第2話 初夜権ってなんですか

 火曜日のランチタイム。

 野菜炒め定食を食べながら、雅紀は昨夜のことを林太郎に報告していた。

「2時間でも熟睡できたなら、いいじゃん」

 林太郎の言葉に、雅紀はうなづいた。

 昨夜は午前1時にベッドに入り、汗びっしょりで目覚めたのが午前3時。眠ったというより意識不明といった方が正しいが、これまでよりはましだった、ような気がする。


「しっかし、ひでえ夢だな」

 夢の中身を聞いて、林太郎は大笑いした。

「いきなりイノシシ狩りか」

 先生に助けてもらったところで目が覚めた、と雅紀は嘘をついていた。最後まで話したら、おまえ、男に襲われたいの? と突っ込まれそう。

 ゲイだということを、林太郎には知られたくない。知ったところで、差別するような奴とは思わないが、距離を置かれたりしたら悲しい。こんなに親しい友人は、林太郎だけなのだから。


「雅紀が学長、じゃなかった、なんとか公爵の息子だという話。そいつは『初夜権』だな」

 と林太郎。

「中世ヨーロッパのあちこちで行われていたって。領主が、領内の男女が結婚するとき、花婿より前に花嫁と一夜を共にできる権利のことだよ。だから領内には、領主の子供がゴロゴロいた、かもね」

「ひどいな」

 雅紀は眉をひそめた。

「ああ、ひどい。人権侵害もいいとこだ。でも、あの時代は、領民も領主の財産つーか、所有物みたいなもんだから」

「現代では許されない事だよね」

「うん。ただ、『初夜権』は、作り話だって説もある」

「そうなんだ。その方がいいよね」

 夢の中で会った、母の悲しそうな顔。夢とはいえ、初夜権を行使されて、夫以外の男の子供を産まされるなんて、ひどすぎる。


そこへ、

「我妻先生、ここ、空いてます」

 女のきゃぴきゃぴ声に、雅紀は顔を上げた。我妻准教授が、3人の女子学生と一緒にテーブルにつくところだった。

 スタイリッシュなスーツ姿は、40歳とは思えない若々しさ。独身らしいし、もてて当然だろう。

「我妻先生、カッコいいなあ」

 無意識に言葉が出てしまった。すると林太郎は、

「おまえ、我妻のこ と、好きなの?」

「な、なんでだよ。カッコいいって言っただけじゃん」

 雅紀は慌てた。 

「フーン」

 不機嫌そうな林太郎。


(ば、ばれちゃったのかな、俺が先生を、好きだってこと)

 大口開けてライスを頬張る林太郎を、雅紀はちらっと見て、

(なんだよ。自分だって、彼女がいるくせに) 

 先週、雅紀は見てしまったのだ、林太郎が学内のカフェで女子とお茶しているところを。髪の長い、きれいな子。二人とも楽しそうだった。

 ズキンと胸が痛み、そんな自分に、雅紀は戸惑った。

(なんでショックを受けるんだ、リンは、ただの友達じゃないか)



「ヨッピー王子様、父君がお呼びです」

(王子? 今夜は、俺は王子か)

 召使についていくと、王座から、あわてふためく声。

「ヨッピー王子、えらいことになった!」

(げっ、学長!)

 昨夜に続いて、阿漕学長が父親。嫌な予感がする。

「今夜はヤンキー姫の婚礼だというのに、まだ姫の行方が分からんのだ」

「ヤンキー姫って?」

「何を寝ぼけておる、おまえの双子の妹ではないか」

「て言われても。俺、一人っ子だし」

 雅紀の言葉を、学長、いや父王は無視し、

「駆け落ちして行方不明のヤンキー姫を、もう当てにはできん。お前、代わりに式を挙げろ」

「はあ? 俺、男だよ」

「化粧してベールかぶってうつむいておれば、どうにかなるわ」

「そんなの一時しのぎでしょ。ちゃんと説明して、どうにかした方がよくないっスか?」

「やかましい! わがボンビー王国の大ピンチなのだ、リッチー王国の王子に婿に来てもらうしかない。王子の持参金がなければ、わが王国は財政破綻じゃ倒産じゃ!」

「何それ、政略結婚じゃん。ヤンキー姫が逃げ出すの、当然だよ」

「とにかく言うとおりにしろ!」


 有無を言わさず服を脱がされドレスを着せられ、厚化粧。亜麻色の髪のヅラをかぶせられて、花嫁の完成。

(ジョーダンじゃない。式ではごまかせても、夜のベッドインではムリムリ。こうなったら、やっぱり)

 雅紀はこっそり部屋を抜け出し、城の裏手の森に逃げ込んだ。

(逃げるしかないよな)

 雅紀は走った。

 途中で木の枝にヅラがひっかかって外れてしまったが、回収している暇はない。全速力で走ったものの、女の靴ではどうにも走りにくく、

(もうダメ)

 木の根元に、雅紀はへたりこんでしまった。


 そこへ、騎馬の一団が現れた。先頭の白馬から降りてきたのは、

「どうなされた、短い髪の乙女よ」

 またもや、我妻先生、登場。

(今夜もコスプレが最高に似合うなあ)

 ぽわんと見とれるが、

「私はリッチー国のヨーガス王子と申す者」

 と聞いて、真っ青になった。

(俺の結婚相手じゃないか。やば!)

 しかし、隠しても仕方ない。雅紀は正直に事情を話した。

「なんだ、そんなことか。安心めされよ、私は二刀流だ」

(二刀流? ああ、バイのことね。だったら、俺が男でも問題ないか。でも?)


「お前たち、休んで居るがよい」

 従者たちに言葉をかけると、ヨーガス王子は、

「お疲れのご様子ですな、ヨッピー王子。あの小屋で少し休んでまいろう」

 雅紀は、ふわりと抱き上げられた。憧れのお姫様だっこ! 

(夢みたい、て、もともと夢だったな、これ)

 近くの小屋に入り、やさしくワラの上に下ろされた。

「今夜が楽しみだな、ヨッピー王子」

 ヨーガス王子の優しい声に、雅紀は小さくうなづいた。

(そうだ、今夜。婚礼の後は、初夜なんだ、うわー)

 頬が赤くなり、心臓がバクバク。

 大好きな我妻先生と、初体験。夢の中とはいえ、こんなに幸せでいいのだろうか。


 ヨーガス王子は小屋の中を見回した。隅に農具が置かれ、壁には縄の束がかかっている。

「む!」

 王子の目がぎらりと光る。縄束を手に取ると、

「もう我慢できん。少し早いが、ここで」

 と、その縄で雅紀を縛りにかかる。

「何するんですか先生、痛い、いったーい!」

 たちまち後ろ手に縛りあげられる雅紀。

「私は縄がないと燃えない性質 たちでな」

 目を血走らせ、ヨーガス王子はいやらしく笑った。

「そ、そんなあ。やめてください、俺は、俺は、ロマンチックな初体験があ!」

 夢の中で、雅紀はふたたび絶叫した。

 





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