23. 御百度参り
「いるなあ」
騒がしく降り注ぐ蝉の声を仰ぐよう晴天の空を見上げ、一人ため息を吐く。
昨日の
「
「本当に呼んだのかなあ」
ゆっくりゆっくりとしうの目の前を歩く、頭に二本の角が生え、頭髪は細かくちぢれ、口からは鋭い牙が覗き、鋭い爪が目立ち、虎の皮の
「鬼だよな〜、どう見ても鬼なんだよなあ」
ジャリッ、ジャリッ。
鬼の歩く足音が境内に響く。
「ここに来て、恨みつらみ他人の死を願って呪った誰かの願いの形って言ったけど、本当だとは……。ていうか、
鬼の足音にしうの独り言が重なる。
「ていうか、なんでこいつここから出られないんだ?」
初めて八王子神社に訪れ、鬼を目にした時もその違和感はあった。神社という聖域から出れないのか、鳥居を決してくぐることはなく、行ったり来たり目的もなく往復しているように見える。
「…………御百度参りかよ。え、まさか、いやいや」
きっと、百回どころの騒ぎじゃないほどに往復をしているのだろう。ならば、この鬼の動きは何を示しているのか。そもそも恨み辛みの願いの形に意思などあるのか……?
「牛頭が祀られる神社で鬼が一足一眼捧げてたら、まじもんの鬼が来た。その鬼は……主の代わりに御百度参りをしてる? いや、そもそも五鬼が御百度参りを始めたのか。どっちが先だ? で、まあ願いは成就したとして、じゃあその願いは何? ……鬼、死んだ人の魂そのものとも言われる。魂とは目に見えない、だからおぬ(鬼)。しかも、あれって青? 青鬼は怒り憎しみ恨みの憎悪だっけ」
考えをまとめるよう言葉に出して、一人話し続けるしうの前を通り過ぎようとする鬼が一瞬、ピタッと足を止め彼女を鬼の視線が捉えた気がした。
「……え?」
思い込みであればそれに超したことはないが、嫌な緊張感がしうを襲う。
思わず漏れ出た声に、しまったと慌てて口元に手を当て抑える。それと同じに、鬼が、大男が、しうを視界に捉えたままニタリと笑う。
ほんの一瞬の出来事が途方もないほどに長く感じる。
騒ぎ立てる蝉の声と、時より吹く風により揺れる木々。暑さと緊張からどっと溢れ出る汗が、ひとしずくポタリと地面にこぼれ落ちる。
何事もなかったように社を目指し歩く鬼。
気のせいではなく、確かにしっかりとしうを見た鬼の目にぞわりと悪寒が走る。
「マジかよ。……ていうかさ、あんなん呼んでおいて五鬼篝ってどこに消えたわけ?」
蝉の声をかき消すよう初期設定のままのしうの着信音がけたたましく鳴る。
「うおっ、びひった……」
スマホの画面に浮かぶ轟の字に「脅かすなよ」と舌打ちと共に悪態をつくと電話に出る。
「もしもし」
「…………」
「え、何? ……本当? うん、名前は?」
「…………」
「ありがとう。もっと詳しいのはメールしといて」
プツリと切れ、ツーツーと無機質な通話音だけが耳にこだまする。
「犯した罪は回り回っていつか自分に返ってくるってことか。因果応報ってやつ?」
仕事が早いのか、ものの数秒でピロンと通知音が鳴ると轟からメッセージが届く。
『本日未明、新宿三丁目付近の雑居ビル屋上から男性が落下。即死、免許証から身元が判明。
スマホの画面から視線を移し、嫌になるほど青く澄んだ空を見上げると、しうはふーっと疲れを吐き出すように息をする。
そんな彼女の目の前を鬼は静かに歩く。
なみだ雨踊る街で 夕崎藤火 @sksh2923
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