死んでも君を愛してる

依澄つきみ

第1話 戻りの朝

 2025年11月──


 日は落ち、灯る街頭が人々の姿を映す頃、人々の喧騒と視線は一台の血のついた車へと注がれていた。


 その車は歩道に突っ込んでおり、道路に一切のブレーキ痕をつけていない。

 運転手はハンドルに体を預け、顔を赤らめながら目を閉じていた。そんな男性に周囲の人間の内数名はカメラを向けた。


「こいつ飲酒運転だろ」

「だな。まじかわいそ」


 巻き込まれた二人。それは、頭を赤く染めた車の先と、壁との間で挟まれていた。一組の男女のカップルだ。

 女性の方はすでに事切れており、ピクリともしていない。そして男性の方はというと、虚な目で、必死に彼女に手を伸ばしている。


 虚な視界は闇が侵食を始め、伸ばす手からも力が失われていく。


 そしてとうとう彼女の肌に手が触れた時、彼は一言のみを残し──


「死んでも君を……愛してる……!」


 ──事切れた。


 ✳︎  


 再び目を開けた時、俺の目に映っていたのは懐かしい天井だった。

 体を包むのはこれまた懐かしいベッドと毛布。ここは間違いなく6年前まで僕が過ごしていた実家の自室である。


 俺は上半身を起こし、体を見回した。血が流れていないどころか傷の一つもない。確かに俺は車に轢かれたはずだ。彼女である『雛木ひなぎ陽奈ひな』と共に。


「最近の医療技術ってそこまで進んでんの? 寝てる間に全回復とかゲームじゃないんだから。というか、陽奈は大丈夫だよな?」


 一体何が起きたのかわからないこの状況に困惑する俺だったが、その時、一階にいた母親の大声の呼び声が響いた。


けい〜! 早く降りてきなさ〜い!」


 懐かしい声と言葉だ。朝が弱かった俺は、学生時代、よくこうして母さんに起こされてたっけ。


「下で母さんに聞けばいいか。とりあえず降りよう」


 階段を降り、母さんのいる食卓へと向かう。白米と焼き魚のいい匂いが鼻腔を抜けた。本当に懐かしい。母さんの手料理を食べるのも数年ぶりだ。


「おはよう母さん。久しぶり」

「何よ久しぶりって。 バカなこと言ってないで早く食べちゃいなさい、遅れるわよ」

「は〜い……ん?」


 俺はその時、ようやく違和感に気がついた。十年も空いていたはずなのにそのまま残っている自室、そしてどこか若く見える母さん、極め付けは『遅れる』という言葉。もしやとは思った。しかし、受け入れ難い。


「母さん、さ、なんか若くなった?」

「……あんたまだ寝ぼけてるのね。食べ終わったら顔洗ってきなさい」


 母さんは呆れながらこちらを見つめた。テレビをつけ、食器を片付ける。

 テレビに映った番組には、言ってはなんだが旬の過ぎた芸人さんが出演していた。ブームは確か10年近く前だ。

 俺は急いでご飯を食べ、食器を流し台に片付けた。そして、急いで洗面台へと向かう。そして鏡で自分の顔を見た時、俺の疑念は確信へと変わった。


「俺、過去に戻ってる……?」


 交通事故によって死んだはずの俺、織田おりたけいは、高校生の頃に死に戻ったらしい。

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