第12話 よーいドン! からほり祭り

 今年で五回目を迎える〈からほり祭り〉は、雲一つない晴天のもとでスタートをきった。両親は祭りの手伝いで早朝から出て行った。春馬も十一時前に家を出ようとすると、似顔絵を描く人が借りている「紅天」の店先では、長机の前に座った幼稚園ぐらいの女の子が似顔絵を描いてもらっている最中だった。

 今年も祭りの目玉企画は、空堀商店街のなだらかな坂を活かした「西から東へ・坂かけ上がりレース」だ。大人の部・中高校生の部・小学生の部のそれぞれ一番タイムの早かった者に五万円相当の電気自転車が贈られる。早や地元高校の吹奏楽部が商店街をパレードしているし、普段と違って商店街の店先は手作りパンや手芸品、クッキーなどのスイーツの出店で賑わっている。

しかし、一人で見るのはやっぱりさびしい。

 仕方なく〈ヘアーサロン五十嵐〉へ向かうと、入り口に赤いママチャリが止まった店の中から、緑色の地に白で『からほりエンジョイライブ』と描きぬかれた、スタッフ用Tシャツを着た五十嵐が大きな荷物を抱えて出てきた。

「あ、いいとこに来てくれた。ちょっとこの荷物、自転車の前かごにのせてくれないか」

「わぁ、重〜い。何入ってるの?」

「タオル、ドライヤー、ムースなんかのメイク用品。僕が出演者のセットをするからね」

「え、『ツーピース』のも?」

「もちろん。午後二時からだから遅れないように。またあとで――」

赤いママチャリに飛び乗った五十嵐は、荷物の重さでフラフラしながら公民館の方へ走り去った。取り残された春馬は、公園で誰か来ないかとぶらぶらしていると、

「ぼくらの漫才練習、いつするの?」とカメラを持った一平が走ってきた。

「う〜ん、夏休み中は店の手伝い増えるから。ちょっと未定」

「じゃ、決まったら電話してね、あっ、太鼓の音が! いい写真撮らなくっちゃ」

 慌ただしく去っていく一平を見送っていると、その向こうから白と紺のボーターシャツに黒縁のメガネをかけたさくらが、数人の同級生とソフトクリームをなめながらやってきた。

「ライブに『ツーピース』が出るって聞いたけど、時間知ってる?」

 春馬は得意そうに、五十嵐にもらったチラシをさくらに見せる。

「じゃ、わたしたち、それまでの時間、フリーマーケットに行ってるね」

またもや一人になった春馬が商店街に向かって歩いている前方から、五十嵐が必死の形相で赤いママチャリをこいできた。自転車は春馬の寸前で「キキイーッ」とものすごい音をたてて止まり、

「新幹線の事故で、『ツーピース』が間に合わないっ」

どなる五十嵐の顔は、こわいほどほどひきつっている。すぐに春馬はお父さんのことを思い出して「演歌の人は?」と聞く。

「同じ方面からこちらに向かってるはず。けど新幹線自体が止まってるから、演歌歌手も間に合いそうにない。とりあえず急ぐから――」と五十嵐は猛スピードで走り去る。気になった春馬が公民館のそばまで行くと、スタッフTシャツを着た人たちが右往左往していた。柱のかげから様子を伺っていると、

