第6話 クサイほどのハッピーエンド

「リン」

 雅紀は、自分の声で目を覚ました。

 頭上には、見慣れた天井。どうやら、自分のベッドに寝ているらしい。

「目が覚めたか。よかった」

 リンの声が聞こえる。

(まだ夢の中?)

 横を向くと、額から、濡れタオルが、ずり落ちた。


 目の前に、リンの顔の、どアップ。びっくりしすぎて、声が出ない。

 林太郎は、雅紀の額に手を当て、

「熱も下がったな」

 ほっとしたように微笑む。


 現実に、林太郎が自分の部屋にいるのだ、と雅紀はようやく気付いた。

 夢の中で、林太郎と我妻先生が、自分をめぐって戦いを始めた、そこで夢は終わった、ようだ。


 なんで、林太郎が、自分の部屋に? 確か金曜の昼頃、部屋に帰ってきて、頭がクラっとして、それから?

「俺、どうしたの」

 雅紀の問いに、林太郎は、

「どうもこうも」

 金曜、雅紀と別れた後。

 雅紀の様子が気がかりで、林太郎は何度も連絡をとろうとしたが、全く応答がない。心配になり、土曜の昼に部屋を訪ねた。やはり返答はなく、ノブに手をかけたら、ドアが開いた。

 玄関に、雅紀が倒れていた。


「高熱出してたんだ。あわててベッドに寝かせたってわけ」

「そうだったの。ありがとう」

「まる一日、倒れたままにさせて、ごめん。もっと早く来ればよかった」

 優しい言葉に、胸がつまる。

「ううん。心配してくれただけで、うれしいよ」

「いま、日曜の夕方だぜ。おまえ、まる二日、意識が戻らなかったんだ」


 それでは林太郎は昨日から、ずっと自分を看病してくれたのだ。申し訳ないのと嬉しいのとで、どうしていいか分らなくなる。

「あの、あのさ。夢に、アイアンメイデンが出てきた」

 こんなこと言うつもりじゃ、と雅紀は焦った。


 林太郎が、また申し訳なさそうな顔になり、

「すまん。俺がヘンな所に連れてったせいで」

「いいんだ。リン、俺を助けに来てくれたし」

「へえ。今度こそ、カッコいい役だった?」

「うん、とっても」

「そっか」

 林太郎は、満足そうだ。


 突然、雅紀の腹がグーッと鳴った。

「ハラ減ったのか。だよな、ずっと食ってないもんな。食欲が出てよかった。おかゆでも、食う?」

「うん」

 安心したら、急に食欲がでてきた。


 レトルトだけど、と、林太郎は、買っておいた梅粥を、温めてくれた。

「熱いぞ」

 スプーンのおかゆを、ふうふうしてから、雅紀の口元に運んでくれる。またまた、夢みたいに幸せだ。

(ずっとずっと、こうしていたい。

 だって俺、リンのことが。好き、なんた。やっと本当の気持ちがわかったよ)

 おかゆを食べさせてもらいながら、雅紀は涙をこらえる。


 雅紀が落ち着いたのを見て、林太郎は、

「じゃ、俺、帰るわ」

 と、立ち上がった。

「ゆっくり寝ろよ」

「待って!」

 言わなくちゃ、本当の気持ちを。


 ベッドに身を起こすと、雅紀は、

「リンには、彼女が居るんだよね。でも、俺」

「彼女?」

 玄関に行きかけたのを、戻ってきて林太郎は、

「ンなもん、いねえよ」

 雅紀は、えっ、と思った。

「だって、先週。カフェで。長い髪の女子と」

「ああ、加奈のこと。あれ、従妹いとこだよ」

 と林太郎。

「いとこ?」

「うん。今年、ウチの大学に入ったの。ばったり会ったんで、久しぶり-て、お茶しただけ」


 あの子は、彼女じゃなかった! 安堵が胸に広がる。

「なに、いてくれてたの?」

 ニヤニヤする林太郎。

「そ、そんなんじゃ」

 言いかけて、雅紀はハッとした。だめだ、意地を張ってちゃ。本当のことを言おう。夢の中での、あの言葉を。


「夢の中で、リンは、『私と雅紀は愛しあってる』って、言ったよ」

「えっ」

 林太郎の顔が、赤くなる。

「俺、リンが好きだ」

 雅紀は、ついに口にした。

「リンは、きっと俺のことなんか。でも俺、リンが好きだ、大好きなんだ」


 言ってしまった。

 我妻先生のことは単なるあこがれで、本当に好きなのは、いつもそばにいる林太郎だと、やっと気づいた。だから、素直に思いを伝えたかった。

 林太郎は、まじめな顔になり、

「俺も、雅紀のこと、大好きだ」

 強い力で、いきなり雅紀を抱きしめる。


 苦しい、でも、うれしい。

(これは夢? 痛いってことは、現実だよね。リンが、あんまり強く抱きしめるから)

 雅紀も、夢中で林太郎の背中に手をまわした。


 やっと体が離れた、と思ったとたん、林太郎の顔が急接近。

 雅紀は目を閉じた。

 唇に、熱いものが触れた。

 やわらかく、いとしげに雅紀の唇に重ねられる、林太郎の唇。


 これが、キス。

 あこがれ続けた、ファーストキス。

 いつか、大好きな人と、こんなふうに。

 それが今、現実になった。

 林太郎の胸の鼓動と、自分のが、ひとつになる。

 涙の粒が盛り上がり,雅紀の頬を流れ落ちた。

 はじめてのキスは、ちょっぴり、しょっぱい。うれし涙の味だった。



 月曜日の早朝。

 雅紀は、林太郎の腕の中で、目を覚ました。

 林太郎は、雅紀のパジャマ用のTシャツを着ている。ちょっと窮屈そう?

(俺が着ると、ゆったり、なのに。それだけ、リンがたくましいってことだよね)


 我ながら、大胆だった。林太郎を引き留めただけでも、今までの自分では考えられないのに、泊まっていって、と、おねだりしたのだから。

「おはよ」

 林太郎も目を開け、キスをしてくれた。

(夢みたい)

 まだまだ、キスに慣れない雅紀。


 昨晩は、夢も見ずに眠り続けた。自分のベッドで目覚めて、となりにリンがいるなんて、こっちの方が夢みたいだ。

「ベッド、狭くてごめんね」

 大柄な林太郎に、窮屈な思いをさせて、と思ったが、

「いいよ。おかげで、雅紀とくっついて寝られた」

 林太郎が、にやにやする。


 枕の下から、「安眠石」を取り出す。古ぼけた勾玉が、朝の光を浴びて、きらきら輝いている。

「やっと効いたね、『安眠石』」

「そうかな。雅紀は病み上がりだし、俺は、土曜は徹夜だったから。石がなくても寝れたんじゃね?」

「そうだけど」

 この石が、ゆうべ、自分たちが寄り添って眠るのを、見守ってくれたのは確かなのだ。


「なあ、雅紀」

 林太郎が、じっと雅紀の目を見る。

「なに?」

「焦らず、ゆっくり、付き合っていこうな」

「うん!」


 ずっと夢見てきた、ロマンチックな初体験。

 だけど、急ぐことはない、と雅紀は気づいた。

 こうして林太郎と心が通じ合い、ファーストキスもした。

 それだけでいい、今は、それだけで。


「リン、大好き!」

 雅紀は、自分から、林太郎に抱きついていった。





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魔法の輝石で夢の世界へ~出てきた王子がどいつもこいつもロクなもんじゃねえ! チェシャ猫亭 @bianco3

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