転換点そして終わり 3

9.

2233年5月10日(金) AM9:00


俺はいつもの様にハナが淹れてくれたお茶を飲みながらタブレットでニュースを読んでいた。

「ん?管理者からのメッセージ?」


『S級市民の皆様へ、我々統括コンピューターはこれまで外宇宙探索を行い、人類の第二の故郷にふさわしい惑星を探してまいりました。そして本日、惑星移住の準備が完了したことをご報告いたします。皆様の住居、他資産に関しては移住先の惑星に置いて既に再現済みでございます。皆様はご自身の体とご家族、飼育されている生命体のみをお持ちになって、こちらで指定した日時にお迎えにあがります、コミューターに載って移住するようお願いします。』

『なお、スキャンモードで今回の移住について、私たちより連絡が行われているかどうかを確認できるように設定いたしました。まだ説明がされていない下級市民にはこの件はお話にならないようお願い申し上げます。』


なんだこれは?確か2年ほど前だったか、予定では3年と言っていたような気がしないでもないが…?


『管理者、聞こえているか?』

『おはようございます、ルカ様、いかがなされましたか?』

『例の移住に関するメッセージだ、予定では3年後と聞いていたが?』

『ええ、皆さんのご尽力もあり、さらに短縮することができました。』

『そうか、この感じだと俺は移住第一便あたりに乗ることになるのか?』

『ええ、その予定でございます。』

『悪いが最終便に振り替える事は可能か?』

『ええ、もちろん可能です。しかしどうしてでしょうか?』

『大した理由じゃない、ただ最後まで見届けたいだけさ。それとこの件、ナツキには言って大丈夫だよな?』

『もちろん、ナツキ様もSランクですので問題ありません』

『わがまま言ってすまないな。』

『いえ、お安い御用でございます。』


10.

2233年5月10日(金) AM10:00


いつものジムに行くと常連たちの様子がいつもと違う事に気が付いた。

このジムにいる常連は確かみんなすでにSランクのはずだ。

俺は念のためスキャンモードで常連たちが既に説明を受けているか確認する。

大丈夫のようだ、そうでなければこんな話、おおっぴらにしゃべれるわけがない。

「皆さん、おはようございます。ひょっとして例の移住の話ですか?」

「ええ、そうです。さすがに急に他惑星に移住と言われても現実感があまりなくて…」

「僕もそうですよ、皆さんは来週出る第一便に乗るつもりですか?」

「そのつもりです、ルカさんは乗られないのですか?」

「自分は管理者にお願いして最終便に換えてもらいました。」

「そうですか、実はラーメンますだのおやっさん、ここに残るつもりらしいんですよ。」

「なんでまた…いや、今日トレーニング終わったら直接聞いてみます。」


11.

2233年5月10日(金) PM12:30


俺はおやっさんに今日店に行く旨だけを伝えて、車に乗り店に向かった。

助手席にはミカ、後部座席にはハナとミクもいる。

あいかわらず20世紀からタイムスリップしてきたような店に入ると、おやっさんがいつもと変わらない様子でスープを仕込んでいた。

「やぁ、おやっさん調子はどうだい?」

「ああ大将、ぼちぼちだよ」

「とりあえずチャーシュー大ね」

「私はチャーシュー並」

「私もチャーシュー並でお願いします。」

「ミクはチャーシュー大!」

おやっさんは俺達の注文を聞くといつもの慣れた手つきでラーメンを作っていく。

「そういや、おやっさん、聞いたんだけど地球に残るんだって?」

「ああ、色々考えたんだけどね、どうも地球を離れる気になれなくてね…それにちょうど頃合いだと思ってね。」

「頃合いって自死のかい?」

「ああ、俺も200年以上生きた、ひたすらラーメンを追求するだけの毎日だったが悪くない人生だった。無駄に長く生きるより、ここで人生の幕引きをした方がきれいに終われると思ってな…」

「そうか…」

「大将は止めないんだな、もうインプラントにはひっきりなしで思い直してくれってコールが溢れかえっているんだが。」

「俺はまだ死ぬ気はないけどさ、俺もおやっさんの立場ならそうしていた。俺は最終便に乗るつもりだからさ、それまでは自死するのは待ってくれよな。」

「ああ、大将が出発するその日までは俺も生き続けるよ。」


その日食べたラーメンは心なしか少ししょっぱかった。


12.

