第2話 玉砕

 数年ぶりに袖を通し、通い慣れていた通学路を歩く。道中、数年前に亡くなったおじさんがいたことで、やはりこれは昔に戻ったのだと再認識させられる。


 今日から俺は25歳会社員から16歳高校一年生だ。

 大学まで出ている俺にとって高校の勉強は特に問題はない。これからの3年間を勉学に費やす必要はない。


「まず俺がやることは決まってるな……」


 校門を潜り、これまた懐かしの校舎に入る。この学校は俺にとってとても思い出深い学校だ。

 記憶をたどり教室に入る。そして辺りを見渡した。6年も前のことなのでクラスはともかく座席までは覚えていない。


「え〜っと、どこだっけか俺」


 できるだけさりげなく椅子の裏に貼り付けてある名前を確認していると、一人の男が俺の背後から話しかけてきた。


「よっす圭! うろちょろして何やってんだ?」

「あ、お前……」


 話しかけてきた男子生徒は、短く茶色い髪を携えながらこちらに片手をあげている。

 この生徒は、高校時代クラスで一番仲の良かった同級生『仲野なかの裕樹ゆうき』だ。大学に入ってからは疎遠になってしまったが、今ものすごく懐かしい。


「よ、よぉ裕樹! おはよっす。朝起きるの遅くてさ、ぼ〜っとしてて。……俺の席どこだっけ?」

「おいおい大丈夫かよ? 疲れてんじゃねぇの?」


 裕樹は呆れたような目を向けながら俺の席へと歩いていく。俺は彼の言葉に苦笑いを浮かべながら、案内された席についた。


「お前ソシャゲにハマってんのは知ってるがよ、睡眠時間削るとかバカだぞ」

「ん? ソシャゲ? ……あぁ、これか」


 俺はスマホの電源を入れ、中を確認する。そこには懐かしいアプリがいくつか入っており、裕樹が言っていたソシャゲとは前の人生ではサービス終了していたゲームだった。


「懐っついなこれ。このキャラ好きだったなぁ」

「な〜に言ってんだお前? まじで疲れてんじゃないか?」


 ついつい出てしまった一人言が聞こえてしまったらしく、真面目に心配されてしまった。

 恐らくこれからもこの人生を歩んでいくのだと思う。であればもう少し発言には気をつけないといけないな。


「なんでもない、忘れてくれ。そんなことより聞きたいことが──」


 その時、何度も聞き、もっと聞きたいと思った声が廊下から聞こえた。

 すぐさまその声に反応し廊下に振り返る。


「いた……」

「なんだ? お前あの子狙いなのか? やめとけ、ガードが硬いって有名だ」


 諦めるように促してくる裕樹。しかし、そんな言葉で俺の体は止まらない。

 席を立ち、廊下に足を進めた。そして校舎に入る前にやると決めていたことを果たすため、俺は彼女に話しかけた。


「──陽奈! ……じゃなかった、雛木さん!」


 俺は前の人生の恋人、雛木陽奈の背後に声をかけた。前の人生では長く茶色かった髪だが、今は黒く短かった。

 本来であれば3年の春頃にようやく話をした俺たちだが、なぜ今話しかけたのか?

 大好きな人と早く近づきたいというのは大前提としてあるが、それと同時に一つの可能性を感じていた。


「あの、雛木さん! 変なこと言うかもしれないけどさ、俺と会ったことない?」


 俺の考える一つの可能性、それは、彼女も前の人生の記憶を持っているという可能性だ。二人ともほぼ同時に死んで、同じ時期に記憶を持ったまま死に戻るというのは確かに突飛な発想だろう。だが、死に戻るということが実際に存在していることを考えると、何があってもおかしくはない。


 勇気を振り絞り暗にそれを彼女に伝える。さて、彼女はどんな表情をしているのだろうか? 驚きか? それとも不審者を見るようなものだろうか?

 恐る恐る彼女の表情を窺った。


 凛とした目鼻立ちを引き攣らせ、何か苦いものでも食べたような口元、そして黒く艶のある耳にかかる程度の長さの髪を体ごと後退させた。


「げっ! あ、じゃなかった。なんですか急に? 誰ですか?」


 彼女は一緒に歩いていた友達の影に隠れ、身を隠す。

 先程の反応から、どうやら前世のことを覚えているらしい。


「あの、今『げっ!』って……」

「言ってない」

「言ったよね?」

「言ってない」


 なぜだか彼女は頑なに否定し続ける。なぜだかわからないが、俺と関わりたくないらしい。


「(もしかして……前世でも嫌われてた?)」


 今世紀最大にショックを受けた俺はその場で動けなくなる。そんな俺をよそに、彼女はそそくさと歩き出してしまう。


「行きましょう。早くしないとHRが始まっちゃうわ」

「いいの陽奈ちゃん? なんか知り合いっぽかったけど」

「いいの! ほら、早く行こ!」


 こうして俺は最愛の彼女に思い出を消され、しばらく放心し続けるのだった。


 そんな俺を見かねた裕樹が体を引きずり教室に入れてくれるまで。

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