第6話 死んでも君を愛してる

 俺は陽奈と文字通り別れ、叫び声の聞こえた方向へと走っていく。確か裏庭の方だった気がする。


 裏庭はピロティから一分ほどの場所にあったはず。職員室から遠いこと、そして学校の隅にあることから、不良たちの巣窟になっていた気がする。

 それを知っているものは絶対に近づかない場所として有名なのだ。


「となるとそれを知らない人物。一年生ってことか」


 今は6月。部活動に所属している子たちは先輩からの話で『あそこには近づくな』って聞いているかもしれない。しかし、人脈の広くない子は別だ。

 前の人生でも、秋頃までその情報を知らない人がいたくらいだ。その人物とは俺だったりする。


「裏庭……女子の声……いい予感はしないな」


 その女生徒にとって一生に残る出来事が起きてしまうかもしれない。そうなる前に、一刻も早く行かなくては! 

 俺はさらにスピードを上げる。そして、この角を曲がれば裏庭だという距離まで来たところで、再び声が聞こえる。今度は女生徒だけではなく、乱暴な男数人の声も混じっていた。


「やめてっ! やめてくださいっ! お金返して!」

「ははっ! 威勢いいなこいつ!」

「うっせぇなマジで。おい、口塞いでろ」

「ウィーっす」


 会話を聞くに、どうやらカツアゲらしい。力の弱い女生徒を数人がかりで押さえて金を奪るなんて、悪列非道な連中だ。ここは大人として、いや人間として見逃すわけには行かない。


「落ち着け、丸腰で行ったってなんの意味もない。まずは落ち着いて、相手が負ける状況を作れ」


 はやる気持ちを抑え高速で思案する。時間にして十秒もたっていないとは思う。しかし、この緊迫した状況下だったからだろうか? 俺の頭は今までで一番フル回転し、を思いつく。

 ま、俺は負けるがそれでいい。


 俺は急いで電話をかける。掛けた先は俺の友達、仲野裕樹だ。すぐに出てくれ! そう祈っていると、天は、いや裕樹は俺の味方をした。


「どうした圭? なんかあったか?」

「裕樹、訳は後でいくらでも話すから、とりあえず先生を裏庭まで連れてきてくれないか? できるだけ責任感があって腕っ節のある方がいい。『不良どもが一年生をいじめてる』って言えばすぐに来てくれるはずだ!」


 作戦の第一段階は先生を呼ぶこと。今は呼ぶだけでいい。遅れてでも、来てくれることが大切なのだ。


「なんかよくわかんねぇけど、とりあえずわかった。今ちょうど職員室の近くにいるからよ、ちょっと呼んでくださいーーあれ?」

「ん? どうした?」


 突然疑問符を浮かべた裕樹に、俺は心配になり言葉を投げる。すると、裕樹から最悪の答えが返ってきた。


「う〜わ、ほぼ誰もいねぇ。おじいちゃんとかしかいねぇぞ。珍しいなこんなこと」

「んなっ! こんな時に使えない大人達め……仕方ない、俺一人でやるしかないなーー悪い裕樹、切るわ。理由は後で絶対に言うから」


 俺は申し訳ないと思いつつ、躊躇なしに通話を終了する。「あ、ちょっ、まっ──」と言う声が一瞬聞こえたが、今は無視だ。


 一瞬気持ちを落ち着かせ、携帯のカメラアプリを立ち上げる。そしてついに裏庭にいる不良どもに対し、わざとらしく音を立てて録画を開始した。


「先輩方ぁ、あんまりこういうことしないほうがいいと思いますよ。先生に見つかったら退学になっちゃうかも? あ、ちなみに今までの行動は全部録画済みなのと、先生にも連絡済みです!」