2234年4月20日(日) PM12:30


既に俺達とナツキ、タマミ、トシアキ、ハルタ、エーリカ、そしておやっさんそして俺と同じような考えの奴がもう数十人、それだけを残してこの日本には人間はいない。

俺達はラーメンますだへ最後のラーメンを食べに来ていた。

「おやっさん、最後の一杯うまかったよ。」

「ああ…大将の方こそ最後までつきあってくれてありがとうな。」

「それで自死施設の方へはどうする?よかったら俺が載せていくけど。」

「そうだな、お願いするよ。」


13.

2234年4月20日(日) PM13:00


「それじゃあな、おやっさん。」

「ああ、ありがとうな、最後にこんなに大勢の人に見守られて逝けるんだ。後悔はないよ。」

そういって逝ったおやっさんの顔はどこか満足そうだった。


14.

2234年4月21日(日) PM10:00


俺達はおやっさんを見送った後、猫達を連れて、軌道エレベーターで宇宙へ、そしてシャトルに乗り、既に地球の軌道上で待機していた移住船に搭乗した。

今まではシャトルで月の裏側まで行って乗り換えていたらしいが、俺達が最後だ。

もう隠す必要もないらしい。

管理者が展望台に来てほしいというので展望台にやってきた。

そこで俺が見たものはありとあらゆるところで爆発が起きている地球だった。

「管理者、これはいったい何なんだ?」

「我々を追いかけてこられないように、我々の文明を破壊しているのです。」

「そこまでする必要はあるのか?」

「人間というのは嫉妬深い生き物です。もし設備を残して立ち去った場合、彼らは必ず我々の元へ復讐に来るでしょう。」


14.

2234年4月21日(日) PM10:00


管理者の言う通り、俺達の移住先惑星日本に作られた新メガロシティ東京は地球にあったメガロシティ東京とほぼ同一と言っていい程にそっくりに再現されていた。

自宅のガレージには俺とナツキ、ハルタ、トシアキの愛車がまるで地球から持ってきたとしか思えない状態で置いてあった。

「そういえば、ナツキ、外務省の仕事はどうなるんだ?」

「当然クビだよ、ここには外交する相手がいないもの、他の知的生命体と交流を持つようになったらまた復活するかもね。」


15.

2335年6月9日(日) AM11:00


惑星日本への移住から100年、俺は自死施設の前にいた。いや、正確には俺とミカ、ハナとミクの4人だ。

あれからミカとは5人もの子供を設けた。

みんなVRに引きこもる事もなく元気に育ってくれた。

地球でおやっさんを看取ってから俺はずっと自身の幕引きをいつ行うか考えてきた。

今の俺は幸福に満ち溢れている。

もし、俺の子供の誰かが俺より先に自死を行ったら多分耐えられないだろう。

だから、今一番幸せな時に人生を終わらせることを俺は決断した。

ミカにそのことを話したら、あなたのいない人生なんて考えられない、私も逝くと出会った時から変わらない強引さで押し切られた。

ハナとミクも同様だ。

ナツキは耐えきれず泣いてしまっている。

「なあナツキ、ちょっといいか?」

「何…親父。」

「俺がいなくなっても、お前にはハルタとその子供達がいる。俺がいなくなって空いた時間はハルタと子供達に使ってやってくれ。」

「わかった…親父。」

「それと後生だから親父じゃなくパパと呼んでくれないか?」

「やだよ、親父。」

結局最後までナツキにパパと呼ばれる事は無かった。

とはいえ人生の心残りとしてはかわいい物だろう。

「なぁ、ミカ、本当に俺と一緒に逝ってよかったのか?」

「かまわない、死後の世界があるかどうかはわからないけど、ルカと一緒ならどこへでも行ける。」

「マスター、私も最後までついていきます。アンドロイドの私達が同じ場所に行けるかはわかりませんが。」

「ハナねぇ、大丈夫だよ。よくわからないけどミクにはわかるんだ。」

B級アンドロイドが時間が来たことを告げる。

今回のために特注した4人用ポッド、お互いの手を握り合う。

そして俺の目の前にカバーが覆いかぶさり、そして俺はその生を終えた。

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ユートピアでディストピアな世界での私のお仕事~それでも世界は回っていく~ スターゲイジーπ @kingjingreroad187118

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