第3話 彼女の場合

【雛木陽奈視点】


 私、雛木陽奈は25歳という若さでこの世を去った。原因は、突然歩道に突っ込んできた車に追突されたことによる圧死だった。……と思う。潰された後すぐに死んじゃったから詳しい死因はわからないけど。


 意識が消える刹那、手を伸ばし必死に声をかける織田くんの姿が見えた気がする。彼も死にそうだろうに。本当に最後まで優しい人だなと思った。


 こうして最期にそんなに悪くないと思える光景を見て事切れた──と思った私は、見慣れたベッドの中で目を覚ました。そこは数年前に出た実家であった。


「えーっと……これはつまり助かったということかしら?」


 体を見ても外傷はない。相当長いこと眠っていたのだろう。

 私はいつもの癖で髪の毛に手を触れる。


 ──その瞬間だった。私が違和感に気がついたのは。


「あれ……なんで髪短いの?」


 事故に遭うまでの私は肩ほどまでに伸びた髪であり、今のように短髪ではない。この長さはそう、学生時代のものなのだ。

 その後もよく見ると、違和感はそれだけに収まらなかった。


「髪も真っ黒、何だか身長も小さいし……胸だって……」


 どれもこれも、高校生の頃の私であった。部屋を捜索すると、とっくの昔に卒業したはずの学校の制服が綺麗に掛けられている。クローゼットを見ると、もう捨てたはずの服が綺麗にしまわれていた。


「これって、もしかして」


 この時点で疑問はほぼ確信であった。しかし決定的ではない。

 私は意を決し、スマホを手に取る。この時点で絶対におかしい。だってもう機種が古いんだから。


「私が事故に遭ったのは2025年11月……傷の治り具合も考えて確実に今は2026年のはずよ…………行ったれ!」


 スマホのホームボタンを指先で押す。そしてそこに表示された年月と日付に、私は困惑のため息を吐くのだった。


「2016年6月……やっぱり私、昔に戻ってるんだ」


 ✳︎


 久々に会う母、久々に袖を通す制服、久々の通学路。全てが懐かしかった。道中元友、いや、今友か。とにかく前の人生では疎遠になっていた友達『菅野すがの亜美あみ』ちゃんとも会った。


 出てくる会話の内容がもはや年代クイズだ。友達が『ほんとあれ面白いよねぇ!』と言っている中、私は『あぁ〜、そんな人いたなぁ。懐っつかしい』と心の中でなっている。

 いつかボロを出しそうで緊張してしまう。会話を楽しめなくてごめん友よ。


 約7年ぶりに校門をくぐり、その友達を一緒に教室を目指す。座席は覚えていないが、HR開始直前まで立っていれば自然と席はわかるだろう。


「(やっぱいいね学生時代。気が楽。──さて、肝心のアレどうするか)」


 そんなこんなで友達と(私的)思い出トークを繰り広げながらとあることを考えていた。それは文字通りこれからの将来についてだ。


 ──織田圭くん。2025年での私の彼氏であり、この学校の同級生であり、同じ事故の犠牲者だ。

 彼のことは、今でも好きではある。最後の最後まで優しい彼だ。今会ったとしても同じく優しいだろう。


 しかしだ。前回と同じく彼と付き合った場合、運命的にあの事故に遭ってしまうのではないか? せっかく生き返ったのだ。今度はあんな痛い思いをして死にたくない。


「(織田くんには悪いけど、今生では付き合えません。あなたならきっといい人に巡り会えますから)」


 そう心の中で体のいい謝罪を行なっていた時、運命様はそんなことをさせないと言いたげに、彼を私の目の前に配置した。


「──陽奈! じゃなかった、雛木さん! 


 織田くんはどこか嬉しそうな表情を浮かべながらそう言った。その瞬間私は理解する。


「(あぁ、織田くんも記憶あるんだ)」

 本当に運命様とは意地悪である。


「あの、雛木さん! 変なこと言うかもしれないけどさ、俺と会ったことない?」


 ど直球の質問に私は思わず顔を引き攣らせ、体を後退させながら失言をする。


「げっ! あ、じゃなかった。なんですか急に? 誰ですか?」


 私はやってしまったという感情、そして『多分織田くん私に拒絶されたと思って傷ついてるよなぁ』という罪悪感から、友達の後ろに隠れてしまった。


「あの、今『げっ!』って……」

「言ってない」

「言ったよね?」

「言ってない」


 正直無理のある否定を続け、私も両者の間に存在する間も限界だ。

 強引だがこの場から離れよう。それしかない。


「行きましょう。早くしないとHRが始まっちゃうわ」

「いいの陽奈ちゃん? なんか知り合いっぽかったけど」

「いいの! ほら、早く行こ!」


 友達を無理やり引き、教室へと足早に向かった。

 絶望的な顔をしている織田くんを見るのは正直胸が痛かったが、仕方がないのだ。


「(ごめんね。だけど私は……死にたくないの!)」


 私は罪悪感に押しつぶされそうになりながら、HRを受けるのだった。

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