「すぐに、駅まで車で迎えに行くしかないやろ!」

「迎えに行っても、新幹線が到着しなければ意味ないでしょ」

ひときわ声の大きい二人が、春馬と雄大のお父さんだった。

 春馬はそんな様子に耐え切れず、逃げるように公民館をあとにした。


 公民館に一〇〇席用意の椅子はすべてが埋まり、あふれた人たちは後ろに立っている。 

 皆が今か今かと待つ『ツーピース』のライブは、開演時間の一四時が過ぎても始まりそうにない。客席がザワザワ始めたころ、舞台に登場したのはお父さんだった。

「えーと、本日はこんなに大勢の皆様にお越しいただきまして、誠にありがとうございます。ちょっと開演準備に時間がかかっておりまして、どうか今しばらくお待ちください」

「あと、どれくらい待たせる気や!」

 こんな質問を予想していなかった真田は頭をかいて「えっと……」と口ごもり、

「は、はい。あの、あと一五分ほどで始められると思います。たぶん……」

言いおいて逃げるように舞台を降りた。すぐに堀部がつめ寄って、

「一五分って、本当にそれで始められるのですか! 責任は持ってくださいよっ」

「もてるか! そんな重いもん。ああでも言わんとお客さん今にも怒りそうやったから」

「すでに怒っています。一五分後に始められなかった場合、もっと怒りますよ」

そこへ、Tシャツを汗びっしょりにした五十嵐が戻ってきた。

「いまケータイに連絡がありまして、『ツーピース』さんたち駅に到着。三十分もあれば、こっちに着くそうです」

「三十分もかかるかぁ」と顔を見合わせる真田と堀部。しばらく目を閉じ考え込んでいた五十嵐が、とつぜんに組んだ腕を解いてポンと手を打った。

「よかった、ここに一組、ぴったりの漫才コンビがいました」

「だれや?」

「早く呼んでください。はやく!」

 意気ごむ二人に向かって五十嵐はきっぱり告げる。

「それは、真田春馬くんと堀部雄大くん」

「えっ、わしとこの息子とこいつの息子が!? あかんあかん、ぜったいあかん」

「当然です。私も、ぜったい認めません」

「じゃあ、どうすればいいんですかっ!」と一歩踏み出し強い口調で詰めよる五十嵐。

「そうかて素人やぞ。店番かて『知ってる人が通るから』って恥ずかしがるヤツが、今日みたいに知ってる人ばっかりの前で、漫才出来るはずないやろ」

「うちの子もですよ。人前に出て笑わすなんてバカなこと、とんでもない」

「でもコンテストでは、ちゃんと漫才をして審査員特別賞をもらったんですから」

「あれはまぐれ。ケーキ屋の子にダマされて、いやいやしたんやから」

「そんな失礼な。ダマされたのはうちの子ですっ」

二人の親たちの言い争いは、ますますエスカレート。そんな二人に、

「ちよっと、あんたら、ええがげんにしいっ」

 大声でどなったのは、いったんは家に帰ったあと、少し前にこの場に着いた春馬のお母さんだった。すると、一緒にやってきた雄大のお母さんも、

「そうよ、パパ。空堀はもともとおじいさんたちが住んでいた町だったとはいえ、転校してきたばかりの、まして人見知りの強い雄大に、こうやって漫才コンビを組むすてきな友だちもできたのは、とっても嬉しいことでしょう」

二人の漫才に応援の口ぶりだ。五十嵐もお父さんたちに深々頭を下げた。

「お願いします。彼らならきっとこのピンチ、助けてくれますから」

だから、意地を張っていた真田と堀部も、しぶしぶながら二人が漫才することを認め、お母さんたちは笑顔で客席に向かった。


 すぐに春馬たちを捜さねばと五十嵐が会館の外に出たところ、「すごいでしょ」と、電動自転車から降りたばかりの一平に出会った。

「それ、だれのだ!」

「もちろんぼく。さっき、『坂かけ上がりレース』小学生の部で、ぼく優勝してもらったの。ニュース探しに駆け回って鍛えた脚力のおかげでね。ちょっと五十嵐さん、ぼくが乗っているところ写真に撮ってくれませんか?『からほりニュース』一面に載せたいので」

首にかけていたカメラを手渡そうとしたが、五十嵐は受け取るどころか、

「そんなことより、春馬とダイ、見かけなかったかっ」と噛み付かんばかりの勢いだ。

「ハルマなら、さっき空堀公園に一人でいましたよ」

「ダイくんは?」

「知らない。さあ、教えてあげたから、このカメラでぼくと自転車のツーショト撮って」

 しかし五十嵐は一平のカメラを無視。

「そんなことより、ちょっとこれ借りる!」

もぎとるようにして電動自転車にとび乗ると、空堀公園に向かった。

「あっあー、まってー まてーっ!」

 叫びながらも一平は、猛スピードで走り去る五十嵐の後ろ姿を撮っていた。

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