 全部ハッタリだ。実際は録画開始は今だし、先生にも連絡できていない。これで攻撃対象は間違いなく俺に移る。

 それだけでなく、彼女が捕まっている様子と、これから俺が殴られる現状をどちらも撮影することができるのだ。これでこいつらの罪は二倍である。


 先生が来てくれれば、ボコられるだけで済んだんだけどな。


「女の子捕まえて金取って、先輩たちそれはダメでしょ?」


 俺は露骨に彼らを煽っていく。その効果は絶大で、決まり文句のような強い言葉を吐きながら俺に近づいてきた。ちなみに彼らの目的の一つでもある携帯は、カメラが出る状態で胸ポケットにしまった。


「おいコラテメェ舐めてんのか?」

「殺すぞお前」

「こいつヒーロー気取りかよ? キモっ」


 舐めてる──確かに。

 殺すぞ──やめて。

 キモ……だから陽奈に振られたんだろうな、うん。


 一人反省会を終え、早速身構える。体格は大人である俺の方がいい。強気に出ればなんかそれっぽくーーあ、俺高校生なんだ。



 その後、俺は彼らに囲まれボッコボコに殴り蹴られる。こいつらマジで容赦がない。

 今の俺にできるのは胸ポケットの携帯を守ることだけ。


 情けない。これでは確かに陽奈も嫌うだろうし、そこにいる女の子も幻滅だろう。あぁほんと、なんでこうカッコつかないかな……



 と、その時だった。俺の頭上から、野太い数人の男性の声が聞こえてきた。この声は聞き覚えがある。少なくとも一番でかい声は体育教師の声だ! 


 その声は全て、俺の真上で足や拳を振り上げている彼らに注がれていた。


「おいお前ら! 何やってんだこんなところで! その生徒に何やってる!!」

「なっ! 先公……! なんでこんなゾロゾロいんだよ?」


 不良たちは冷や汗をかきながら俺から距離をとり、後方へとにじり寄っていく。

 俺の背後に並び立つ先生は五人。確かに見回りにしては多すぎる。と言うことは誰かが呼んできてくれたと言うわけだ。しかし誰が……裕樹か?


