腐店のおばちゃんだ。
「春馬くん、何味がええの?」
「えっと、バニラとチョコのミックスで」
「はいよ、サービスでちょっと大きくしくな」
毎年受け持っているからか、コーンの上にくねくねと器用にクリームを高く高く盛り上げていく。
「おばちゃん、ありがとう」
特大ソフトクリームを受け取り、まずはてっぺんからぺろり。冷んやりとした甘さが体全体に溶けこんでいく。ただしサービスで大きくなった分、食べるのにバランス取るのが難しい。そろりそろり全神経をソフトクリームに集中して歩いていると前方から、
「あ、あぶない、ぶつかるよー」との声。急ブレーキで立ち止まり、ソフトクリームから視線を外すと、なんと立っていたのは右手にバニラ、左手にチョコのソフトクリームの雄大だった。
「ダイ!」「ハルマ!」同時に叫ぶ。さっとすれ違いたいところだが、ソフトクリームのせいでお互いが月の上を歩く宇宙飛行士のよう。気まずい二人のあいだに、急ブレーキをかけ電動自転車を止めたのは五十嵐だった。
「あー、やっと見つけた。そんなの食べてる場合じゃない、すぐに公民館へ行こう」
「なんで?」
「『ツーピース』まだ来てないのと違う?」
「だから、彼らが来るまでの時間、君たち二人の漫才で繋いでもらいたいんだ」
漫才と聞いて、ソフトクリームを落としそうになる春馬と雄大。
「無理無理、ダイはナオトと漫才するっていうてたし」
「違うよ。それはナオトくんが勝手に言っただけ。ハルマだって一平と……」
「それは、先にダイがナオトと組む気になったから」
「違う。そのあとナオトくんに、ボクはハルマと組んでるからダメって言ったもの」
言い合う二人の横を下級生たちが「『モンブランの天ぷら』、漫才の練習か」「喧嘩したらあかんで」と笑いながら過ぎる。
「ほらほら、あの子らの言う通り。漫才は息と間と度胸が必要、それがかみ合ってはじめてウケる。それには、たち二人でないとダメだってこと、このあいだのコンクールで証明してるだろ」
五十嵐が熱く語っているなか、春馬とダイは溶けるソフトクリームを舐めるのに夢中である。
「君たち、僕の話聞いてるのかっ!」
「ううん、聞いてなかった」
首を振るダイに続いて、春馬が付け足す。
「だからイガラシさん、もう一回、最初から言うてくれる?」
たまらず五十嵐が「できるか!」と突っ込むと、春馬とダイが同時に笑い出した。
イガラシのあとを追いかけて春馬と雄大が公民館につくと、雄大を見つけたナオトが走り寄ってきた。
「ダイ、もうすぐツーピースってコンビが漫才するって。一緒に見ようぜ」
「ごめん、ボク、今からここでハルマと漫才するんだ」
「えーそんな。俺とのコンビは?」
「前に言ったでしょ。コンビは組まないって」
「でも……」
二人のやりとりを黙って見守る春馬と五十嵐。ひつこく食い下がるナオトに見かねて、五十嵐が声をかけた。
「ナオトくん、お客さんは開演遅れてイラだってる。そんなお客さんの前で、ネタもできてない状態で漫才できる? 昔そんないいかげんな漫才をしたコンビが、漫才中に酒ビン投げられたこともある」
それを聞いたナオトは顔をしかめ、公民館の客席の中へもどっていった。
五十嵐の先導のもと公民館の裏口に向かうと、二人の父親がウロウロしていた。
「オレら、ほんまに漫才してもかまへんの?」
恐る恐る伺う春馬に「今だけ特別や」。つられて雄大の父親もうなずく。
「あ〜、足が震えてきたよ、やっぱり舞台は無理。それも、知ってる人ばっかりの前でなんて――」
「し、しっかりしろ、ダイ! 男だろ」
はげます春馬も声も上ずっている。そこへ心配したさくらが、客席からやってきた。
「どうしたの? みんな、まだ始まらないのかって、おこってるわよ」
五十嵐は手短に説明して、不安そうな顔の春馬たちを見た。するとさくらが、
「わたし、生で春馬くんたちの漫才みたーい! お願いやってよ」
これで二人にスイッチが入り、春馬と雄大は気合いを入れてハイタッチ。
すぐに五十嵐は二人を控え室に引っ張り込んでで、『ツーピース』用に準備していたワックスとハードスプレーを使って春馬たちの髪を手早くセット。
「よーし、漫才もヘアースタイルも、ばっちり!」
こう言ってから、マイクを持った五十嵐は舞台へとび出した。
「お待たせしました。『からほりエンジョイライブ』が始まる前に、先日お笑いコンテストでみごと審査員特別賞をもらった、わが町『空堀』のスター真田春馬くんと堀部雄大くんの漫才からお楽しみください。それでは、『モンブランの天ぷら』さん。どうぞ!」
春馬 はーい、どうも。僕たち小学六年コンビ。
ダイ 『モンブランの』――
春馬 『天ぷら』です。ってどんなコンビ名や!
ダイ 洋菓子屋の息子と天ぷら屋の息子だから『モンブランの天ぷら』。
春馬 胸焼けするわ!
ダイ 僕、ちょっと悩みがあって、ドッジボールの玉を速く投げたいんだ。
春馬 簡単や、投げるときに気合の声を出したらええねん。
ダイ どんな風に?
春馬 こうやって「おりゃ〜!とか、ヤーーーーとか、くらえ〜〜とか」
ダイ なるほど。
春馬 たまってる心の声を吐き出すねん、やってみろ。
ダイ 消費税反対! 学費無料化!
春馬 デモしてるのとちゃうねん!
