第84回「捨てる/棄てる」 捨てられないもの

 橘彦は深い溜め息をついた。転職を機に断捨離を試みたものの、一向に物が減らないのである。困るのは一点物のたぐいだ。学生時代の賞状、寄せ書きの色紙、手作りのプレゼント。多くは本心を偽っていた頃のもの。いい子を演じるのはもう終わり、そう決めたというのに。

「え、捨てればいいじゃん」

「それオタクに聞いちゃいます?」

「写真に撮ってみたら」

 それとなく話した悩みに、新しい同僚の反応は様々だ。

「今すぐ決めなくてもよいのでは」

 そう言って老いた上司は微笑む。

「年をとると、どうしたってお別れのほうが増えますからね。よすがを手元に残しておくのは悪くないですよ」

 そういうものかと少しほっとして、橘彦は押入れの戸を閉めた。

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