魔法の輝石で夢の世界へ~出てきた王子がどいつもこいつもロクなもんじゃねえ!
チェシャ猫亭
第1話 にわかハンターと白馬の王子
月曜日の朝。
斎藤
(もう限界。今夜もダメだったら、どうしよう)
ここ半月ほど、ひどい不眠症に悩まされている。さわやかな新緑の季節だというのに、どんよりな日々。
(どうすりゃいいんだよ)
雅紀はもう、泣きたい気分だ。
長い坂道を昇り、ようやく「
「おう、雅紀」
ドイツ語の教室の前で、悪友の
「おはよう、リン」
「なんかフラフラしてない、おまえ」
林太郎が心配そうに雅紀を見下ろす。
「不眠症、相当ひどそうだな」
「うん、ゆうべも眠れなくて。やっぱ睡眠薬、飲もうかなあ」
「ダメだ。前にも言ったけど、薬は依存症になりやすい。そんなもんに頼るな」
ぴしゃりと言うと、林太郎は、リュックから古びた小さな木箱を取り出した。
「いいものを持ってきてやったぞ。魔法の
「安眠石」と墨で書かれたふたを開けると、白い布に包まれた、緑色の石が出てきた。ヒスイの勾玉で、ひもを通すためか、ふくらんだ部分に穴が開いている。えらく古ぼけていて光も鈍い。
「枕の下に置けば、すぐ眠れるんだってさ。不眠症が治るまで貸してやるよ。代々わが家に伝わる家宝だ、たいせつに扱えよ」
野呂家は、東京都西部の旧家だ。倉の中には、山ほどお宝があるという。
「そんな大事なもん、いいの?」
「ああ。雅紀の役に立つなら、うれしいよ」
林太郎は、にっこりと笑った。
その夜、雅紀は、やっぱり眠れなかった。何度も何度も寝返りを打つが、どうにもならない。ダメ元で、あの石を試してみるか、という気になった。
(不眠症に効く? んなアホな)
疑いながらも雅紀は、勾玉を枕の下に置いた。
(あれ、ここ、どこ?)
妙に埃っぽい場所。地面は舗装もされず、泥だらけだし、向こうの家々も粗末なものばかりだ。
周囲は深い森だ。雅紀のシャツとズボンは、中世の農民が着ていたような感じのもの。
地響きがして、馬に乗った男たちが数名、近づいてくる。雅紀の前で止まると、屈強な男たちが次々と降りたつ。
(コスプレ? ヨーロッパ中世っぽいな)
全員、羽根飾りのついた帽子に長い上着、ちょうちんブルマにタイツ姿。
先頭の太った男は、
(げっ、
金に汚いと悪評高い、金多丸大学の学長だ。
「アコギブルク公爵様、これが69番目のご子息、アギト様です」
従者らしき男が雅紀を指さした。学長は、じろりと雅紀を見て、
「いやに平らな顔だな。本当にわしの子か?」
雅紀はむっとした。確かに学長は、厚い唇、太い眉にぎょろりとした眼、大きな鼻、とダイナミックな顔立ちだが、平らな顔なんて言われたくはない。
「はい、アリアの夫は、花嫁を奪われたショックで自殺してしまい、彼女にはいっさい触れておりません。間違いなく、公爵様のご子息です」
そうか、と頷くと公爵は、ずかずかと雅紀に近づいてきた。
後ろの方で、やせてやつれた女が、悲しそうにうつむいている。
(かあちゃん!)
母・富子の姿に、動揺する雅紀。
(まさか、とうちゃんが早死にしたのって、そんな理由? ンなワケないよな。俺が学長の息子だなんて、ありえねーし)
「今からお前は、イノシシ狩りに行くのだ」
学長、いやアコギブルク公爵は、冷たい声で言った。
「はあ? いきなり何」
従者から、ちゃちな弓矢を渡され、雅紀は途方に暮れる。
「明日の朝までに一頭も仕留められなければ、死罪に処す」
「死罪!?」
雅紀は耳を疑った。なんで、なんでそうなるの?
「ちょ、ちょっと」
説明も何もなく、一団は馬に戻り、土ぼこりをあげて去って行く。
「数減らしだろう」
そばにいた農夫が、気の毒そうに雅紀にささやく。
「息子を作りすぎたから、少しでも始末したいのさ」
(跡継ぎ問題でもめるからかな。そんなの五男くらい迄じゃね。69番目の俺を始末して、なんになるんだよ)
とは思うが、こうなったからには、運を天に任せるしかない。
(かあちゃん、ごめん。女手ひとつで育ててくれ、大学にも入れてくれたのに、親孝行もできずに、たぶん俺、死んじゃうよ)
ド素人が、いきなり狩に出て、獲物を仕留められるはずがない。おまけにタ-ゲットは獰猛なイノシシ。要は死にに行けということだ。
目と目を合わせ、母に別れを告げると、雅紀はしょんぼりと森へ向かった。
あてもなく森の中をさまよっていると、ドドドドと地鳴りがして、何かが迫ってくる。猪突猛進のイノシシ!?
「ヒーッ、たすけて!」
あわてて逃げるが、あっという間に追いつかれてしまう。
もうだめだ、と覚悟した瞬間、背後でドサッと音がした。こわごわ目を開けると、でっかいイノシシが息絶えている。背中に深々と突き立つ矢。
「あぶなかったな」
白馬に跨った、凛々しい男性が近づいてきた。
「
雅紀のあこがれ、ドイツ中世史担当の、我妻准教授ではないか。やはり羽根のついた帽子に中世風の衣装。
「私は隣国の王子、アーガス。狩りの途中で道に迷ってしまったのだ。が、そなたを助けられてよかった」
さわやかな笑顔に、雅紀はとろけそうになった。
(さすが我妻先生。コスプレも似合う、似合いすぎ)「
「ありがとうございました。なんとお礼を言ったらいいか」
「礼などいらんよ。ん? そなた、なかなか可愛いな」
カッコいい先生に可愛いと言われて、雅紀は舞い上がった。
「気が変わった。やはり返礼品をいただこう」
いきなり地べたに押し倒される雅紀。
「な、何するんですか、先生!?」
「おとなしくしろ。私は外でやるのが好きなのだ」
「やめてください、こんなのヤダー!」
夢の中で、雅紀は絶叫した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます