第5話 愛の拷問部屋
金曜日の朝。
1時間目の一般教養が、ドタキャン休講になり、雅紀と林太郎は、法学部本館前のベンチにいた。
いつものように、雅紀が昨夜の夢の話をすると、
「今度は『眠り姫』か。でもって、おまえがオーロラ姫」
林太郎は、必死で笑いをこらえている、ようだ。手にしたコーヒーの缶が、ぷるぷる震えている。
「ま、雅紀は子供っぽい顔だし、案外、女装が似合うかもな」
「子供っぽい」
せめて、可愛いと言えないのか、と雅紀は不満だ。童顔なのはわかっているけど。
(彼女にはきっと、可愛い可愛いって言ってんだろな)
夢の中で、林太郎にプロポーズされたこと、タカラヅカ王子のことなどは内緒。何を言われるか、反応が怖い。
「しかし、昨日は3時間か。おとついが4時間だし、今度は5時間は寝れたかと」
「後退したって感じだね。でも、ずいぶんマシになったよ」
「安眠石」を貸してくれた林太郎には一応、感謝している。
「ここの地下に『犯罪資料室』があるって知ってた?」
唐突に林太郎が言った。首を横に振ると、
「面白い展示もあるってよ」
林太郎が行くというから、雅紀はついていった。
(見るんじゃなかった)
想定外のグロい展示品に、雅紀は気分が悪くなった。
「ごめん。まさか、あんなだなんて、な。平気か?」
林太郎が心配するほど、雅紀は顔面蒼白。
「だいじょうぶ」
ムリに笑顔をつくった。
2時間目は林太郎とは別の講義。だが、雅紀は途中で、抜け出した。まともに講義を聞く気力かなくなっていた。
(午後のバイト、休ませてもらおう)
なんだか熱も出てきたようだ。
バイト先に連絡し、どうにか部屋にたどり着く。
(あれ?)
玄関ドアを閉めたところでクラッときて、それきり雅紀は、意識を失った。
目の前に、大きなタペストリーがかかっていた。
冷たそうな石壁、中世ヨーロッパの城らしい。
タペストリーでは、少女が
(一角獣って、なんか意味があるんだよな)
腕組みして考えるが、思い出せない。
と、雅紀はようやく、自分の格好に気づいた。
「また女装かよ」
三度目ともなれば、もう驚かない。
雅紀は、床まで届きそうなスカートを着けている。腰に何か硬いものを感じ、スカートをめくりあげると、
(なんだ、これ。ひょっとして、貞操帯?)
留守中、妻の浮気を防ぐために装着させたという道具。鍵がないと開けられない仕組みで、雅紀のは鉄製だった。
「つーことは、俺は人妻か」
初体験もまだなのに、なんだかなー。
(未遂とはいえ、タカラヅカ王子と初夜の寝室にいたし、一応、順番通り?)
突如、ファンファーレが鳴り響き、侍女が、部屋に入ってきた。
「マサキ様。アガツマ王子様、ご帰還にございます。アコギブルク公爵軍に、大勝利とのこと、おめでとうございます」
(夫は、我妻先生か、俺も本名で呼ばれたし、今日はわかりやすいな)
侍女について大広間に行くと、目の前に我妻准教授がいた。黒々とした甲冑姿が、よく似あう。
「おかえりなさいませ」
雅紀はスカートをつまみ、うやうやしく一礼した。
「会いたかったぞ、マサキ」
アガツマ王子は、いきなり雅紀を抱きしめ、キスをした。
(これがキス。でも、ちっともうれしくない)
未経験で、キスがどんな感触かもわからない。夢の中のファーストキスは、全く実感がなかった。
アガツマ王子が重々しい盛装に着替えて再び現れた。青いマントを肩で留めた姿はほれぼれするほど美しいが、マサキは、ときめくことができなかった。
(先生はもう、
皆に合わせ、祝杯を挙げながら、雅紀の心は晴れなかった。
ようやく祝宴が終わり、アガツマ王子とともに大広間を出ると、
「もう我慢できん」
王子は、雅紀を壁に押し付けた。せわしなくスカートをめくりにかかる。
(こ、ここでするの?)
野外、縛られて小屋の中、今度は廊下。あくまでロマンチックな初体験をしたい雅紀には耐えられない。
「やめてください、こんなところで。俺は、まだチェリーなんです!」
「何をほざく、とっくに人妻だろうが」
もみあううちに、ガチャンと音が。
石の床に、あの貞操帯が落ちていた。アガツマ王子が拾い上げると、脇が開いている。
「浮気しておったな、マサキ」
王子の目がギラリと光る。
「ふ、不良品じゃないスか、俺は何も」
「白々しいことを申すな!」
アガツマ王子の怒りの形相すさまじく、すくみあがる雅紀。
「こうなったら、体に聞いてやる」
王子は、雅紀を無理やり地下室に連れ込んだ。
天井から下がる縄束、鉄鉤付きの鎖、壁には様々な鞭が。明らかに拷問部屋だ。三角木馬などが並ぶ中に、ひときわ不気味な道具があった。
「ひー」
雅紀は悲鳴をあげた。
犯罪資料室で見た、アイアンメイデン(鋼鉄の処女)が壁に立てかけられていた。女性の全身像が浮き彫りになった、棺型。観音開きの扉の裏には、太く長く鋭い針が、びっしりと。
中に入れられ、扉を閉められたら、どうなるか。
「体じゅう、穴だらけになってもいいのか、マサキ。さっさと白状しろ」
「だ、だって」
不倫どころか、ナニの経験もない雅紀は、戸惑うばかり。
「待たれよ!」
一人の騎士が、部屋に飛び込んできた。赤いマントの凛々しい姿は、
「リン!」
雅紀は、ほっとして泣きそうになった。もうこれで安心だ。リンが助けに来てくれた。
「不倫の相手は、やはり貴様か、騎士リンタロウ」
「不倫などではない。もともとマサキは私の婚約者だった」
(え、そうなの)
意外な言葉にドキッとする雅紀。
「権力にものを言わせ、私たちの仲を引き裂いたのは、貴方ではないか、アガヅマ王子」
「ふん。欲しいものは、必ず手に入れる主義でな」
傲慢に言い放つアガツマ王子。
「それでも、マサキをたいせつにしてくれるなら、と、私は耐え続けた。それがなんだ、あらぬ疑いをかけ、拷問しようとは。もう許せん!」
(リン、カッコいい)
ぽわーんと見とれていると、林太郎は雅紀の肩を抱き、
「私たちは、海よりも深く愛し合っている。誰も、ふたりの愛を壊すことはできないのだ」
アガツマ王子に見せつけるように宣言する。
「リン」
臭いセリフだが、雅紀は胸が熱くなった。夢なら醒めないで、と本気で思った。
「こしゃくな。返り討ちにしてくれるわ」
不敵な笑いを浮かべ、アガツマ王子が剣を抜く。騎士リンタロウも剣の柄に手をかける。
息詰まる戦いが、始まった。
「リン、負けないで!」
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