第11話 やきもち

 それから三日後の一学期終業式、朝の教室。

ほんとうならば、明日から夏休みで嬉しい春馬なのに、あれ以来、雄大とは口をきいてないし、一平との漫才もネタがうまく決まらない。すべての歯車がズレてしまった春馬がもやもやしているところへ、担任の福田が先生が教室に入ってきた。

「はい、静かに。えっと今、連絡があって堀部が体調悪いらしくて今日は休みだ。あとで渡す夏休みの宿題プリントは、真田、持って行ってくれ」

「えー、なんでオレなんですか?」

「おまえ、漫才の相方やろ」

「違うわ」と言ったとき、全体朝礼を知らせる校内放送が入った。

「春馬くん、最近、ダイくんとなんかあったの?」

後ろの席のさくらが春馬の背中をつついて、小声で聞く。

「べつに――」

「だってここ最近、ずっと別々で帰ってたし」

「そういう気分のときもある」

「ちょっとお願いあるんだけど、二人の漫才スマホの動画で撮らせてほしいの。わたし、春馬君たちのこと、モデルの友だちに自慢していたら、その子たちが見たいんだって。いい?」

 内心(やったー)と思ったが、雄大と仲直りはできてないから「はい、はい」と適当に返事をして、朝礼の行われる体育館へ向かった。


 この日の放課後、春馬は先生から頼まれた宿題プリントを雄大に直接渡さず、マンションのポストにほりこんで帰り、茶の間の座布団に大の字に寝っ転がっていたときだ。

「春馬―、店、手伝えー」と調理場からのお父さんの声。しかし、今は言い訳を考える気力もない春馬は、素直に「わかった」とだけ返事をした。すると、いつもとやりとりが違うことにびっくりしたのか、

「おい、どないしてん?!、通知簿で怒られたか?」とお父さんが顔を見せ、お母さんまでが茶の間に入ってきた。

「アホやね、あんた。そんなことで落ち込む子ちゃうでしょ。それより明日から夏休みやから、さっぱりしに散髪行っといで」

 過保護な両親を無視して天井を見ていた春馬だったが、ふいに頭の中であることがひらめき「カットしてくる」と飛び起きた。

「あら珍しい、いつもやったら嫌がるのに」

呆れたように呟いたお母さんは、財布から取り出した二000円を手渡した。


 春馬が向かったのはいつもの散髪屋でなく〈ヘヤーサロン五十嵐〉だった。

「お〜 久しぶり」

笑顔で出迎えくれた五十嵐に、春馬は頭を下げた。

「ちょっといろいろあって、マンザイ教室ずっと休んで、ごめんなさい」

「いいよ。僕も〈からほり祭り〉の会合に初参加して、春馬くんとダイくんのお父さんの関係を知っちゃって。で、今日はそのためだけに来た?」

「ううん。夏休みやし、さっぱりと髪を切ってもらおうと思って」

「おっ、うれしいね。特別にモヒカンにしてやろう」とニッと笑う五十嵐に「それはだけはやめてー」春馬は頭を大きく横に振った。

 手際よく髪を切っていく五十嵐を、鏡越しに見つめながら、

「イガラシさん、最近、ダイは来た?」

やっと春馬は、ここへ来た本当の目的のことを聞いた。

「えっと、前にナオトくんって子と一緒に来たね」

「そのとき、ナオトとダイの漫才見た?」

「いいや。二人はガンダム見せてって、来ただけ」

「なーんや、漫才してないんか。ナオトのヤツ、うそばっかり言いやがって!」

「あれれ、春馬くん、焼きもち?」

「ち、違うわ!」

「おっと、動いちゃあぶない。耳切っちゃうぞ」

 五十嵐は、春馬の頭を軽く抑えながら続ける。

「でも、それって、正真正銘の漫才コンビの証(あかし)だよ。プロでも、相方が他の芸人とユニット組んでコントする時あるけど、本来の相方の方が会場の後ろでこっそり見てたり。あとで作家やマネージャーに電話をかけて、様子を伺ったりなんかもするんだ」

「へー。でも別にオレ、ダイときちんとコンビ組んだわけやないし」

「そうぉ? 息が合ってピッタリだと思うよ。さあ、シャンプーで洗い流すよ」

 五十嵐が鏡の下の取っ手を引いて埋め込み式の洗髪台を出したとき、扉が開く音がして「こんにちはー」と声がした。見ると入口に、野球帽をかぶり鼻をと口をマスク覆い、黒のサングラスをかけた、体全体がまるい男の子が立っていた。

「えっと、どちらさん?」五十嵐に問われ、「ボクだよ、ボク」と聞いたことある声。

反射的に顔をあげたて、「その声はダイやな!」と泡だらけの頭で立ち上がろうとする春馬を、「ダメダメ、流さなきゃ」とあわてた五十嵐が止めていると、「ま、また今度きます、すみません〜」とダイはあわて出て行った。流し終えたあと、

「どういうこと? 何かあったのか」

 気がかりそうな五十嵐に、春馬は雄大との今の状態を打ち明けた。

「今日の終業式も、きっとオレに会うのが気まずいから、風邪やなんて言ってズル休みしたんや。だから様子を伺いに、ここに来んや」

「でも、今の声は鼻声だったろ。それに転校してあまり日が経ってないから、ナオトくんとのことも知らなかったと思うよ。その上ダイくん優しいから、きっと断れないんだよ」

 春馬は、それも一理あるなとうなずいた。ドライヤーで乾かして仕上げたあと、五十嵐は、「またカットに来てよ」と笑顔で入り口の扉を開けた。

「うん。一平には、ちゃんとカットしてくれるって宣伝しとく」

「頼むよ。そうそう、いい報告。〈からほり祭り〉に、春馬くんファンの漫才コンビ『ツーピース』が来てくれることになったぞ」

「うそ! うれしい〜 ぜったい見にいく」

「これ渡しとく。会場は公民館で午後二時から。ダイくんと見においで」

チラシを受け取った春馬は、愛想返事だけをして店を後にした。

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