ダイ 宿題せい! 風呂はよ入れ! 電気消せ!
春馬 それ、オレが毎日お母さんに言われていることや!
それより、掛け声やれよ! ドッジの〜〜
ダイ あなたは目玉焼きに醤油、ソース、どっち?
春馬 その質問の「どっち」やない!
ダイ 僕は両方。
春馬 知らんがな!
ダイ 修学旅行は北海道、沖縄、どっち?
春馬 えーっと――
ダイ 両方
春馬 行かれへんねん! ちゃんと声出しせいや!
ダイ 「いらっしゃいませーいらっしゃいませー美味しいスワンのモンブラ
ンはいかがですかー」
春馬 おい! 自分ところの店の宣伝すな! それやったら
「いらっしゃい〜〜、紅天のあげたて さくさく 紅しょーがてん、
こうばしぃて おいしいよ〜〜」
ダイ 「ショートケーキもプリンも、一度食べたらやめられない」
春馬 「ご飯のお供に、ちくわ天、ごぼう天」
ダイ 「店が新しい」
春馬 「店に歴史がある」
ダイ 「店番するお母さん綺麗」
春馬 「うちもそこそこ綺麗」
ダイ 「お父さん男前」
春馬 「うちもそこそこ男前」
ダイ 「えーーっと」
春馬 っていうか! ドッジの話はどこいってん!
ダイ 「じゃあ、この漫才、続ける、やめる、さあーどっち!?」
春馬 もうやめさせてもらうわ!
からほり祭りから一週間後。商店街の掲示板に一平の『からほりニュース』が貼られていた。春馬たち『モンブランの天ぷら』を中心に、会場の一コマとしてジャージー姿の福田先生とさくら達クラスメートのはじけるような笑い顔。客席の後ろで少しばかり間をおいて立つ、春馬と雄大のお父さんたちも笑っている。なかでも一番スペースをとっていたのは、緑のTシャツの後ろ姿で自転車を立ちこぎするアフロヘアー五十嵐の、お尻をつきだした思いきりかっこわるい写真だった。
〈アーサロン五十嵐〉も、祭りをきっかけに地元の人たちとの交流が増え、お客さんもポツリポツリだが来るようになった。
そして午後六時に店を閉めたあと五十嵐は、毎日のように、「なにわトップ劇場」へ出向く。
以前、新ネタを提供したもののスベった『ジェットコースターズ』に、以後何度も台本を持って行ったところ、「ネタ創り、一緒に参加してくれへんか」と声をかけてもらったのだ。
今も客の合間に店のテーブルで、彼ら用のボケの案出しでパソコンと睨めっこ中だ。
――ピピピ、お風呂が沸きました。
という機械音声で、代わりにどんなことを言うと面白いか。
・ピピピ、あと五分でお風呂が沸きます。ピピピ、あと四分五十九秒でお風呂が沸き ますピピピ、あと四分五十八秒で(一秒単位で刻むなよ!)
・ピー、ピー、ピー、ピーーーーーーー(心電図ちゃうねん!)
・ピピピ、ピ、ピ、ピピ、ピピピ、ピ、(モールス信号で言うな!)
もっともっといい案をと思案しているところへ、春馬と、「スワン」のケーキの箱を手にした雄大がやって来た。
「こんばんは、イガラシさん。もしかしてお仕事中?」
「そう。ネタ、考えてる」
「じゃ、ひと休みしてこれどうぞ」
雄大が、箱をうやうやしく差し出しす。
「ありがたい! ネタが苦しくて、糖分、欲していたところだったから」と五十嵐が、期待に満ちた顔で箱をあけたとたん、
「えっ、なに! これ?」
入っていたのは、黄色い野球のボールのようなのがコロンと一つだけだった。
目を丸くする五十嵐に、春馬が得意気に言った。
「オレの両親とダイの両親がコラボして作った、モンブランの天ぷら!」
「へぇー、本当に作ったのか!?」
「そう。ママに『つまらないプライド、すてなさい』ってさとされたパパと――」
「お母さんに『しょーむない意地はらんとき』って怒られたお父さんが――」
子どもたちのおかげでピンチ切り抜けられたのだから、今度は親たちが協力して、子供たちにお礼の気持ちと思い始め、その結果が目の前の「モンブランの天ぷら」だった。
「これ、どうやってつくったの?」
「まず、ママが甘栗にミルクと砂糖を加えて弱火で潰しながら煮て、そのあとパパが裏ごしをして、モンブランをつくった」
「オレとこでは、お母さんがホットケーキを焼き、お父さんがいちばん深い揚げ鍋に、油をたっぷり入れてモンブランの到着を待つ」
まもなく届いたモンブランは、薄く伸ばしてホットケーキで丁寧に包み、春馬のお父さんが揚げた。
「最初は、温度が低すぎて油のかたまり」
「つぎは、パパの提言で温度を上げたが、焦げすぎ」
「ここらで揉め事あったけど――」
「母親たちのとりなしで――」
「しまいには四人仲良く、あーでもない、こーでもないと試行錯誤」
「なんとか、ここまでに仕上がりました、イガラシさん」
「よくやろうと思ったね」
「さあ、試食して」
二人は目を輝かせてすすめる。
恐る恐るという感じで一口食べる五十嵐。
「どう?『モンブランの天プラ』の味は?」
「おいしい?」
「う…ん。まったりしすぎるっていうか…でも食感は悪くないから、いいんじゃない」
「ということは、多分、五十嵐さんの漫才台本と同じかな」
「ボク、わかんないよ。ハルマ、それってどういう意味?」
「うんと修正すれば、よくなるかもってね」
苦笑の五十嵐を見て、春馬と雄大は手を叩いて笑っていた。
モンブランの天ぷら 藤田曜 @manzai1974
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