「着信なし……ってことは違う。じゃあ誰が──」


 その時、俺の頭上に一つの手が差し伸べられる。細くて白い、綺麗な腕だ。その手の主は、落ち着いた安らぐような声で俺に語りかける。


「全く、相変わらず他人のために無茶する人だね。ほんっと、すごいよ」

「ひ、陽奈!? まさか陽奈が先生を……でもなんで?」


 彼女は少し頬を赤らめ、髪を触りながら小さくつぶやいた。


「別に、織田くんなら自分を傷つけてでもどうにかする方法を考えてるだろうなって思っただけ。実際ドンピシャだったし」

「はは、まさにだね」


 俺は彼女の肩を借り、徐に立ち上がる。そして、録画した映像を先生たちに見せつけた。


「ほら先生、そいつら、その子に危害加えてましたよ。証拠としては十分ですよね?」

「こ、こいつは……お前ら、職員室に来い。親御さんも呼んで話がある」

「んなっ! ふざけんっ、あの、すいませんもうしないですから、母ちゃん呼ばないでくださいよ! なぁ、先生!」


 そんな訴えなど右から左。先生たちは、静かな怒りを抱えながらその場を去っていく。不良たちは全員がっちりと拘束されていた。


「はぁ、助かったぁ」


 俺は安堵と疲労感から、膝から崩れ落ちそうになる。よろめく体を陽奈に支えてもらいながら、俺は叫びを上げていた彼女に視線を向ける。


 その時ようやく気がついた。その彼女とは、陽奈の友達である、亜美さんであったのだ。どうやら俺たちと別れた後で絡まれたらしい。

 彼女は目に涙を浮かべ、鼻水を垂らしながら陽奈に抱きついた。


「びなじゃんごわがっだよぉ〜!! おりだぐんもありがどー!!」


 鳴き声でほとんど何を言っているのか聞き取れなかったが、助けに入ってよかった。それだけは確信できる。


 その後、亜美さんを保健室へと連れて行った俺たちは、昼ご飯を一緒に食べたベンチに座る。

 しばらくどちらから話そうかとお互いモジモジしていると、俺の携帯に着信が入る。

 裕樹からだ。


「おう圭。今先生たち戻ってきたんだがよ、不良たち連れてて話しかけれる状況じゃないんだよ。……ん? もしかして内容ってこれか?」

「察しがいいな。見ての通り解決だ。助かったよほんと。これからもよろしくな」

「んだよいきなり、恥ずいなおい。ま、解決したんならいいわ。後で話聞かせろよ。いいな」


 こうして裕樹との電話は切れた。

 持つべきものは友達だというが、その通りだと実感させられる。感謝しかない。


「感謝といえば。陽奈、ありがとうな先生呼んできてくれて。ほんと助かったよ」

「感謝されるようなことじゃないって。それより大丈夫? 体」


 そう言って彼女は俺の体を自前のハンカチを取り出し拭いてくれた。その時の彼女の瞳は、俺のことを心底心配してくれているように思えた。

 ただの勘以上の何物でもないが。


「大丈夫だよ。それより、これで本格的に嫌われたな陽奈に。陽奈のことほっぽって行っちゃったわけだし」


 俺は枯れた笑いを浮かべる。これ以上明るく振る舞おうと何も変わらないとわかっているからだ。

 諦め、目を瞑る。そして照れ隠しに髪の毛を触ろうとした時、俺の顔を両手で包み、陽奈は自身の顔に視線を向かせた。


「陽奈……? 一体何を」

「──私ね、一つ嘘をついたの」


 彼女は俺の顔を向けたまま、静かに話を続ける。頬に触れる両手が微かに震え、少し温かい。


「私ね、死にたくなかったの。織田くんと付き合えば、また死んじゃうんじゃないかって。だからあなたに諦めてもらうために、嘘をついた。だけど……やっぱり無理だよ」


 彼女の手はさらに震え、その温もりも上がっていく。

 俺はその手に静かに触れ、できるだけ穏やかに、落ち着けるように、言葉をささやいた。


「落ち着いて。ゆっくりでいいから。ずっと、待てるから……!」


 瞬間、パッと目を表情を開かせた彼女は、美しく笑顔を浮かべた。


「力がなくて気が弱い。なのに誰かのためならすぐに動いてしまうあなたが……ねぇ、バタフライエフェクトって知ってる? ちょっとのことで未来が変わってしまうってことみたい」

「知ってるけど……どうしたの?」

「ふふ、そういえば前は織田くんからだったからね。今度は私が言うよーー」


 直後、俺の唇に温もりが伝わる。何が起こったのか分からず一瞬硬直してしまった。しかし、これがキスなのだと理解した瞬間、俺の視界は陽奈を残して真白くなった。もう今は、彼女しか映らない。


「織田くん……死んでも君を愛してる──!」



 ✳︎



 目を瞑るその直前まで、俺の世界には陽奈しか映らなかった。そして次に目を覚ました時、俺の視界に映っていたのは、見知らぬ家と、見知っただ。


「圭、友達呼んどいて寝てんなよな」

「陽奈ちゃんも陽奈ちゃんだよ。起こしてあげなって」


 裕樹と亜美さんは俺を揶揄うように笑っている。二人とも本当にでかくなった。


 そして俺の隣にいる女性。軽く化粧をしている彼女は、思い出の中の彼女と変わらなかった。

 優しく、穏やかで、落ち着くその声と表情で、俺に小さく笑みを送るのだった。


「変われたね。ひとまずは、死ぬまでよろしく──織田くん……!」

「こちらこそよろしく──陽奈……!」


 こうして俺は、大好きな人と友達を抱えたまま、2025年の12月を迎えるのだった。

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死んでも君を愛してる 依澄つきみ @juukihuji426

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